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「理念の実現」こそが真の人的資本経営の形―100年企業TOTOが描く21世紀の経営の未来【福岡県 北九州市】

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(TOTO株式会社 執行役員 人財本部長  前原典幸さん)

「良き品物をつくる前に『良き人』をつくること。数値は結果であり、影なんです」

情熱を込めて、しかし冷静に、TOTO株式会社 執行役員 人財本部長の前原典幸さんは語ります。

1917年の創立以来、衛生陶器を起点に世界の暮らしを支えてきたTOTOグループは、社是として「愛業至誠、良品と均質、奉仕と信用、協力と発展」を掲げ、人材戦略の最上段に「理念体系の実現」を置いています。

人を資本として捉える以前に、「良き品物をつくるの前に良き人をつくること」という考え方のもと、人を育て、文化として受け継いできた企業です。

人的資本経営という言葉が広まり、企業は「どんな人材戦略を持ち、何を開示するか」を問われる時代になりました。一方で、指標や制度だけを整えても、組織の強さは簡単には生まれません。

では、本当に企業を動かすものは何なのでしょうか。

理念を「お題目」で終わらせず、実践として積み上げることで、独自の「価値創造モデル」を回し続ける。100年企業が描く、21世紀の人的資本経営の姿を前原さんに伺いました。

原点は「良き人づくり」。理念は組織を動かす「方向」

TOTOの人的資本を語る起点は、制度や施策ではありません。

前原さんがまず挙げたのは、「良き品物をつくる前に良き人を作ること」という考え方でした。ここで言う「良き人」とは、どんな存在でしょうか。

前原さんは、「良き人」とは精神論ではなく、顧客価値を守る判断ができる人のことだと言います。

品質の捉え方を例に前原さんは説明します。 「1,000個のうち1つでも不良品だったら、その不良品を受け取った人は『1個』なんです。数値の世界では1,000個のうちの1個になってしまうものを、顧客にとっての100%として捉え直せるか」。そこに、ものづくりの哲学が宿るといいます。

そのうえで前原さんは、理念の役割をこう言い切ります。

「(仕事は)会社自体が動くのではない。会社の中に存在している『人』が動く。人の動く方向性を決めるものが、理念です」

人的資本経営の議論が、制度の充実や指標改善に寄るなかで、TOTOが先に置くのは、「従業員の一人ひとりが向かうべき方向性」です。方向が共有されていれば、現場の裁量も生きます。方向性があいまいなら、多様性は分断になりかねない。人的資本を経営の中心に据えると世の中では言われていますが、TOTOは、従業員が同じ方向へ動ける状態をつくること。それが人的資本経営の根幹であるという前提が、TOTO全体に貫かれています。

数字は影である」。本体はお客様に届ける価値創造

世の中の多くの企業の統合報告書や人材戦略のページには、エンゲージメントや研修時間、女性管理職比率などの指標が並んでいます。人的資本経営という言葉が広がれば広がるほど、企業は「何をどれだけ改善したか」を説明することが求められ、数字はわかりやすい答えになるようです。

しかし、数値が整っただけで現場の動きがそろい、価値創造が回り出すというわけではないと言えます。では、何が企業を本当に強くするのでしょうか。

私たちの質問に対し、前原さんは、数字の位置づけをあえて引き下げます。

「数値は結果であり、影なんです。影は実体が動いた証拠であり、手がかりにはなります。ただし、影を磨くことが目的になった瞬間に、実体は痩せていきます。だからこそ視線を戻す先は明確です」

数値を追うことは本質ではないと、前原さんは言います。

「放っておいて、次の日の8時半から仕事が勝手に動き出しますか」

仕事の本質は、人が来て働き、お客様に価値を届ける活動が積み上がる『回転』をつくることにある。

「人的資本経営の本質は、数値そのものではなく、その回転を止めないための『場』を整えることにあります」

「嘘をつかない順番」が理念を実装する

仕事の本質と実体が「価値創造」であり、数値はその「影」であると言いますが、影が落ちる順番も大切であると、前原さんは言い切ります。

「顧客満足が先。価値ある商品・サービスが先。最後に『ありがとう』が来て、お金が払われます。最初に置くべきは売上ではなく、お客様に届ける価値なのです。価値が積み上がり信頼が生まれた先に、業績や指標としての数字がついてきます。TOTOが数値を『影』と呼ぶのは、業績を軽んじるためではありません。順番を守り、常に実体へ戻るための言葉なのです」

