
「お賽銭を自由にお持ちください」——そんな驚くべき立て看板が、福島県三春町の小さな神社にある。神社では参拝者が願いを込めてお賽銭(さいせん)を納めるのが一般的だが、この神社ではその逆だ。
なぜ、このような看板が立てられているのか? そして、この神社の主はどのような神様なのか?本記事では、この神社のゆかりの地や歴史の背景を探りながら、この興味深い看板の謎を紹介したい。

神社やお寺を訪れた際、手を合わせ、お賽銭を入れて願い事をするのが一般的な風景だ。しかし、日本三大桜「滝桜」で知られる三春町の小さな神社には、「お賽銭を必要とされる方は、ご自由にお持ちください」と書かれた立て札が掲げられているからだ。
「え?お賽銭って持って行っていいの?」—初めて目にした人は誰もがそう思うだろう。この神社の主は「宇賀神(うがじん)様」。金運や財運をもたらす”福の神”として信仰されてきた神様だが、なぜ賽銭を”持ち帰ることができる”のだろうか?

宇賀神は、古くから日本各地で信仰されてきた神様で、蛇神や龍神の化身ともいわれる。老人や女性の頭に、龍や蛇の胴体を持つという特異な姿だ。特に商売繁盛や財運向上にご利益があるとされ、多くの人々が願掛けに訪れてきた。

現在の三春町に鎮座するこの宇賀神様は、旧中妻村宇賀石地区にあることから「宇賀石の宇賀神様」とも呼ばれる。その歴史は室町時代後期にまで遡り、当時の庄屋の氏神として祭られていたという。
最も気になるのは、やはり「なぜお賽銭を持ち帰っていいのか?」という点だ。これは、宇賀神様の信仰と、かつての地域社会の精神に由来していると推測できる。
宇賀神様は”財運の神”であると同時に”施しの神”でもある。かつてはこの地を訪れた人々が願掛けをし、願いが叶うと感謝の気持ちを込めてお賽銭を奉納していた。施しを行うことで徳を積み、巡り巡って自分にも福が返ってくるという考え方だ。宇賀神様の立て看板も、この精神に基づいているのだろう。しかし、現在ではこの地域を訪れる人も少なく、賽銭が多く集まることもない。そのため、実際にお賽銭を持ち帰る人はほとんどおらず、多くの参拝者は純粋に願いを込めて訪れるにとどまっているようだ。

くしくも今年は巳(み)年。上がり続ける物価に頭を悩ませることも多くなった昨今だからこそ、人頭蛇身の宇賀神様に訪れてみる価値は大いにありそうだ。福島の地に、こんなにもありがたい神様がいたとは——宇賀神様の前で手を合わせ、金運・財運のご利益にあやかってみるのもよいかもしれない。
参考資料:「宇賀神様」とは(宇賀神.com)、お賽銭の今と昔(神社本庁)、角川日本地名大辞典 7 福島県(角川書店)、全国市町村名変遷総覧(日本加除出版)