「正解を生きることに疲れた人へ」無理に答えを出さなくていい場所に来てみて。茶農家とつくる、新たな選択の宿【京都府和束町】

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京都府南部に位置する和束(わづか)町。茶源郷ともよばれる茶畑が広がるこの土地に、人生に行き詰まった時に訪ねてみてほしい、そんな宿が生まれた。

その名は「SLOW HOUSE@wazuka(スローハウス和束)」。

この宿は、農業の人手不足と季節性のギャップをつなぐ、農業特化型の職業紹介「アグリナジカン」と、「余白を大切に、地域と若者をつなぐ」ことを目指し、単なるゲストハウスではなく、地域課題を面白がりながら人と人が育ちあう「スローハウス」による共同の取り組みとしてスタートした。

この場所を運営するのは、「スローハウス気仙沼」で、仲間との共同生活を経て、スローハウスのコミュニティマネージャーを務め、自らも“場”をつくる人へと進化していった、山中雄斗(やまなか・ゆうと)さんこと、ぼんちゃんだ。

優等生でいい子、「正解しか歩めなかった」というぼんちゃん。

大学の就活中に自分がこれまで生きてきた「いい子」の自分が進む進路の先に大きな違和感を覚えたぼんちゃん。いきおいに任せて日常から飛び出した自転車旅の途中、気仙沼で偶然出会った杉浦恵一(すぎうら・けいいち)さんをきっかけに、ぼんちゃんの人生が「関わる人とともに生きる」ことで少しずつ形を変えていった。

「求められた正解」を生きていた自分

「とにかく、きちんとしなきゃと常に思ってました。宿題も絶対に終わらせるし、何事も計画通りに進めないと気が済まない。予定が少しでも崩れると、すごくイライラしていました」

子どものころのぼんちゃんは、いわゆる優等生。 誰から見てもいい子で、間違いのない道を進んでいた。

勉強も部活も生徒会も、すべて真面目に取り組んだ。ちゃんとしている自分でないと、認めてもらえないような気がして、周囲が望む自分であることに必死だったという。「ほめられたい」「期待に応えたい」それが、自分を動かす原動力だった。

そんななか、大学3年のときに訪れた就活。 ぼんちゃんは、そこで初めて社会の「型」に対して強烈な違和感を覚えたという。

「周りのみんなが、面接対策とか自己分析とかしてる姿を見て、気持ち悪いと思えてしまって。なぜそんなに一生懸命に自分を良く見せることを頑張れるんやろう?って」

自分も同じように頑張ろうとしてみたけれど、心がどうしても追いつかなかった。 このままじゃない生き方があるんじゃないかという思いが日に日に大きくなっていった。

結局、就職ではなく大学院へと進む道を選んだが、そこでも心から納得できる感覚はなかった。 気の合う友人と一緒にインフルエンサーや動画配信に挑戦してみるも、半年で頓挫。 そしてようやく決めたのが、休学と旅だった。

「一回、ほんまに外に出てみよう」

自転車にまたがり、ぼんちゃんは日本一周の旅に向けて走り出した。

正解の枠から抜け出したら、自分のこれまでの輪郭がほどけた

旅の中で気仙沼を訪れて偶然出会ったのが、杉浦恵一さんだった。

杉浦さんは、若いころから日本中を旅し、2011年3月11日の東日本大震災直後に気仙沼入り。復興支援のなかで出会った人たちと共に、暮らしの場をつくりはじめた。

お金がなければ、掃除でも料理でもDIYでも、できることで返せばいい。そんな持ち寄りの関係性のなかで、肩書や目的を問われず、自分のペースで居場所を見つけていく若者たちが集まっていた。

それが後に、ゲストハウス「スローハウス気仙沼」として結実した。ぼんちゃんは、大学もそれまでの暮らしもすべてやめて、その立ち上げに関わる初代コミュニティマネージャーとなった。

気仙沼での暮らしは、ぼんちゃんにとって“正解”の枠から抜け出すきっかけになった。

中学生の頃から、おもしろいものを作るのが好きでYoutuberとか、動画配信とか、そういう世界に憧れていたけれど進学校ではそうした道は“寄り道”とみなされる。自分が本当にやりたいことを語るのは、どこか恥ずかしくて怖かった。

「気仙沼では、おもしろいと思ったらやってみるのが当たり前で。自分が好きなことをしていても、誰も否定しない」。そんな自由な環境で動くうちに、やがて、自分が場をつくる側になっていった。

「いつの間にか、居候をまとめる立場になっていて。リノベーションのインターンを受け入れたり、オープン準備を手伝ったり。最初は何も考えてなかったけど、やってみたら人が集まってきて、うまくいくようになったんです」

知らない土地で、知らない人たちと「肩書」にしばられない暮らし。何をするかも、どう見られるかも問われない日々のなかで、自分がこれまで生きてきた輪郭が、ほどけて少しずつひらかれていったという。

自分をちゃんと見てくれるパートナーとの出会い

ぼんちゃんの人生にとって、もうひとつの大きな出会いがあった。
それは、気仙沼で出会い、結婚を決めたパートナーの存在だ。

「自分にとって新しい挑戦でした。ひとりで生きていたときはまぁいっかで済ませていたことも、ふたりになると、ちゃんと考えなきゃいけなくなる。暮らしって、そういう積み重ねなんだと気づきました」

