「漬物」と聞いて、どんなイメージを思い浮かべるでしょうか。
昔ながらの保存食。ご飯の脇役。塩分が高そうな食べ物。そんな印象をもつ人も少なくないかもしれません。しかし、スーパーなどで目にする「ご飯がススムキムチ」をはじめ、キムチや浅漬、惣菜などを手がけるピックルスグループを統括する株式会社ピックルスホールディングス代表取締役社長・影山直司さんの話を聞くと、その印象は大きく変わります。

同社の経営理念は、「おいしくて安全、安心な商品を消費者にお届けし、同時に地球環境に配慮した企業経営を目指します」。その言葉の先にあるのは、単に野菜を“漬ける” ことではなく、野菜をおいしく、無駄なく食卓へ届け、農業や地域の未来にも向き合う食のあり方でした。
設立から50周年を迎える今、ピックルスグループは、漬物メーカーから、地域課題を解決する食のグローバルカンパニーへと歩みを進めています。

目次
「ご飯がススム」保存食の知恵を、現代の食卓へ

漬物は、もともと野菜を長く食べるための知恵から生まれた食べ物でした。夏の野菜、冬の野菜を塩漬けにし、季節を越えて食べる。日本各地に根づく漬物文化の背景には、保存のための工夫があります。
しかし、現在の漬物は、保存のためだけのものではありません。浅漬けやキムチのように、旬の野菜をおいしく、手軽に食卓へ取り入れる一品として役割を広げています。
その象徴の一つが、ピックルスグループで製造販売を行うピックルスコーポレーションの「ご飯がススムキムチ」です。辛いものが苦手な人や、これまでキムチを食べられなかった人にも届く味として商品化し、テスト販売から全国へ広がっていきました。
「実は開発を担当した社員自身が、辛いものが得意ではなかったんです。だから、『辛いものが食べられない自分でも食べられるキムチを作ってみた』というのが始まりでした。社内では最初、『これはキムチじゃない』『売れない』という評価もありましたが、実際に販売してみると、『キムチは食べられないけど、これなら食べられる』という声が出てきたんです」
本場らしさや業界の常識だけで考えるのではなく、食べる人の暮らしに合わせて、野菜の食べ方を広げていく。同グループは、漬物を「保存食」ではなく、現代の食卓に合う野菜の一品として届けてきました。
毎日作り届ける現場から見えた、農業と食卓のつながり
ピックルスグループの原点は、東海漬物のデイリー部門として設立された株式会社東海デイリーにあります。同社は1977年に設立され、1993年に株式会社ピックルスコーポレーションへと商号を変更しました。
「東海漬物が長く保存できる古漬けの商品を手がけてきたのに対し、東海デイリーが担ったのは、浅漬けのように賞味期限が短く、日々製造し、日々出荷する商品でした。浅漬けは、早いものなら1日、2日で商品になります。ただ日持ちも2日、3日くらい。だから、365日毎日作って、作りたてのものをお届けする必要があったんです」
影山さん自身、東海漬物に入社後、東海デイリーで、メーカーに欠かせない品質管理、商品開発、営業、製造など現場に深くかかわってきました。だからこそ漬物を単なる商品としてではなく、農家、製造、売り場、そして食卓までをつなぐものとして見ています。
影山さんの言葉には、野菜を扱う会社としての切実な実感がにじみ出ています。
「私たちは野菜を中心に事業をしています。だから、原料となる野菜を育てる農家がいて初めて商品を作ることができます。農家に野菜を作り続けてもらわなければ、私たちも続けていけない。農業従事者が減り、高齢化も進む中で、私たちも農業に関わっていかなければならないと思っています」
野菜をおいしく加工し、毎日食卓へ届ける。そのためには、製造や販売だけではなく、原料を育てる農業そのものが続いていかなければなりません。
影山さんにとって、農業の課題は外側にある社会課題ではありません。自分たちの事業の根っこにある課題なのです。
中央発から地域発へ。組織を変え、お客様の食卓に近づく
設立50周年を迎える今、ピックルスグループは、組織のあり方も変えようとしています。
2022年、同社は持株会社体制へ移行しました。狙いは、グループ各社がより能動的に動き、それぞれの地域の実情に合わせて事業を進められるようにすることでした。これまではピックルスコーポレーションを中心に事業を進めてきましたが、現在はホールディングスの下に、ピックルスコーポレーション、ピックルスコーポレーション関西、ピックルスコーポレーション西日本などの地域会社が並び、各社の社長が責任と判断をもって事業を進める体制へと変わっています。

