
「紙芝居は周りの人と共感が生まれ、絵本は周りが消えていく個の世界」。そう話すのは紙芝居作家であり、壁画家の松井エイコさん。人間らしく成長するためには、紙芝居・絵本の両方が必要だと話し、特に紙芝居は自分と作品を信じること、そして人を信じることが何より重要だと言います。紙芝居を通して「あなたの世界は素晴らしい」と伝え続ける松井さんが、長崎県壱岐市に2025年2月に来島講演された「素晴らしき紙芝居の世界」のレポートです。
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紙芝居は共感の感性を育て、絵本は個を育てる
三面開きの舞台に、スピードの緩急をつけて引き抜く絵。見るものをグッとその世界へ引き込む物語。それが紙芝居の世界です。幼少期に一度は触れた機会があるであろう紙芝居は、日本独自に生まれた文化です。もともとは街中であめ玉や駄菓子を売る商人がお客さんの足を止めるために用いられた道具だったと言います
紙芝居は「三面開きの舞台があり、裏に文書が書かれた絵を一枚ずつ抜いて差し込むを繰り返す。絵本との徹底的な違いは、必ず演じ手が必要となり、観客と向かい合って物語が進みます。作品の世界が、観客の世界に出てきて広がる。これは紙芝居ならではの共感を生み出す特性」だといいます。講演では参加者に向けて、松井さんが紙芝居を演じ、参加者は物語のセリフを一緒になって言葉にしたり、リアクションをしたり楽しみました。その様子から、まさに観客たちが紙芝居の世界に共感していることを感じました。


一方、絵本は19世紀頃に生まれ、巻物状から冊子へと形状が変化しました。紙芝居と違い、絵の中に文章が書かれたページをめくることで物語が進行します。紙芝居と同様に、松井さんが絵本を読み聞かせをしてくれました。「絵本は自分という個を感じることができるもの。ページをめくるたび自分も物語に入っていくような感覚。絵本の中に自分を感じながら歩き、物語を自分自身のものにしていく」と、絵本の持つ力を実演します。
実際に筆者も読み聞かせを聞き、周りの音や存在がシーンと薄くなり、物語に引き込まれていったことを感じました。
自分と作品を重ね、人と作品を信じる。紙芝居を演じる上での約束

しかし、ただ単に紙芝居を読むだけでは共感は生まれず、演じ手にも技術が求められます。題材選びでは「自分で一生懸命読み、自分の人生と重なることや、作品を好きになること」が重要だと言い、「間違わないように練習するのではなく、作品の好きな部分と自分を重ねる」ことがポイントだと話します。
演じる際には「三面舞台は扉を順番に心を込めて開くことで、物語が始まる予感を持たせることができる。作品に寄り添って前を向き、聞き手全員の顔が見られて、物語が読める位置を見つけること」も観客が作品へ没入するための大切なポイントなのだそう。
その他にも「声色を変えすぎない」「最後の場面から最初の場面に戻さない。広がった作品の余韻を残したままにする」など、演じる上でいくつものコツを伝え、何より「自分、作品、人・観客を信じること」が一番重要だと松井さんは語尾を強めました。
心を交わすコミュニケーションがあるから、生み出される共感、育つ共感
紙芝居が共感を生み、育てることについて松井さんは「次の場面に向かって抜き差しする紙芝居の連続性は、物語が進む瞬間に集中している状態。そこをじっと見るだけではなく、言葉で話し、うなずきあう。観客・演じ手・作品とコミュニケーションをすることで心を交わしあい、共感が生まれる」と言います。そして「この経験を積むと、人間が持つ共感の感性を育むことができる。共感の感性を育てることこそ紙芝居の持つ喜び」だと会場中を暖かな空気で包み込みました。

紙芝居への学びを深めるべく2001年12月に創立された「紙芝居文化の会」は、当初5人のメンバーから始まり、現在では世界中に広がり、2024年8月時点で世界56カ国約900人の方が紙芝居を通して、「あなたの人生は素晴らしい」と手渡す活動を広めています。