見えない魅力を映像で「アウトクロップ」。時代に逆らった場づくりで生み出す“偶然と創造”【秋田県秋田市】

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株式会社アウトクロップ

Emil Kurihara
栗原エミル氏

秋田県秋田市で、映像制作を軸にミニシアターの運営や、カフェ・コワーキングスペースを併設したホステルの運営などを幅広く手がける株式会社アウトクロップ。代表取締役・栗原 エミル(くりはら えみる)さんは、ドイツ生まれ京都育ちでありながら、秋田を拠点に数多くの映像作品を制作しています。地域課題を考えるきっかけを提案しながら多岐にわたる活動を展開する栗原さんにお話をうかがいました。

秋田を離れる前に思い出に作った映画が秋田に残るきっかけに

株式会社アウトクロップ立ち上げまでの栗原さんのキャリアを教えてください。

実はキャリアと呼べるものはないのです。秋田市にある国際教養大学在学中に趣味で映像を作っていたのですが、同大学の友人、松本トラヴィスとともに秋田を離れる前に秋田の思い出として制作した短編ドキュメンタリー映画「沼山からの贈りもの」がきっかけで、映像の可能性に挑戦しようと、大学4年だった2020年に1年の期限付きでアウトクロップを設立しました。
しかし、いざ設立してみると、数年先を見越した事業計画を求められたり、銀行からの資金の借り入れなどさまざまな側面から、1年でできる安直なビジネスなどないことがわかり、ふたりでとことん話を重ね、秋田に残り映像作りを継続する決意をしました。試行錯誤しながら各方面に事業を展開し現在に至ります。
当時、松本と私も秋田を離れる他の進路がほぼ決まっていたのですが、現在はその先の進路にあるものより大きな実践ができているという実感があります。

「アウトクロップ」という社名に込められた思いを教えてください。

アウトクロップというのは、地質学に由来する名詞で「大地に埋まっている原石や鉱石などが雨や風を受け表土に露出する自然の作用」を意味します。
大学時代に作った「沼山からの贈りもの」の映画のように、私たちはローカルに潜在する価値を大切に掘り起こし可視化することを「アウトクロップする」と動詞のように使っています。
特に秋田には伝統や先人の知恵など、「アウトクロップ」すべき価値がたくさんあっても発信するすべが少ないと感じたことが自分で映像を作ろうと思ったきっかけになったのですが、秋田だけにとどまらず世界中の見えていない物語の価値を可視化し、本質的な豊かさを追求していくという意味が込められています。

見る人との信頼、被写体との信頼を意識した、末永く関係性を保つ映像制作

数々の受賞作品がありますが、印象に残っている作品を教えてください

秋田市のプロモーションムービーとして制作した「久しぶりに、帰ることにした。AKITA CITY PROMOTION」が米国アカデミー賞公認・アジア最大級の国際短編映画祭の観光映像大賞にノミネートされました。秋田出身で都会でがんばっている人への応援歌をメインに「やっぱ秋田いいな」という思いを持ってもらうために、当事者の方にたくさんインタビューを重ね実話に基づいた映像を制作したんです。「秋田に帰ってこい」という押し付けではない、そういう立場で秋田を思う人の気持ちを映像に投影できたと思っています。

作品の被写体がとても生き生きとしていると感じました。その表情を引き出す栗原さんならではの秘訣などはありますか?

自分がカメラを向けられるのがあまり好きではないこともあり、ドキュメンタリーを撮る時は緊張しない雰囲気を作って自然体で話せる環境を作ることは心がけています。
「アマンここにしかないもの」という第4回日本国際観光映像祭・与論島大会のART&FACTORY JAPAN部門で最優秀作品賞を受賞した作品があるのですが、ある時その映画に出演したスキンダイバーの方が、「与論島から東京に出て来たついでにふらっと秋田に寄ってみたよ」って秋田に来てくれたんです。秋田は東京のついでに来るところじゃないですよね。そんな関係性が映像を撮った先に続いているみたいな。数年やっていて、気付いたら人との信頼関係ができていた。そんな意識を大切にし映像を制作しています。

古民家をリノベしたミニシアター、マンションをリノベしたホステルをそれぞれ営業開始。異事業に手がける理由

現在の事業内容について教えてください。
映像制作事業を中心として行っていますが、そのほかに秋田市中通で明治時代の古民家をリノベーションした「アウトクロップシネマ」というミニシアターを2021年から営業しています。
また、同市保戸野の4階建てのマンションをフルリノベーションし、ワーケーションや旅先のテレワークなどの新たな拠点となるAtle DELTA(アトレデルタ)というカフェやコワーキングスペースを併設したホステルの営業を2024年の5月に始めました。

映像制作とは違う事業を展開されている理由を聞かせてください。
ミニシアター「アウトクロップシネマ」に関しては、映画は誰かが一生をかけて体験したことを数時間で疑似体験できて、自分の世界を広げてくれるものだと思っています。秋田は映画の文化が早くから根付いた場所であるのにもかかわらず、当時の面影を残す映画館はなくなってしまいました。映画の上映後にディスカッションするイベントや、昔、映画技師をされていた方の話を聞く機会を設けるなど、デジタルの時代の流れに逆らった、映画を「アウトクロップ」する価値があると思います。採算はあまりとれていないですが、“価値を掘り起こす”という意味での採算は大いにとれていると思っています。
ワーケーション・テレワーク拠点であるAtle DELTAに関しては、人が行きかう流れを作るオープンでリアルな場所を持つことを目的としています。例えば、海外の旅行客と地域の年配の方が一つの場所で時間を共有する。多言語と秋田弁が飛び交うカオスな場所、その化学反応から生まれるものに価値があると思っています。また、クリエイターに興味を持つ人や学生がこの場所を訪れて交流することで、将来的にクリエイターがつながって同時多発的に新たな生業を生み出していく場にもなるのではないかと思っています。
実際、近所の方がカフェに遊びに来て、その息子さんがアウトクロップに興味を持って通いつめ、プロジェクトを手伝ってくれたこともあるんです。「Where serendipity meets creation.(偶然の出会いと創造が出会う場所)」を作っていきたいです。