生活費、将来のこと、子どもを迎えたときの準備。現実的な視点を持つ彼女の存在が、ぼんちゃんに“暮らす”ことの意味を深く教えてくれた。

ただ、SNSの仕事を企業から頼まれるなど生活は安定してきたけれど、時間が経つにつれ、自分が本当に向き合いたいことから、またズレている気がしてきて「このままでいいのかな」という気持ちも芽生えてきていた。

そんなぼんちゃんはまた新たな挑戦をすることを決める。

新たな出会いと「働く」ことで得られた自分の拡張

なんと、スローハウス気仙沼のコミュニティマネ-ジャーを卒業。彼女を気仙沼に残して旅立つ決意をしたのだ。

「結婚してなかったら、今の挑戦はできてなかったと思います。彼女は甘えを許さない、けれど全力で応援してくれる。ほんまにありがたい存在です」

そして訪れた和束町。ここに訪れたのは、杉浦さんの知り合いのご縁からだった。

アグリナジカンを運営する山下丈太(やました・じょうた)さんとオンラインで話し、面白そうだなと思って和束へ行く機会を得て2泊3日、観光気分で町を歩いた。20代の若者が少ない。空き家が多く、余白を感じた。直感的に「ここ、スローハウスがやれそう」と思った。

山下さんが展開する「アグリナジカン」は、農業の繁忙期に合わせてワーカーを派遣する仕組み。スローハウスの人生に立ち止まる人と、農業の現場は、驚くほど相性が良いと実感した。

「実際にワーカーとして働いてみて、農家さんとの関係も生まれたし、また来たいって思える暮らしがあった。これは、ただの労働体験じゃないなと思いました」https://youtu.be/K8G_wo46SS0

暮らす・働く・関わる。その三つがゆるやかにつながる構造に、ぼんちゃんは未来の可能性を見た。いま、ぼんちゃんは和束での宿の立ち上げを担い、いわば“単身赴任”のような暮らしを送っている。

過去に悩んでいた自分みたいな“誰か”を、今の自分が迎える

ぼんちゃんがいま、和束で立ち上げた「スローハウス和束」は、どんな場所を目指しているのだろうか。

「来てほしいのは、“旅人になる手前の人”。就活中で進路に迷っている人、会社を辞めたいと思っている人、何か違うかもしれないって思っている人」

そうした人たちにとって、ここが最初の一歩になればいいと、ぼんちゃんは願う。

地域の茶農家との連携、アグリナジカンとの協働、物件の活用、メンバーの支え、いろんな要素が積み重なって、この宿がかたちづくられている。

「今後、農業と地域とをつなぐコーディネーターという立場で関わっていく予定です。でも、つなげて終わりじゃなくて、その人がどうやってここに関わり続けるかまでを考えたい」

ぼんちゃんのその言葉には、気仙沼で“誰かに迎え入れられた”過去の自分の姿が重なっている。

「自分みたいに、悩んでた過去の誰かを、今の自分が迎える。そんな循環が起きたら嬉しい」とぼんちゃんは話す。

正解に縛られず自分で選ぶ。「結果、なんかおもろいことになったな」って笑いたい

スローハウス和束の立ち上げにあたっては、和束の物件選びや運営方針についても、これまでの経験を持つ杉浦さんが現地を訪れ、方向性を一緒に考えてきたという。

「今後も拠点が増えていく中で、スロ-ハウスは関わる人に対してこういうサポートや応援ができるということを知ってもらいたい」。杉浦さんはそう話す。

和束での試みは、ぼんちゃんという個の挑戦であると同時に、今後全国に展開を目指しているスローハウスという場づくりの思想を分かち合うプロジェクトでもある。

「ぼんちゃんを超えるやつ、どんどん生まれてきてほしいです」と杉浦さんは笑う。

最後に、スローハウス和束をどんな場にしていきたいか、10年後にどう振り返りたいかを尋ねると、ぼんちゃんは少し考えてから、こう答えた。

「まだ言語化できてないけど、育ってきてる感覚はあります。自分の感覚も、仲間の存在も。ここは、自分にとって“実験場”です」

大きな正解に縛られず、自分で選んだことを試してみる場所。

「10年後、”なんかおもろいことになったな”って笑って言えてたらいい。ここに来た人も、自分自身も」

「正解を生きることに疲れたり、まだ形になってない自分に迷ってるなら、一回ここに来てみてほしい。焦らんでいい、立ち止まってええから」

静かだけれど、確かな熱を持ったひとりの青年が、自分の人生を通して問い続けている。「生きるって、どういうことだろう?」と。

その問いに耳を澄ませたい人は、きっと、和束の山あいにあるこの宿を訪れることになるだろう。

写真は全て山中さん提供

情報

SLOW HOUSE@wazuka(スローハウス和束)

Instagram:https://www.instagram.com/slowhouse_wazuka/

YouTube:https://www.youtube.com/@slowhousewazukaオープンイベント:https://www.youtube.com/live/_UPBCLf0V4s?si=7X_Wk7lFYricEBmT

天野崇子

天野崇子

第1期ハツレポーター/1968年秋田県生まれ。東京の人と東京で結婚したけれど、秋田が恋しくて夫に泣いて頼んで一緒に秋田に戻って祖父祖母の暮らす家に入って30余年。

ローカリティ!編集部のメンバーとして、みなさんの心のなかのきらりと光る原石をみつけて掘り出し、文章にしていくお手伝いをしています。

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