塀越しのブドウはおばあちゃんが生きていた証し。「何もない」と言われる青森で宿を開く理由【青森県青森市】

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▲「SLOW HOUSE」を主宰する杉浦恵一さんと、横山椎乃さん。「SLOW HOUSE @aomori」の前で

青森には「何もない」と言われることがある。自然も文化もあるのに、地元の人ほどそう口にする。青森市出身の横山椎乃(よこやま・しいな)さんも、かつて青森のいいところは?と尋ねられたとき、ついそう答えてしまったことがあった。

けれど今、椎乃さんはその青森で宿をつくろうとしている。
人が集い、地域と旅人が自然につながる交流型ゲストハウス「SLOW HOUSE @aomori」だ。

その原点には、一軒の家と、塀越しのブドウの記憶がある。

お隣のおばあちゃんと塀越しのブドウ

椎乃さんの実家の隣には、一人暮らしのおばあちゃんが住んでいた。椎乃さんが学生の頃からよく可愛がってもらっていたおばあちゃんだ。

当時、塀越しにおばあちゃんに声をかけると、庭のブドウをもぎ、「いつでも食べてね」と差し出してくれた。椎乃さんの息子さんのことも可愛がってくれた。一緒に甘い実を分け合いながら、みんなで何気ない会話をする。ずっと続く幸せな日常だと思っていた。

その家は今、空き家になっている。

おばあちゃんが亡くなり、関東に住む息子さんから「雪の問題もあるし、取り壊すことも考えている」と聞いた。

季節がめぐりふと庭を見ると、誰も世話をしていないのに、ブドウは変わらず実をつけていた。

「ブドウを見ると、おばあちゃんを思い出すんです」

椎乃さんにとって、そのブドウは果物ではない。そこにおばあちゃんが生きていた証しなのだ。

「何もない」という言葉への違和感

青森市で生まれ育った椎乃さんは、学生時代はサッカーに打ち込み、大の負けず嫌い。

専門学校を卒業後、就職したのは東京の某老舗ホテル。宿泊部客室課のゲストアテンダントとして働き、日本中、世界中から訪れる人を迎える現場に立った。

さまざまな人を迎えながら、「目の前の人に喜んでもらうこと」が仕事の原点だった。

結婚、出産を経てその後、離婚。青森に戻ったあとはウェディング業界で働き、婚礼衣装スタイリスト兼店長として忙しい日々を送った。昨今では考えられないが、38連勤という激務を経験したこともある。

そんな日々を暮らすなか、転機となったのは、津軽三十三観音の巡礼だった。

神社仏閣を巡るなかで、椎乃さんは何度も同じ言葉を耳にした。

「何もない」「こんなところ、誰も来ない」

けれどその時の椎乃さんには、その言葉に違和感があった。

長い歴史の中で守られてきた寺社、自然の景色、祭りや地域の文化。本当は価値のあるものがたくさんあるのに、守ってきた人たち自身が自信を持てなくなっている。

「もったいない」

それは、地域だけの問題ではない。人の誇りや希望が少しずつ失われているように感じられた。

「人が誇りを取り戻す」こころみ

何か解決につながることをしたい、そう思った椎乃さんは2022年、『神社仏閣お掃除ボランティアteam109』を立ち上げた。

▲お掃除ボランティアで作業する椎乃さん

境内を掃除し、そのあと郷土食を囲んだり、地域の話を聞いたりする。活動は広がり、これまで延べ2,000人以上が参加するようになった。

活動のなかで、椎乃さんはある変化に気づいた。外から人が訪れ、「素敵な場所ですね」と言ってもらえると、地域の人の表情が少し変わる。

「地元をほめてもらえてよかった」

地域の人が誇りや希望を取り戻せている、そう思える瞬間が生まれた。

「人が誇りを取り戻す」場所へ

ただ、イベントやボランティアはどうしても単発になる。人が出会い、関係が続いていく「場所」が必要だと感じるようになった。そんなとき、神社仏閣の活動をどう広げていくか相談していた人から、一人の人物を紹介された。

気仙沼で「SLOW HOUSE」という拠点を運営する杉浦恵一さんだった。

▲杉浦さんと初めて会った弘前のスターバックスの前で

弘前のスターバックスで初めて杉浦さんと話をした。杉浦さんはすでに、多くの人が集まる場所をつくっていて、型にはまらない自由な発想を持っていた。

宿というより、人生の途中に立ち寄る場所。肩書きや立場を越えて人が出会い、自分を取り戻していく場所。

「この人の考え方、すごいなと思ったんです」

そして、ふと頭に浮かんだのが、隣のおばあちゃんの家だった。

つながりを作る「隣のおばあちゃんの家」

築40年ほどの和風住宅。青森ヒバをふんだんに使った建物で、庭もある。

椎乃さんにとっては思い入れのある場所。

「ここなんだ、と思いました」

家主の息子さんも「青森との最後のつながりを残したい」という思いを持っていた。椎乃さんの夢と重なり、空き家は新しい役割を持つことになった。

こうして生まれたのが、交流型ゲストハウス「SLOW HOUSE @aomori」だ。

旅人はただ泊まるだけではなく、地域の人と自然につながる。泊まることが、地域と関わることにつながる宿。

人生の転機に訪れてほしい場所として生まれた「スローハウス」の思想にも共感し、青森でもその拠点づくりが始まった。

「ここにいていい」と思える場所

SLOW HOUSE @aomoriは、宿泊施設であると同時に、子どもの居場所としての役割も目指している。実は、椎乃さんの実家近くには祖母が営む駄菓子屋「でんや」がある。

地域の子どもたちがいつでも立ち寄れる場所だ。

農業体験、駄菓子屋での交流、神社仏閣の清掃活動、地域イベント。

旅人、地域の大人、子どもたちが混ざり合う中で、地域にも自分にも誇りを持てるような循環、「ここにいていい場所」をつくりたい。

「ここに来てよかった」
「ここに生まれてよかった」
「ここに住んでいてよかった」

そんな言葉が自然に出る場所にしたいと椎乃さんは話す。

ブドウを、またみんなで

椎乃さんは「自分は人に恵まれている」とよく言う。

けれど、その背景には椎乃さん自身が人と人をつないできた時間がある。活動を通じて広がった縁が、今回の宿づくりにも少しずつ集まり始めている。

いま、その家の庭では、相変わらずブドウが実る。誰も世話をしていないのに、毎年、変わらず。

椎乃さんは言う。

「今年からは、みんなでまた食べたいんです」

それはブドウを食べるということだけではない。おばあちゃんと塀越しに分け合ったやさしさを、もう一度この場所に戻すことだ。

SLOW HOUSE @aomori は、地域の空き家を再生する宿でもあり、人と人のやさしさを未来につなぐ場所でもある。

「何もない」と言われる青森で椎乃さんが始めた小さな宿作り。それは、人が生きていた証しを未来につなぐ挑戦でもある。

※写真・画像はすべて横山椎乃さん提供

情報

椎乃さんのInstagram:https://www.instagram.com/shiina.hachi2garu/
クラウドファンディング:https://camp-fire.jp/projects/893725/view
SLOW HOUSE@kesennuma Instagram:https://www.instagram.com/slowhouse_kesennuma/

天野崇子

天野崇子

副編集長/第1期ハツレポーター/1968年秋田県生まれ。東京の人と東京で結婚したけれど、秋田が恋しくて夫に泣いて頼んで一緒に秋田に戻って祖父祖母の暮らす家に入って30余年。

ローカリティ!編集部のメンバーとして、みなさんの心のなかのきらりと光る原石をみつけて掘り出し、文章にしていくお手伝いをしています。

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