
| 雪がすっかり凍って大理石よりも堅くなり、空も冷たい滑かな青い石の板で出来ているらしいのです。「堅雪かんこ、しみ雪しんこ。」お日様がまっ白に燃えて百合の匂いを撒きちらし又また雪をぎらぎら照らしました。木なんかみんなザラメを掛かけたように霜でぴかぴかしています。「堅雪かんこ、凍しみ雪しんこ。」四郎とかん子とは小さな雪沓をはいてキックキックキック、野原に出ました。こんな面白い日が、またとあるでしょうか。いつもは歩けない黍の畑の中でも、すすきで一杯だった野原の上でも、すきな方へどこ迄でも行けるのです。平らなことはまるで一枚の板です。そしてそれが沢山の小さな小さな鏡のようにキラキラキラキラ光るのです。 ※宮沢賢治『雪渡り』(青空文庫)より一部引用 |
宮沢賢治の『雪渡り』に描かれた朝。
大理石よりも堅くなった雪。青い石の板のような空。どこまでも歩ける野原。
秋田にもそんな朝がある。
立春を過ぎ、日中の気温がゆるみ始めるころ。野原や田んぼなどに数メートル積もった雪は、昼のあいだに表面がわずかに解ける。
そして夜。
晴れて雲の少ない日には放射冷却が起こる。昼間に温められた熱が逃げ、地表付近の気温が急激に下がる現象だ。 明け方に冷え込みはピークに達する。
その結果、いったん緩んだ雪の表面が再び凍り、雪粒どうしが結合してかたい層をつくる。
これが、かたかた雪。
雪はかたくしまり、人が歩いても沈まない。
前日は5度以上あった気温から、翌2月13日の朝はマイナス5度まで冷え込んだ。
サク、サク、と軽い音を立てながら歩く。雪面は細かな結晶を反射し、無数の鏡のように光る。写真にうまく写せないのが残念。

ただの気温、水分、放射冷却という自然の条件が重なった現象にすぎないかもしれない。
それでも、いつもは歩くことができない田んぼの上や、やぶで覆われた場所、普段は入り込めない場所にどこまでも歩いていける朝は、物語と現実の境目がなくなる瞬間だと思う。
「堅雪かんこ、凍み雪しんこ。」
どこまでもどこまでも歩いていける、童話みたいな世界が、春へ向かいはじめた秋田の朝に現れる。
※動画・写真はすべて2026年2月13日筆者撮影





