「牛も田んぼも諦めない」立体農業を興し、未来を育む名津井牧場の軌跡(後編)【福井県福井市】

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福井市で酪農・農業・直売店を展開する名津井牧場。牧場主の名津井萬(なついよろず)さんは90歳で今なお現役の酪農家です。幼くして両親を亡くした経験を抱えながら、20歳の時に農業で独立。家族を支え、農業の明るい未来を目指して一心不乱に取り組んできました。名津井萬さんと妻・とし子さんにその原動力についてお話しを伺い前編と後編の2部構成でお伝えします。(前編はこちらhttps://thelocality.net/natsuibokujyou1/

米や野菜を牛が食べることで命の循環をつくる

―牛の世話でのこだわりを教えてください。

萬さん:「育てた稲は藁(わら)になって牛のエサになる。引き割りの生玄米やお店で売れ残った野菜もエサに使っている。小松菜、きゅうり、なす…夏はスイカも食べるよ。牛は目の前にエサがあると、あるだけ全部食べてしまうからエサの量は調節してやらないといけないけどね。食べ過ぎてお腹を下してしまうこともあるしね。減反政策(※)で、コメの生産量を減らす農家さんも多かったけれど、牧場では飼料米も必要なので、変わらずに作り続けています」

牛が食べる藁(わら)が乳を生み、糞は堆肥となり土に還ります。その土から、再び稲や野菜が育まれ、牛舎に戻る。名津井さんが大切にしている命の循環がここにあります。

※減反政策…コメの生産量を国が調整する制度。2018年に廃止。

ゲージにはエサの内容が書かれている。牛の状態に合わせて、一頭ずつ分量を決めている

牛も飼い主に似る!?「ここの牛はおとなしい。」

とし子さん:「ここの牛は全体的におとなしいね」って牧場に来る人によく言われます。飼い主(萬さん)がやさしいからかもしれないね。

―牛も飼い主さんの雰囲気に似るのですね。ところで、牛どうしがケンカすることってあるのでしょうか?

萬さん:他の牧場からやって来て間もない時は、荒っぽい行動が目立つかもしれないね。でも、次の日になったら落ち着いて普通どおりになっているよ。むしろ、先輩牛に見習って後輩牛が牛舎での過ごし方を身に付けているね。例えば、「前足でレバーを踏んだら飲み水が出てくる」っていうのを人間が教えるとなかなか伝わらなくて上手く飲めない。でも、先輩牛の仕草を見るとできるようになる。先輩後輩っていうのが牛の世界でも大切だなって思うね。

右から2頭目の口元にあるのが水飲み用カップ

乳牛コンテストで見せた阿吽の呼吸。「牛を引く人ベストワン」

「共進会(※)」が乳牛分野の「共進会(※)」がにもあり、「乳牛の美人コンテスト」と称えられています。乳牛が、健康で長持ちするために必要な体形などが審査されます。名津井牧場の牛たちも、福井県大会、北陸中部大会を何度も勝ち抜き、全国大会へは7回もの出場実績があります。

出場に向けて、田んぼで牛を引いて練習をされていたそう。例えば「審査員がこちらを見たら、牛もそちらに視線を向ける」「静かなところでは、静かに歩く」「顔を上げて姿勢を良くする」などを牛に教えます。名津井さんの手綱さばきで、牛も動き方がすぐにわかるようになるそうです。

「福井県の審査員の人に、『賞は作って無いけれど、名津井さんは牛を引く人のベストワンですよ』って言ってもらえたのを覚えているね」と名津井さんはうれしそうに話されました。牛と阿吽(あうん)の呼吸だったのでしょうね。

※共進会…産業の振興を図るため、産物や製品を集めて展覧し、その優劣を品評する会のこと。「ホルスタイン共進会」であれば、ホルスタイン種の優劣を競う。

「乗りかかった船だ。やろう!」仲間の離脱を乗り越え、名津井牧場の直営店がオープン!

