
格安大量動画制作サービス「ムビラボ」を軸としてコンテンツビジネスを展開している東京の株式会社フラッグシップオーケストラ。事業内容は動画制作を中心に、広告やマーケティング、メディア運営など幅広く行っています。2021年版「働きがいのある会社ランキング」(従業員意識調査機関Great Place to Work調べ)では、小規模部門の1位に選ばれるなど組織作りにも力を入れています。代表取締役の大澤 穂高(おおさわ ほだか)さんに事業にかける思いについて聞きました。
目次
月間1,500本の動画を作り続けられる「動画工場」のサステナブルな仕組み化
慢性的な供給不足の動画産業のなかで、低価格で高品質な動画を月間1500本制作するサービス「ムビラボ」がフラッグシップオーケストラの事業の軸です。その価格は1本2万円からで、業界価格の3分の1ほど。格安大量制作を可能にするのは、「動画工場」というオペレーティブな制作体制だと言います。
「クリエイターのプラットフォームを運用していて、撮影や編集はそこに所属するクリエイターが行い、私たちはディレクションのみを行います。クリエイターはプラットフォーム内での私たちが開発したクリエイティブシステムを無償で利用できるので、月に1500本の動画を安定したクオリティーで出せるのです」
また、年間で1万本以上もの動画を撮影するため使用する機材を安く借りることができています。さらにはこれまで制作した大量の動画データをサンプルとして活用することで、次にどのような動画が話題になるかを分析して導くこともできます。
「YouTubeやTikTokを中心に今の動画制作は、とにかく量産して、効率よくPDCAを回し続けることが成功の鍵で、『ムビラボ』はそのニーズにうまく応えられていると思います。同様の事業を展開していた競合は皆撤退していきましたが、仕組みを作って、我慢強く耐えたのが当社の独自性になりました」
社会を良くするために起業して魂を賭けたい。スタートアップ会社で経験積み
「学生の頃から起業へのロマンを感じていた」という大澤さんは、新卒でヘルスケアIT企業に入社し、4年後に同社を起業しています。
学生時代から“社会を良くするために魂を賭けること”に関心があった大澤さんは、事業に対する研鑽(けんさん)を積む必要があると考え、10人規模の会社に新卒第1号として入社。3年目には執行役員として独立採算で事業を運営するまでに成長しました「起業前にビジネススケールを経験することができ、今の事業の基礎になるオペレーションの構想や組織作りを身につけました」
26歳で起業。事業のある“課題”が生んだ動画制作サービス

退職後、26歳でフラッグシップオーケストラを設立。当初は管理栄養士が作る健康を意識したレシピ動画のメディアを運営していましたが、ある課題があったと言います。「クオリティーの高い動画を制作会社に発注しようとすると価格がすごく高い。かといって、安いところだと質が落ちたり、投げ出されたりしてしまう可能性がある。ならば自社で動画を制作しようと、中国のクリエイターをディレクションし、メディア事業からだんだんと動画コンテンツ会社へと軸足を移していきました」
そうして始まったのが、現在軸として展開している格安大量動画制作サービス「ムビラボ」です。コンテンツ業界での起業を学生の頃から考えていたという大澤さんは「コンテンツ業界であれば、100年前の映画は今でも泣けるように何年経っても色あせず、イノベーションを目指せる」と話します。10年越しに点と点がつながったのです。
今の業界は「サステナブルではない」。社員が気持ちよく働ける工夫とは
ツールのデジタル化やAIの登場などで、クリエイターの過酷な働き方や低賃金などが加速している日本。大澤さんは、クリエイターへの適正な対価還元について、思いをめぐらせています。「日本の漫画やアニメなど世界的に見ても面白く、クリエイターは力がある」とする一方で、「今の動画コンテンツ業界はサステナブルではない」と強調します。
「日本はエンタメ大国ですが、資金調達がうまくできていないことが大きな課題。この業界を今後もサステナブルに持続させていくには、コンテンツをしっかりと収益化して、技術を持ったクリエイターに利益を還元させていく必要があります」
同社はリモートワーク95%を実現しつつも、クリエイターたちが働きやすく、成長できる環境作りに努めています。定期的な表彰やランチ会を行うほか、社員総会はLIVE配信したり、自社の動画配信ツール「ムビパス」を使用した勉強会を実施したりしています。ある社員からは「やりたいと手をあげれば、挙げた数だけチャンスが回ってくる」という声も聞かれ、若手が育つ土壌が作られています。大澤さんは、「いずれは日本からグローバルで通用するコンテンツを生み出したい」と語気を強めて語ります。
エンタメ改革を起こし「“非”常識を常識に」。「みんなの人生に楽しみを」

同社が目指すのは“トータルエンターテインメントコンテンツカンパニー”。「全てのエンタメコンテンツをサステナブルにして、みんなの人生に楽しみを与えたい」と大澤さんは話します。
「エンタメは『なくても死ぬことはないが、ないと人生はつまらないインフラ』だと思います。そういった意味では、動画だけでなく音楽、ラグジュアリーホテルやアミューズメントパークなどすべてのエンタメが私たちが取り扱う対象です。これらのコンテンツシナジーを生み出しているのは唯一ウォルトディズニーだけです。一個一個大きなチャレンジをしていくことで、エンタメ業界にイノベーションを起こし、“非”常識を常識に変えていきます」
死ぬときは絶対に幸せに死ねる?ならばやりたいことをやろう
起業したい方や仕事で悩んでいる方に対してのアドバイスもいただきました。
大澤さんは、偉そうに言える立場ではないと謙遜(けんそん)しながらこう答えました。
「私がよくメンバーに言う話があります。『人間は不安な状態だと、生存本能によって脳が弛緩(しかん)する』そうです。つまり、人間は死ぬ瞬間にある種脳のバグで幸せを感じるようにできているらしいです。理想の最期でなくても幸せに死んでいくと考えれば、どんな失敗をしてもいいし、やりたいことを全部やればいいと思っています」
「二者択一でなく全部目指せばいい」。そう思った瞬間に自分の生き方を見つめ直すことができたという大澤さんは、「言語化できていないやりたいことがみんなにも絶対にある」とも。
「私は『すごい人間になりたい』という生き方にたどり着き、その答えを探すため経営者になりました。これまでの人生でなにかで一番になったこともなければ、ものすごく貧乏でお金に困っていたわけでもない。大きなコンプレックスがないことがコンプレックスでした。だからこその目標です。起業家になるための強烈なエピソードがない私でも起業家というやりたいことをしているので、みなさんも必ずできるはず。応援しています」
聞き手:三芳洋瑛 執筆:立元久史