
インド北西部に位置するラジャスタン州。広大な砂漠と乾燥した大地が広がるこの地域では、観光地を訪れるとラクダを見かける機会が多い。
ラジャスタン東部の街で、一頭のラクダと男性に出会った。
ラクダの背後には荷車がつながれ、男性はその横に立っている。観光地で見かけるラクダ乗りの姿とは異なり、そこには、日々の仕事を共にする人間と動物の関係があった。
この1枚の写真がきっかけになり、ラジャスタン州のラクダについて調べてみると、いかにラクダが地域の歴史に関わっているかが見えてきた。

目次
交易を支えた「砂漠の船」
ラジャスタンにおけるラクダとの共生文化は、少なくとも中世までさかのぼる。
ラジャスタンの西部には、タール砂漠が広がっている。雨が少なく、夏には厳しい暑さに見舞われるこの土地で、長距離の移動や荷物の運搬は容易ではなかった。道路や鉄道が整備される以前、人々は広い乾燥地帯を越えて、町と町、村と村を行き来しなければならなかった。
ラクダは、そうした環境に適した動物である。
少ない水で長時間移動でき、乾燥した土地でも歩くことができる。荷物を背負わせたり、荷車を引かせたりすることもできるため、ラクダは単なる乗用動物ではなく、地域の経済活動を支える重要な存在となった。
ラクダは、しばしば英語で “the ship of the desert”、つまり「砂漠の船」と呼ばれる。
人や物を乗せ、広い砂漠を越え、異なる地域をつなぐ役割を担ってきたことを考えると、まさに砂漠の上を進む船だったのである。
ラジャスタンの都市や王国が発展していくうえで、ラクダは人や商品の移動を支える重要な存在であった。

王国の軍事力として
ラクダは交易だけでなく、軍事面でも前線に立っていた。
16世紀には、ムガル帝国の皇帝アクバルやラジャスタンの諸王(マハラジャ)がラクダ部隊を編成していた。ラジャスタンの王国では、砂漠や乾燥地帯での移動に適したラクダを軍事力として活用していたのである。
19世紀末には、ビーカーネール藩王国のマハラジャ、ガンガ・シンがラクダ部隊「ガンガ・リサーラ」を創設した。この部隊は英領インドの軍の一部として、第一次世界大戦や第二次世界大戦にも参加した。現在も、インド国境警備隊のラクダ部隊に、その伝統の一部が受け継がれている。
今日、観光の象徴として見られることが多いラクダだが、その背景には、かつて国境を守り、交易を支え、王国の移動を可能にした歴史がある。

ラクダを育ててきた人々
ラジャスタンのラクダ文化を語るとき、ラクダを飼育してきた牧畜民の存在も欠かせない。
その代表が、Raika(ライカ)、または Rabari(ラバリ) と呼ばれる人々である。
彼らは、ラクダの繁殖や飼育、健康管理、放牧に関する知識を世代を超えて受け継いできた。ラジャスタン州では、ラクダの飼育が重要な収入源となっており、伝統的な飼育方法が現在も用いられている。
どの植物を食べさせるのか。どのように繁殖させるのか。体調が悪いときにどう対処するのか。乾燥した土地で、どこに水や餌があるのか。
そうした知識と経験が、人間から人間へ、そして世代から世代へと伝えられてきた。
ラクダを飼うことは、動物を所有することにとどまらない。土地の環境を知り、季節を読み、動物の状態を理解しながら暮らすことでもある。

文化を守ること、担うこと
20世紀になると、ラクダはさらに実用的な働き手になっていったようだ。
特に普及したのが、冒頭で紹介したような二輪のラクダ車である。ラクダに荷車を引かせることで、農産物や飼料、木材、建築資材、生活用品などを運ぶことができた。
しかし、ラクダを取り巻く環境は大きく変化している。
近年はどんどん道路が整備され、トラックやバイク、トゥクトゥクなどが普及すると、ラクダ車を使う必要性は次第に小さくなった。ラクダが担ってきた仕事の多くは機械へと置き換えられたと言える。
経済的な価値が低下したと見なされたラクダは、1990年代以降、頭数が大きく減少しているようだ。
その流れを受けて2015年、ラジャスタン州では、ラクダの食肉処理を禁じ、州外への移動や販売を制限する法律が制定された。ラクダの保護を目的とした制度である一方、ラクダを売ることが難しくなり、牧畜民の収入が減少する問題も指摘されている。
ラクダ文化と、その文化を担う人々の生活。両方を守るには、何が必要なのだろう。


これからも良きパートナーとして
現在、ラクダはラジャスタン観光の重要な存在である。
例えばビーカーネールという街では、ラクダ祭りが毎年開催され、ラクダのレースや装飾、伝統文化の紹介などが行われている。
しかし、観光のために用意されたラクダと、農村で荷車を引き、荷物を運び、人々の仕事を支えているラクダは、少し違う。
後者は、写真映えするためにそこにいるのではない。働くためにそこにいる。
今回、ランタンポール(サワイマドプール)で出会った男性とラクダの姿にも、そうした日常の時間が流れていた。
男性はラクダの横に立ち、片手でロープを持っていた。ラクダの背後には荷車があり、両者が同じ仕事の場にいることが分かる。
珍しい動物を見つけたという驚きではなく、長い時間をかけて築かれてきた関係を見た気がした。


※写真は全て筆者が撮影(2025年1月3日)