店内には野菜、お菓子、加工品など地域の特産物がならびます

―名津井牧場のお店「ファームサルート」がオープンするまで

人工授精師の免許を持つ酪農家が増えてくると、「種付け」もそれぞれが行うようになってきました。名津井さんへの依頼は段々と減り、収入も減りました。困っていたところ、福井県から「牛乳を使ったイタリアンジェラートを販売してみては?」と提案を受けました。お店では、ジェラートだけでなく野菜も販売する。売れ残ったとしてもジェラート加工の材料に使用できます。6次産業化(※)の取り組みをいち早く取り入れようと、名津井さんは近くの農業生産者44名とチームを組み、動き出しました。いまから約20年前のことでした。

ところが、取り組みの途中でその4人が事情により抜けることになります。一人になってしまった名津井さんは「私もやめようかな」と、弟さんに相談をもちかけます。弟さんは、「やった方がいい」と返事をしました。この言葉に後押しされ、「乗りかかった船だ。予定が長引いてもいい。やろう!」と名津井さんは気持ちを切り替えて、再び取り組み始め、2004年「ファームサルート」がオープンしました。

「ファームサルート」のはじまりには、名津井牧場と地元の農家さんの協力で生まれた「牛乳と野菜を組み合わせたジェラートづくり」があります。「生産―加工―流通・販売」の循環は、名津井さんが志す「立体農業」にも重なっています。地域に溶け込み、愛されながら、おいしいジェラートが今日もできあがっています。

※6次産業化…農林漁業(1次産業)と製造業(2次産業)、小売業(3次産業)などの事業を連携させ、新たな付加価値を生み出す取り組み。

名物アイスモナカ。牛のイラストもオリジナル!
自家製ジェラートは名津井さんの長女・明美さんが作っています

「牛も田んぼも諦めようと思ったことはない」心に決めた3つの思い。

90歳の現在に至るまで、失敗・成功・挫折・奮起を繰り返してきた名津井さん。約30年前に決意し、今も変わらない3つの思いがあります。

  1. チャンスを逃すな
  2. 立地条件を生かす
  3. 最後まで諦めない

「牛も田んぼも諦めようと思ったことは一度もない。『ちょっとしんどいな』と思いながらも、あと少し頑張れば上手くいくっていう時があるから、できるだけ諦めずに続けることかな」と、名津井さんは言います。

「チャンスを得るには、日ごろの意欲と実力が必要。それは、努力と勉強の積み重ねで築き上げられるもの。そして、誰もが自分の理想を持っている。大事なのは、それに向かって最後まで諦めないこと」この名津井さんの思いこそが、「名津井牧場」をつくり、育て上げてきたこと実感しました。

「生まれ変わってもこの仕事」暮らしを支えてきた「農」という生業。

名津井牧場で産まれた子牛。元気いっぱいです

―酪農や農業を続けてきてよかったと、どんな時に感じられますか?

いま思うのは、「それで生活ができた」ってことが、よかったことかな。「牛乳一滴でもお金にしたい」と、家族ですら牛乳を飲まずに乗り越えてきた時期もあった。でも、ある時に「やっぱり自分たちも飲むべきだな」って思って、飲み始めるようになった。「牛乳は体に悪い」と世間で言われる時もあった。体にどんな影響があるのか、自分が飲み続けて実験もしている。いま、自分は90歳。骨密度は実年齢よりも何十歳も若いし仕事も続けられているから、よかったと思っています。

―これからやってみたいことを教えてください。

花卉(かき)もやりたいね。新商品ならチーズ販売をしたいけど、実際には手がまわらなくて難しい。でも、家の台所で試作をすると、ものすごく美味しいカッテージチーズが出来上がるよ。

―お花もチーズも素敵ですね!もし、生まれ変わりがあるとすれば、どんな仕事がしたいですか?

今の経験が身にしみているからかもしれないけど、やっぱり今の仕事をしているかな。種をまいて、芽が出て、ぐぅーっと大きくなって、収穫をする。作り育てるのは楽しいことだね。牛と田んぼと畑と…今の考えそのままかな。

―未来に向かって命を育む。名津井さんの変わらぬ姿勢をうかがうことができました。

情報

名津井牧場

住所:福井県福井市地蔵堂町9-18
名津井牧場直営店「ファームサルート」 
ホームページ:https://farmsalute.jp/

大野佳子

大野佳子

生まれは福井、育ちは大阪。公務員、栄養士、農業、食品加工の遍歴あり。「農と食」のフィールドでセルフ人事異動(転職)を行ってきました。
現在は農業と福祉を連携させた商品づくりに取り組んでいます。「暮らし」に感動し、「科学」に挑戦し、「芸術」を愛して生きています。趣味はカフェ巡りと数学です!

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