遠く離れた二つの土地に偶然残る、よく似た妖怪「さがり」と「つるべ落とし」【兵庫県丹波篠山市・岡山県瀬戸内市】

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イラスト提供:怪人ふくふく(pixiv)

以前、ローカリティ!スクール研修の課題記事として、地元・兵庫県丹波篠山市に伝わる妖怪に関して、市立中央図書館の妖怪調査イベントに参加しつつ執筆しました。(記事はこちらhttps://thelocality.net/tanbasasayama-kaidan/

兵庫県では姫路(15万石)、明石(8万石)に次ぐ6万石の城下町であり、碁盤の目のような町並みからいわゆる小京都の一つとしても数えられている丹波篠山だけに、なかなかユニークな妖怪の数々が伝えられているのを知るとともに、当時の人々の想像力とユーモアの豊かさに感銘を受けました。

筆者は個人的に妖怪にとどまらず、古くからの変わった伝承やオカルト文化も含めた民俗学全般に興味があり、普段からそれらに関する調査や情報集めを趣味のひとつのみならず、ライフワークやフィールドワークにしております。

2025年9月のことですが、たまたま深夜、クルマを運転中に聴いていたラジオ(大阪毎日放送)で面白い番組が流れてきました。

関西ではわりと知られている、いわゆる事故物件をあちらこちらに何軒も借りて住んでいるというかなり変わった趣味を持つ芸人の松原タニシさんが毎週さまざまなゲストを招いてオカルト関連の話をする番組『松原タニシの恐味津々』です。

ちょうどその夜は、岡山県出身で東京学芸大学を卒業後、小学校の教員として勤務ののち、瀬戸内市内にあるハンセン病療養所「長島愛生園」内にある歴史館で学芸員をされるかたわら、地元・岡山県に伝わる妖怪をはじめとする民俗学研究をされてきた木下浩(きのしたひろし)さんがゲストとして出演されていました。

木下さんにによると、岡山県は、とりわけ瀬戸内海側は風光明媚(ふうこうめいび)かつ温暖な気候に恵まれ比較的災害も少なく、昔からかなり経済的にも文化的にも豊かな土地柄だったためか、他の地方と比較すると日本社会においてはめずらしく個人主義的な文化が育っていた地域で、民俗や文化について研究する土壌も一般的に整っていたとのこと。

さらに木下さんの説明では、瀬戸内市には、エノキの木から馬の生首をぶら下げて通行人を驚かすという「さがり」という文字通りの名前の、なかなか珍奇な行動をする妖怪が昔から伝わっており、しかも現在の瀬戸内市内に2ヶ所もそれが出現する場所が存在したといいます。さらにはなんと「さがり」という地名まで存在したらしいというお話でした。さがりは日本広しといえども全国でもかつての旧・邑久(おく)郡内の2ヶ所だけに現れる希少妖怪のひとつということでした。

イラスト提供:怪人ふくふく(pixiv)

さらに木下さんは「さがり」について、「なぜその場所なのか、なぜエノキの木なのか、そして牛やクマやタヌキではなくなぜ馬なのか。それが言い伝えられているということは必要だから伝わっているということ。深く調べることによって岡山のその地域の特性がわかるのではないか」と話していました。

実は筆者は前述のイベントで市内を回りながら取材をした際に知ったのですが、丹波篠山市にも「坪井の榧の木」という昔話のなかで、馬の首ではなく人の生首を落とす妖怪が伝わっています。どちらも木から生首を落とすという部分は共通しています。「つるべ落とし」という名の妖怪は各地に伝わっており、こうした話も、その語源の一端を示すものと考えられます。

イラスト提供:怪人ふくふく(pixiv)

ちょっと似ている話だと思ったので、筆者は木下氏さんに直接電話をしてその妖怪についてお伝えしたついでに、瀬戸内市役所と市立図書館にも電話し、その妖怪さがりが出たという「さがり」という地名についてさらに詳しく聞いてみようと思い取材を敢行しました。

しかし、資料などにもとづいて長年研究してこられた木下さんでさえも現在のどの辺りに伝わる話なのか今のところ見当がついていないそうで、現地のお年寄りにももはやそれを知る人は残っていないようだというご意見で、さらに「さがり」という地名についても市役所の職員さんたちでさえ聞いたことがないという結論でした。

市町村合併が盛んに行われるようになるはるか以前に何度も行われた地名変更などで、その地名はおそらく小字だっただろうという推測からも、とっくの昔に跡形もなく消し去られてしまったようです。

丹波篠山・瀬戸内両市の妖怪がどちらも木から生首を落とすという共通した背景と、その疑問についても木下さんにお聞きしましたが、やはり今のところはっきりした理由がわからないというお話でした。

今回は思ったような情報を得ることはできませんでしたが、妖怪などの伝説が時を超えて今の世にも伝わっているのは、やはり木下さんの話すように必要だから残っているのではないだろうかというところが民俗学のおもしろさかもしれないと感じました。丹波篠山に伝わる妖怪についても、視点を変え、領域を広げながら見つめ直すことで、この土地ならではの感覚や背景が、少しずつ浮かび上がってくる可能性があるので取り組んでみようと思いました。

本記事に掲載しているイラストは、pixivで活動されている怪人ふくふくさん(https://www.pixiv.net/users/941700)より、使用の許諾を得たものです

椛澤弘之

椛澤弘之

"東京都大田区で生まれ育ち、中学・高校時代は神奈川県茅ケ崎市で過ごす。
高卒後、旧ソビエト連邦を経てギリシャ共和国に渡り、サウンドエンジニアとしてミコノス島の劇場で働く。
欧州言語に興味を持ち、スイスの商業高校と州立大学で学ぶ。
帰国後、輸入雑貨買い付けの傍ら、レシピ復刻料理研究家、翻訳家(英・仏・独・伊・西)、写真家、ジャーナリストとして活動する。
現在は地方から世の中を見渡すため、兵庫県丹波篠山市在住。"

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