たとえ「顧客第一」を掲げていても、会議の議論の着地が「売上が上がるのか」に偏る瞬間、言葉と行動はズレ始めます。理念は立派でも、現場がその順番で動かなければ、理念は空気になります。

前原さんが強調するのが、「嘘を言ってはいけない」という一言です。掲げた言葉と、実際の判断が矛盾したら、それは嘘になる。だからこそ、理念を語るほどに、判断の順番と内容が問われます。

世界中の社員3.5万人を束ねるのは、「理念」という共通言語

TOTOは、日本 46拠点/海外 17カ国・地域 38拠点(合計84拠点)、従業員約3.5万人を抱えるグローバル企業です。

拠点が増え、言語も文化も違う人が、同じ基準で「価値創造」を行おうするとき、組織を束ねるのは制度よりも「言葉」になります。

判断のばらつきをなくし、現場の動きをそろえるためには、誰もが立ち戻れる基準が必要です。グローバル企業に進化する際にTOTOが選択したことは、「理念を共通言語にすること」でした。理念は各国語に訳され、グループ全体で共有されていく。向かう方向性がそろうから、議論の土台がそろい、判断が前に進みます。

前原さんは、グローバル企業における理念の大切さについて語ります。

「理念は、掲げるだけならお題目にもなり得ます。それでも共通言語として置く価値があるのは、日々の意思決定を同じ方向へ寄せる力があるからです。巨大組織ほど、細部の判断のズレが積み重なり、いつの間にか『同じ会社なのに別の会社』のようになってしまう。理念が共通言語として機能するほど、そのズレは小さくできます」

「上が実践して見せる」ことで、理念は初めて浸透する

ただし、理念を言葉にするだけでは浸透しません。前原さんは、決定打は、経営陣が体現することだと言います。

「理念は、特に上に立つものほど実践していかないといけないと思っている」

前原さんは「上が実践して見せる」ことの重要性を繰り返します。トップが理念と整合した判断をし、矛盾のない行動を取り続けることで、現場は安心して同じ方向へ動ける。逆に一度でも矛盾が起きれば、『言っているだけ』が伝播します。巨大組織ほど、その伝播は速く、影響力も大きい。だからこそ、理念は上から実装される必要があると前原さんは言います。

価値観が多様化し、万人に効く制度が効きづらくなる時代、人的資本経営は制度設計だけで完結しません。対話し、すり合わせ、同じ方向へ向かう。その土台になるのが理念という「共通言語」です。3.5万人を束ねるとは、人を管理することではなく、判断の方向をそろえること。

TOTOが積み上げてきたのは、そのための「言葉と実践」でした。

聞き手・構成:ローカリティ!編集長 中野 宏一
執筆:ローカリティ!編集部 三芳 洋瑛

もっとも印象に残った言葉:
「1,000個のうち1つでも不良品だったら、その不良品を受け取った人は『1個』なんです。数値の世界では1,000個のうちの1個になってしまうものを、顧客にとっての100%として捉え直せるか」。そこに、ものづくりの哲学が宿る

※画像はTOTO株式会社提供、写真はすべて筆者撮影

企業情報

会社名:TOTO株式会社
取材対象:執行役員 人財本部長 前原典幸さん
創立:1917年(大正6年)5月15日
会社所在地:〒802-8601 福岡県北九州市小倉北区中島2-1-1
HP:https://jp.toto.com/

三芳洋瑛

三芳洋瑛

山梨県甲府市(出身地)  神奈川県相模原市(生まれ育った地) 
47都道府県をヒッチハイクなどをしながら巡っている際に日本国内の魅力に沢山触れた経験をもとに記事の執筆編集を行っている。

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