
福島県いわき市の原子力災害考証館furusatoにて2025年6月7日、門馬好春氏の著書『未来へのバトン 福島県中間貯蔵施設問題の不条理を読み解く』の出版記念会が開催された。東京電力福島第一原発事故から14年が経過した今も、除染や廃炉作業は続くが、その過程で発生した汚染土壌の「行き先」はいまだ定まらない。
約1,600万㎡にも及ぶ土壌が運び込まれた大熊町・双葉町の中間貯蔵施設―その“仮置き”という前提すら揺らぎつつある。会場には多くの来場者が集まり、ハイブリッド形式で行われた記念会は満席となった。参加者たちは、長期にわたり解決の見えないこの問題に耳を傾け、真剣なまなざしを向けていた。
目次
「国策」の歪みを告発する
出版記念会の中心は、『未来へのバトン 福島県中間貯蔵施設問題の不条理を読み解く』の著者であり、「30年中間貯蔵施設地権者会」会長の門馬好春氏による講演だ。原発事故後、国が主導して設置を進めた中間貯蔵施設。その最前線で地権者として交渉に関わってきた門馬氏の言葉には、重く鋭い問いが込められていた。

「私たち地元住民が納得しないまま進められた“国策”を、果たしてこのまま受け入れてよいのか」
そう問いかけた門馬氏は、制度上の矛盾にも言及。たとえば、原発政策は国の主導で進められてきたにもかかわらず、土地の評価額は所管官庁によって大きく異なる。「固定資産税と路線価の不整合に翻弄された」と語り、珠洲(すず)原発予定地では高額で土地が買収された例を挙げながら、「福島では地価が下がって当然とされる現実には納得できない」と憤りをにじませた。
「再利用」優先の方針に警鐘
中間貯蔵施設はあくまで「一時保管」の役割を担うはずだった。しかし、門馬氏は「その前提さえ崩れつつある」と警告する。政府は「2045年までに県外搬出する」との方針を掲げているが、その実現性は不透明。むしろ現在は、汚染土壌の「再利用」に重点が置かれている。
「議論の順序が逆だ。まずは最終処分の方針を定めるべきで、行き先が決まらないまま“再利用”を進めるのは本末転倒」そう強調した門馬氏は、具体的な提案として、船舶による県外搬出の可能性に言及。「陸上輸送に比べて1/4〜1/5のコストで済む。反対だけでなく、現実的な選択肢を提示していくべきだ」と語った。また、「汚染土をどこに、どのように使うのか。長期的な視野に立った科学的検証が不可欠」と述べ、安全性に対する国の説明の不十分さにも疑問を投げかけた。

フロアトークに浮かぶ住民の声
講演後はフロアトークが行われ、出版プロデューサーの四方哲氏(ロシナンテ社)、インパクト出版会の川満昭広氏、大熊町民の木幡ますみ氏が登壇。会場の参加者と意見を交わす中で、住民の不安や疑問が次々と寄せられた。

ある参加者は「社会情勢が不安定な中、いわき港への汚染土埋め立ての懸念は?」と質問。門馬氏は「こうした不安にどう応えるかは、丁寧な対話にかかっている」と応じ、環境省が進めた実証事業、新宿御苑、所沢市、つくば市での汚染土再利用計画の例を紹介。住民の反発によって頓挫している現状を説明した。また、東京電力による東海第二原発(茨城県)への2000億円超の資金投入に関しては、「本来、その資金は福島にこそ投じられるべきだ」と述べ、原発政策における資金配分の偏りを指摘。
中間貯蔵施設周辺での健康被害について問われると、木幡氏は「周囲に住民はおらず直接的な影響は確認されていないが、現場で働く作業員の健康状態は非常に気がかり」と語り、現場の見えにくい現状を伝えた。

このフロアトークを通じて明らかになったのは、“進行中の不安”と、それに十分に応えていない行政の対応だった。一つひとつの声が、「ふるさととは何か」「誰が何を守るのか」という本質的な問いを浮かび上がらせていた。
未来を選ぶということ――“ふるさと”を語る意味
イベントの最後には、会場となった原子力災害考証館furusato館長の里見喜生氏が登壇。「何より大切なのは、多くの人が関心を持つこと。原発事故では“死にたくなくても死んでしまった人”がいた。その事実を決して忘れてはならない。“知ること”“考えること”が、すべての出発点になる」と語りかけた。除染の果てに残された汚染土と、それをどう処理するかという問題は、原発事故が過去のものではないことをあらためて私たちに突きつけている。

この日の記念会は、技術論や政策論にとどまらず、「私たちはどんな未来を選び、どこで生きていくのか」を深く問い直す場となった。30年という“期限付きの約束”の中で、この問いを繰り返し投げかけていくことが、今を生きる私たちに求められている。
中間貯蔵施設問題の「本当の終わり」は、まだ見えていない。