演劇がつなぐ海と街、記憶と希望─塩屋埼灯台から広がる“人生の物語”【福島県いわき市】 

2 min 29 views

地域の歴史と記憶を、市井の人々の人生を通して演劇として再現する──。そんな活動を続けている「劇団ごきげんよう」の最新作『わたしの人生の物語、つづく。〜塩屋埼灯台編〜』が7月13日、いわき市平豊間の豊間中央集会所で上演された。本作は、塩屋埼灯台活性化プロジェクト実行委員会が主催し、日本財団「海と灯台プロジェクト」の助成を受けて実現した。

「劇団ごきげんよう」は、いわき市民を中心に構成された劇団で、演出は宮崎県三股町を拠点に活動する演出家の永山智行(ながやま・ともゆき)さんが務めた。「わたしの人生の物語」シリーズは2015年から続くもので、これまでに同市内の豊間・田人、内郷・遠野、久之浜・大久、川前、四倉、高久といった各地域を題材に、そこに暮らす人々の物語を掘り起こし、舞台化してきた。

 今回のきっかけは、昨年の高久編を観劇した坂本博紀(さかもと・ひろき)さん(とよまの灯台倶楽部)の一言だった。「ぜひ、塩屋埼灯台をテーマに演劇をつくってほしい」という熱い思いが、劇団員の心を動かし、取材対象者の選定から台本制作までが始動。地域に生きる人々からの証言をもとに、灯台にまつわる暮らしや記憶が丹念に描かれた。台本を手がけたのは若手の須藤来渚(すどう・らな)さん。これまで出演者として関わってきた彼女が、「書いてみたい」と自ら志願し初挑戦。制作中には悩み、葛藤もあったが、関係者と何度も対話を重ねながら、地域の思いを丁寧に言葉に落とし込んだ。

上演後のアフタートークでは和やかな雰囲気の中、本作の制作秘話が語られた

演出の永山さんは「私たちが舞台化するのは、特別な功績を挙げた人ではなく、“地域でふつうに暮らす人々”」だと語る。取材では「人生でいちばんうれしかったことは?」という問いを軸に、その人の語り口調や言いよどみまでも舞台に再現し、本人の存在感が立ち上がる演技へと昇華させる。今回の塩屋埼灯台編でも、「灯台の光のように、誰かを照らす人生の一場面」が浮かび上がった。
 地域住民との協働も本公演の魅力だ。今回の舞台には、演劇講座の受講者も出演。中には、自身への取材を通じて演劇の世界にひかれ、今回は役者としてステージに立った高校生もいた。高校演劇部への入部を経て、再び舞台に立ったその姿には、「物語が人生を変える力」が感じられた。

役者たちは学校や仕事終わりに集まり、夜遅くまで稽古を重ねた

今回のストーリーは、いわき市の大学生と少女が灯台へと続く階段を上がりながら、地域住民や灯台にゆかりのある人々から聞いた、灯火を守り続けてきた夜の記憶や周囲の風景の描写などのエピソードを語っていくという内容だ。当日観劇した公益社団法人燈光会塩屋埼支所長・小野季子(おの・としこ)さんは「灯台は、私たちの暮らしを静かに支える存在。この作品は、そのことをあらためて思い出させてくれた」と語った。また会場からも「出演者の笑顔がまるで灯台そのもののように輝いていた」「あの光を思い出して、また灯台に足を運びたくなった」といった声が寄せられた。

会場には2回公演で約140名の地域住民が訪れた

「劇団ごきげんよう」で制作を務める萩原宏紀(はぎわら・ひろき)さんによると、今後の公演地はまだ決まっていないという。それでも劇団では、「私たちの取材を通じて、一人ひとりが“自分の人生は自分が主役”だと感じられる体験を届けたい」との思いから、「ぜひわが町でも上演してほしい」といった声に耳を傾けながら、今後も各地を巡っていく予定だ。

上演終了後には、とよまの灯台倶楽部代表の小野陽洋(おの・あきひろ)さんから、白地のさかなのぼりへの寄せ書きの案内も。観客が思いを込めてつづった言葉が、来月には塩屋埼灯台に掲げられる予定だ。海を照らす灯台は、今もなお地域の記憶と心を照らす“希望の光”であり続けている。

とよまの灯台俱楽部が企画した「オリジナルさかなのぼり製作ワークショップ」

劇団ごきげんようの次なる舞台が、どの土地で、どんな人生の物語を紡ぐのか。次回の公演も目が離せない。

※写真はすべていわき市平豊間の豊間中央集会所にて筆者撮影

昆愛

昆愛

埼玉県川越市出身。前住地は山形県鶴岡市。会社員のかたわら、地域資源の掘り起こしとその魅力発信活動に取り組む。2023年、「誰もいなくなった町。でも、ここはふるさと~原子力発電所と共存するコミュニティで“記憶”と“記録”について考える【福島県双葉郡富岡町】」で本サイトのベスト・ジャーナリズム賞を2年連続受賞、また2024年、天文活動の報告・交流等を目的としたシンポジウムでの発表「天文文化史で地元の魅力発信?九曜紋が導く新たな誘客構想とは【福島県南相馬市】」で渡部潤一奨励賞を2年連続受賞。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です