変わるのは、組織だけではありません。商品開発や原料調達の考え方も変わっていきます。
「以前は、ピックルスコーポレーションで開発・製造した商品を全国で販売する形が中心でした。でも今は、たとえば関西で作った商品が売れれば、それを全国で販売していくこともあります。
原料についても、日本中の原料を本部が一括で取りまとめるというより、拠点ごとに契約栽培をして、地域で調達した原料を上手に使っていく。地域に会社がある以上、自分たちで原料を調達し、自分たちで商品を考え、自分たちのお客様に届けていくことが大事だと思っています」
影山さんが話すように、中央で生まれた商品を各地域へ広げるだけではなく、地域で生まれた商品を全国へ広げる。同グループは今、地域の農家や食卓に近い場所から商品を生み出す組織へと変わろうとしています。
漬物や惣菜は、地域の野菜と深く結びついています。北海道には北海道の野菜があり、関西には関西の食文化があり、九州には九州の消費者の好みがあります。
だからこそ、本社が決めた商品を地域で売るだけではなく、地域に近い会社が、自分たちで考え、地域の農家や食卓に近い場所から商品を生み出し、必要とする食卓へ届けていく。農業と食卓をつなぎ直すその仕組みこそ、同グループにとっての地域課題への向き合い方なのです。
300年以上続く所沢の農地に根を張り、地域課題に向き合う
ピックルスホールディングスの本社がある埼玉県所沢市周辺には、江戸時代から続く農地、三富新田(さんとめしんでん)があります。元禄期に川越藩主・柳沢吉保のもとで開発が進められたこの地域では、水に乏しく、栄養分も少ない土地を耕すため、落ち葉を堆肥として畑に戻す循環型の農業が受け継がれてきました。厳しい自然条件を、地域の知恵と手間によって乗り越えてきた農地です。
三富新田のあった地に工場を構え、ピックルスファームを運営する同社にとって、その土地とのつながりは単なる立地以上の意味をもっています。
影山さんは、同社がその土地で工場を構え、農業に関わっていることを「ご縁」と表現します。

「農家が、もうこれ以上はできないという時に、そのまま放棄地になってしまうのではなく、私たちのような会社が畑をお借りして、農地として守りたいと思っています。300年以上の歴史がある農地は、なかなかありません。そこに工場があり、ファームを運営していることは、ご縁だと思っています」
地域の農地を守ることは、同社にとって単なる社会貢献ではありません。野菜を扱う会社として、原料を育てる農地や農家が続いていかなければ、食卓に商品を届け続けることもできないからです。
同社は、埼玉だけでなく、北海道から九州まで各地に工場を持ち、地域の野菜を活用してきました。工場ができれば雇用が生まれ、地元農家には安定した売り先ができる。地域の自治体やJAと連携しながら、各地の農業と関係を築いています。
所沢で見えている農地の課題は、全国の産地にも通じています。農家の高齢化や担い手不足が進む中で、地域の農業をどう続けていくのか。影山さんが語ったのは、野菜を扱う会社として避けて通れない課題でした。