秋田で事業を行なってきて、何か感じることはありますか?
学生時代から秋田に住み、事業を展開し、この数年秋田の人にふれてきて感じたのですが、がんばる人の背中を押してくれる人に恵まれています。閉鎖的だとかマイナス面を自らおっしゃる方が多いですが、実際はそんなことはなくて秋田には熱い気持ちを持っている方が多いです。
自分の好きな言葉に「Fake it till you make it」という言葉があります。何もできないと思っても、ギブアップせず、それができるようになるまでハッタリを続ける(笑)という意味なんですけど、そう思わせてくれるほど手厚い支援や応援を多くの方からいただいています。だからこそ秋田でやる意味があると思っています。
ただ、秋田の中にとどまっていては成長せず、井の中の蛙になってしまうということも肌で感じています。大手広告代理店など、中央の仕事を受け外でお金を作りつつ、秋田では地域事業に取り組むという両軸でやるバランスが大事だと思っています。半年くらいの期間、社員に外の会社を経験させる研修制度なども導入しながら、学生上がりで起業した軽いノリでは決してない「信頼できるプロダクション」として力をつけている最中です。

自然と共生する多様な「人の暮らし」から受けたインプレッション。ホームステイがはじまり

そもそも、映像に興味を持ったきっかけを教えてください。
年の離れた兄の影響があり、バイトでためたお金で買ったニコンのカメラで撮影をするのが趣味でした。17歳の時にホームステイで訪れたインド最北部、ラダックでチベット少数民族の伝統文化にふれ、自然と共生する多様な「人の暮らし」に強く興味を持ちました。
その生活の様子をより詳しく伝えるには写真だけでは情報が足りないと感じ、映像はもっと多くの情報を伝えられるツールだと思ったのです。映像が好き、というよりはその生活の息づかいまで伝えられる映像は、伝えるための一つのコミュニケーションの手段だと思うようになりました。

ホームステイでの経験はその後の栗原さんにどんな影響を与えましたか?
チベット少数民族の古くから脈々と続く暮らしやその文化を掘り下げると、本質的な豊かさにたどりつくということが、自分の中でとても強く心に残ったんです。それで、日本国内でも古くからの暮らしの中に伝統や文化が色濃く残る地方に目が向きました。そこから「秋田」という場所に興味を持ち、そこにある大学に進学を決めたという経緯があります。
人の暮らしや行き交う人たちが作る流れから生まれるものを掘り起こし、本質的な豊かさを追求したいと考えるようになったのはそのホームステイの経験があったからです。
現在取り組む映像や映画事業、宿泊や飲食全ての事業は、一見バラバラに見えるかもしれませんが、そこに行き交う「人」や「モノ」を「アウトクロップ」する、本質的な豊かさを見つける手段だと思っています。
17歳の経験は、今の自分の原点かもしれません。

「世界から秋田に、秋田を世界に」アウトクロップが思い描く未来

日本にとどまらず海外にも広く展開している栗原さんが目指すのは、どのような世界ですか?
私と松本は海外にルーツがあります。海外に行くこともとても多いですし、同じようなバックグラウンドを持つ人がとても周りに多く、逆にそこを目指して何かをするという考えはあまり持っていませんでした。ただ、「外を見て内を知る」みたいな、海外に拠点を置くことで、秋田という地域がさらに「アウトクロップ」できて自分たちのバリューが最大化されるのではないかと思ってます。
映画祭のコネクションは海外の方が作りやすいと感じているので、海外に拠点を持つことで映像やプロダクトの販売経路が作れるかもしれません。「世界から秋田に、秋田を世界に」そんなルートが作れたらいいと思っています。
あと、自分の野望の一つに、アウトクロップの作品が世界の多くの人の目にふれる、例えば世界の三大映画祭にノミネートされる、みたいなものがあります。日本でそれができる人は限られているしとてもハードルが高いことなのですが、そんな挑戦をしていきたいです。

一緒に働くクリエイターに対して栗原さんはどのようなことを求めますか?
ある物事に対して譲れない強い関心を持っている人、何かを変えたい原動力がある人。映像を通じて何がしたいのかを答えられる、求めていることに対してコミットする人。 そんな人とともに、自主制作映画や、クライアントの思いに妥協せず取り組み、本質を「アウトクロップ」する世界を作りたいですね。

取材日:2024年8月9日 

株式会社アウトクロップ

  • 代表者名:栗原 エミル
  • 設立年月:2020年12月21日
  • 資本金:100万円
  • 事業内容:映像制作 ミニシアター運営 宿泊・ワーケーション複合施設運営
  • 所在地:〒010-0001 秋田県秋田市中通3丁目3-1
  • URL:https://outcropstudios.com/
  • お問い合わせ先:080-3710-3184

この記事は株式会社フェローズが運営する、クリエイターに役立つコンテンツを発信する「クリエイターズステーション」にも掲載されています。

天野崇子

天野崇子

秋田県大仙市

編集部編集記者

第1期ハツレポーター/1968年秋田県生まれ。東京の人と東京で結婚したけれど、秋田が恋しくて夫に泣いて頼んで一緒に秋田に戻って祖父祖母の暮らす家に入って30余年。

ローカリティ!編集部のメンバーとして、みなさんの心のなかのきらりと光る原石をみつけて掘り出し、文章にしていくお手伝いをしています。

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