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秋田県羽後町(うごまち)は、県の南部に位置する、山々に囲まれた内陸の町で、夏には西馬音内(にしもない)地区で行われる盆踊りを目当てに全国から多くの観光客が訪れる地域です。
西馬音内盆踊りの起源は鎌倉時代の正応年間(1288〜93)にさかのぼります。これは単なる伝統芸能ではなく、人々の熱意によって守られてきた祈りの舞です。時代の変化にさらされながらも、地域の人々はこれを絶やさぬよう心を尽くしてきました。
そんな歴史と文化がある地域に、2025年4月、西馬音内盆踊りをテーマにした泊まれる文化交流施設「盆宿(ぼんやど)U」が誕生します。
目次
西馬音内盆踊りの世界を体現する「盆宿U」
「盆宿U」は、西馬音内盆踊りの舞台となるメインストリートの中心に位置し、地域の歴史や文化を未来へとつなぐ施設です。「U」は「幽」「結」「遊」という3つの文字に由来しており、広大な敷地全体を使って「西馬音内盆踊り」や「お盆」の体現を目指しています。
2024年8〜10月にはクラウドファンディングを行い目標金額を達成。2025年春の営業開始(プレオープン)に向けて準備が進められています。
このプロジェクトを主導するために立ち上げられたのが合同会社U。羽後町で株式会社六鎗工務店を営む六鎗嘉人(むやり よしと)さんと、秋田市出身で東京と秋田を拠点に建築事務所を運営する、一級建築士である工藤浩平(くどう こうへい)さん、そして湯沢市を拠点に地域資源を活用した取り組みを行っている京野健幸(きょうの たけゆき)さんの3人が代表社員を務めています。
地域の名士が180年にわたり暮らしを営んできた邸宅を地域のために残す
「盆宿U」の舞台となるのは、築180年の歴史を持つ旧柴与家。柴与家は西馬音内きっての大地主であり、その一族は経済、政治、文化さまざまな分野で地域に多大な貢献をしてきました。しかし、2020年に六代目当主が亡くなり、奥様が建物を引き継ぐも、その広大な敷地と建物の維持が難しく、工務店だけではなく福祉事業にも携わっていた六鎗さんの父がオーナーとなり、柴与家を福祉施設として活用することを検討していました。
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そこで知人の紹介を通じて、一級建築士の工藤さんに設計の相談が持ちかけられました。 工藤さんは2022年8月、初めて旧柴与家を訪れ、その荘厳なたたずまいと、長年にわたって丁寧に手入れされてきた建物に感銘を受け、既存建物を維持しながら福祉施設をつくる計画を提案したそうです。
しかし、資金調達がうまくいかず、なかなかプロジェクトが進まない状態が続いていました。そこで地域活性化の視点で観光庁の補助金制度にエントリーする道にたどり着きます。羽後町商工会や羽後町役場、地域の事業者と協力し、ついに2023年12月に観光庁の「地域一体となった観光地・観光産業の再生・高付加価値事業」に採択されました。
動き出したら見えてきた、地域の課題
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はじめにこのプロジェクトがフォーカスした地域課題は、「西馬音内盆踊りという全国的な観光資源をもっと生かしたい」という点でした。地域の宿泊施設や土産店が次々と閉店。特に、盆踊りの期間には宿泊施設が不足し、日帰り客が増加したことで、町に観光収入が落ちにくい状態でした。
そこで、地域住民とともに課題を整理し、持続可能な地域づくりを目指して、六鎗さんと工藤さんが始めた活動のもとに京野さんがジョイン。三人で合同会社Uを設立し、旧柴与家を「盆宿U」として再生させるプロジェクトを本格的に始動させました。
古いものを生かすからこそ見出せる価値を
京野さんは、このプロジェクトを進めるうえで、六鎗さんや工藤さんの果たす役割の大きさを語ります。
「六鎗さんは地域との調整役を担ってくれています。地域で信頼を積み重ねてきた六鎗工務店の存在なくしてはこのプロジェクトは進みません。また、旧柴与家のオーナーである六鎗さんの父の地域への深い思いと懐の深さに本当に感謝しています」
一方で、リノベーションの現場では多くの困難もあります。
「古い建物は、開けてみないと分からない部分が多い。補助金の期限もあるので、修繕の必要が出たときの時間との戦いが大変です。日々出てくる現場の課題に向き合い対処する工藤さんを中心とする設計施工チームの苦労をいつも近くで見てきました」
古いものを生かし、そこから価値を見出すのにはこのふたりの存在は欠かせないと京野さん。
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そんな京野さんはソフト面の担当として、施設の運営をゼロから立ち上げるために尽力しています。現在、スタッフの雇用が始まり、いよいよ運営準備が本格化。「運営が始まってからが自分の本当の勝負」と語る京野さんの表情には、地域への強い思いがにじみます。
人々の思いが詰まったものをさらに未来へ