「互いにWin-Win」農家が続く関係をつくる
その課題に向き合う方法の一つが、畑で生まれるロスを減らすことです。
形や大きさが規格に合わなかったり、少し傷があったりすると、市場には出せない。食べられる野菜であっても、畑でロスになってしまいます。
しかし、漬物や惣菜に加工する場合、そうした野菜も活用できる可能性があります。
「契約栽培の中で『ここまでのものは使います』と話をしながら、できるだけ畑で捨てられてしまう野菜を減らしていきたいと思っています。農家の方にとっても、ロスが少なくなることはメリットでしょう」

契約栽培も、農家との関係を支える重要な仕組みです。
「農家とメーカーは、どちらかが勝って、どちらかが負ける関係では長続きしません。両方がWin-Winでなければいけないと思っています。野菜は相場で価格が大きく変わります。豊作でも価格が下がれば、農家にとっては厳しい。だから契約栽培では、作る前に価格を相談し、農家が経営として続けていける形を一緒に考えています」
安く仕入れられればいい、という考え方では、農家との関係は長く続きません。畑のロスを減らし、作る前に価格を相談し、農家とメーカーの双方が続けられる形を探る。その積み重ねが、同社にとっての地域課題への向き合い方なのです。
漬物の認知を変え、「ご飯がススム」その先へ
ピックルスグループが目指しているのは、野菜の価値を、より多くの食卓へ届けることです。
野菜をおいしく食べてもらうこと。農家が育てた野菜を無駄なく生かすこと。地域の農業が続いていくこと。そして、その先にいる誰かの健康につながること。

影山さんは、これから届けたい価値について、こう話します。
「食べた人が楽しく、健康になれるようなものを届けたいんです。野菜には食物繊維がありますし、発酵によって生まれるおいしさもあります。サプリメントで体に足りない栄養を補うのではなく、まずは野菜をおいしく、しっかり食べる。漬物やキムチをもっと身近に感じてもらえたらいいですね」
漬物は、野菜をおいしく食べる技術です。農家が育てた野菜を無駄なく食卓へ届ける仕組みであり、現代人に不足しがちな野菜を日々の暮らしに取り入れるための一品でもあります。
その可能性は、国内の食卓だけにとどまりません。日本食が世界へ広がる中で、漬物やキムチもまた、野菜をおいしく食べる一品として、海外の食卓に合う形を探り始めています。
農家に寄り添い、地域の野菜を地域の食卓へ届ける。必要とされる形に変えて、全国へ、そして世界へも広げていく。そこにあるのは、漬物を古い食べ物として閉じ込めるのではなく、野菜の価値を次の時代の食卓に合わせて届け直そうとする姿勢です。
ご飯がススムその先へ。
グループの中核会社であるピックルスコーポレーションが設立50周年を迎える今、ピックルスグループが次の50年に向けて目指すのは、漬物メーカーから、地域課題を解く食のグローバルカンパニーへ進化していくことです。地域の野菜をおいしく生かし、農家が続けられる関係をつくり、必要とされる食卓へ届けていく。その積み重ねの先に、地域の農業も、食べる人の健やかな毎日も前へ進んでいく未来があります。
もっとも印象に残った言葉
「農家とメーカーは、どちらかが勝って、どちらかが負ける関係では長続きしません。両方がWin-Winでなければいけないと思っています。野菜は相場で価格が大きく変わります。豊作でも価格が下がれば、農家にとっては厳しい。だから契約栽培では、作る前に価格を相談し、農家が経営として続けていける形を一緒に考えています」
聞き手:中野宏一 執筆:天野崇子
写真は提供写真以外は2026年6月19日三芳洋瑛撮影
企業情報
会社名:株式会社ピックルスホールディングス
取材対象者:代表取締役社長 影山直司
ホールディングス設立年月:2022年9月
経営理念:「おいしくて安全、安心な商品を消費者にお届けし、同時に地球環境に配慮した企業経営を目指します」
事業内容:漬物、惣菜等の製造及び販売を主たる業務とするグループ会社等の経営管理及びそれに付帯又は関連する業務
所在地:埼玉県所沢市東住吉7番8号
URL:https://www.pickles-hd.co.jp/