魂と共に踊るまちの、彩と幽。 顔を隠して生者も死者も一緒に踊る、 日本三大盆踊りのひとつ、西馬音内盆踊り。 にぎやかで幻想的。鮮やかで幽玄。 「彩」と「幽」が混じり合う、異界。 2025年春、この盆踊りから着想を得た 新たな滞在拠点が誕生します。 場所は西馬音内盆踊りが行われる メインストリートの一等地。 外から来る者も、内に住む者も、境界を越えて、 めぐり、ゆらぎ、つながる場所へ。 2025年4月、 旧柴与家は「盆宿U」としてリニューアルします。 |
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京野さんは、羽後町で観光施設を運営するうえで、「盆踊りをコンセプトにするのは自然な流れ。盆踊りの歴史をたくさん学ぶ中で、多くの人の思いが詰まった文化であることを改めて感じた」と話します。
プロジェクトは「地域」を主語とし、地域の人々と交流しながら進められてきました。「祭りのある日に使いたいと思っていた」などと声をかけられることが増えたり、地元の高校生がまち歩きガイドをするなど、多くの人が関わり、新たな取り組みが生まれつつあります。
「地域の方に期待していただいていることを肌で感じています。地域にあるものの価値を見つめ直し、我々なりに改めて解釈して新たな価値を生み出し、未来へつなげていきたいと思っています」
古いものを守ることで、地域の人々の思いも大切にしたい ―そんな思いが、このプロジェクトには込められています。地域の文化である「あの世」も「この世」も大切にする価値観を引き継ぎ、人も建物も大切に残していくのが、京野さんをはじめとしたメンバーの願いです。
関わり方に決まりはなく自由。興味があれば誰でも
京野さんは「700年の歴史を持つ盆踊りを守り続けてきた人々の思いに、ぜひ思いをはせてほしい」と語ります。
この土地で人々が紡いできた文化や歴史を施設の随所に散りばめ、訪れる人が西馬音内盆踊りとそれを支える地域の魅力を体感できる空間が盆宿Uです。
盆宿Uは、地域の人と外から来た人をつなぎ、新しい文化を生み出す場所になります。それは、地域の価値観も含めたつながりかもしれません。
そんな場所を地域の方や一般の方とともに作り上げていきたいという思いから、グランドオープンに向けて、細かい仕上げの塗装などは参加者を募ってワークショップ形式で進めていく予定です。
こうしてできあがる施設では、「食を通じた交流」をコンセプトにした、宿泊客が地域の人と一緒に食事を楽しめる「コミュニティダイニング」も定期的に開催される予定です。個食が増える現代ですが、改めて誰かと一緒にごはんを食べる時間の豊かさを感じられる、それこそお盆のような食空間を地域の方々と作り上げていきます。
また、地域の人に自分の好きな本やレコードを紹介してもらうライブラリーやDJブースも設置予定です。持ち主が作品のおすすめポイントや思い出などを紹介し、訪れた人にその紹介文を見て本やレコードを手に取ってもらい、持ち主にその感想を伝えて次に訪れた際にまた会える——そんな交流が生まれることを目指しています。
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さらに、地域の方や一般の方もアート制作に携わることができる「参加型アートプロジェクト」も実施予定です。
現在、合同会社Uにはこのような施設の運営や経営をオンラインで学ぶインターン生が4人、また、専門的なスキルや知識を生かし貢献するプロボノとして参画しているメンバーもいます。遠くは海外のマレーシアからの参加者もいるそうです。
「興味のあること、やりたいことが合致すれば関わりしろはいくらでもあります」と京野さん。
関わりしろ
盆宿Uでは、さまざまな形での関わりを歓迎しています。
- 建物の塗装などのワークショップ形式の作業に参加する
- アートプロジェクトにアート制作や運営ボランティアとして参加する
- 書籍やレコードなどを通した交流を生むために自身のコレクションをライブラリーに提供してくださる方
- 盆宿Uの宿泊やサウナ、ラウンジ、コミュニティスペースなどの利用、地域の人々との交流やコミュニティディナーなどのイベントへの参加、またはそれに関連したボランティア
- 経営や運営などを学ぶインターン/プロボノとして関わる
心躍る春のプレオープン(営業開始)、そしてその先のグランドオープンに向けて、多くの人の関わりによって形づくられていく「盆宿U」。 外から来る人も、内に住む人も、境界が溶け合うように、めぐり、ゆらぎ、つながる仲間となり、ともに未来をつくっていきませんか?
お問い合わせ
盆宿Uホームページ:https://u.bon-yado.jp/
TEL:0183-56-7615
MAIL:u_info@bon-yado.jp
※盆宿Uの宿泊およびサウナの予約受付は、3月中旬の開始を予定しています。
受付開始のお知らせをご希望の方は、問い合わせフォーム(https://u.bon-yado.jp/contact)よりご連絡ください。
「あきたの物語(https://kankei.a-iju.jp/)」は、物語をとおして「関係人口」の拡大を図ることで、県外在住者の企画力や実行力を効果的に生かした地域づくりを進め、地域の課題解決や活性化を促進する事業として秋田県が2023年度から始めました。秋田県や秋田にまつわる「ローカリティ!」のレポーターや地域の関係者が、秋田県各地の人々の活動を取材し「あきたの物語」を執筆して秋田県を盛り上げています。