
2025年度、秋田県が実施する地域づくり推進事業の一環として行われた「秋田発・地域づくりワークキャンプ」。 湯沢市の雄勝(おがち)地域・院内(いんない)と秋ノ宮(あきのみや)を舞台に、県内外から6人の大学生が参加した。2025年8月から10月にかけて3度地域に通い、2週間にわたって暮らしの中に入り込みながら学び合った。
県の事業と聞くと、どこかお堅い取り組みをイメージするかもしれない。しかし、このワークキャンプには、そうした枠を超えたあたたかさがあった。

栗を拾い、山菜を採り、魚を釣り、地元の人の暮らしを知り、ともに料理を作り、夜には酒を酌み交わす。「地域づくり」という言葉よりもずっと人間くさい、人と暮らしに入り込む時間がそこにはあった。
目次
はじめて顔を合わせた日

8月22日。初日のお昼、メンバーはJR奥羽本線の院内駅前に集合した。はじめて顔を合わせる6人は、少し距離を取りながら立っていた。最初に向かったのは駅前の会館。そこには院内に昔から伝わる、火山灰が降り積もって固まった「院内石」を使って地区の人が協力して作ったピザ窯(かま)があった。
地区の人に教わりながら、それぞれが生地を広げ、トッピングをのせ、窯に入れて焼き上げてもらう。できたてのピザを、湯気が上がったアツアツのままほおばるところから、このワークキャンプは幕を開けた。
続いて行われたのは、この地域の魅力をどのように発掘し、伝えていくかを学ぶ授業だ。6人はそれぞれ地域の人物や出来事を取材し、記事を書くことになった。
取材したのは、地区にある「いぶりがっこ」のお店の奥様、温泉宿のおかみさん、お寺の住職、シイタケ農家の夫婦。そして、地区の若者がつくる団体のメンバーたち。
さらに、院内地区の若者団体が主催する野菜の収穫祭への参加、かつて銀山で栄えた院内地域のまち歩き、お寺での写経体験などが、それぞれに割り振られた。その日の学生たちの表情はまだ硬く、緊張していて、お互いに譲り合うように言葉を探しているように見えた。

最初の3日間で6人はひとり2本ずつの記事を書きあげた。そのほかにも日々の振り返りや、報告会への準備などをこなしながら、地域イベント参加だけでなく、ワークキャンプ以外でも山形の新庄まつりへ遊びに行くなど、めいっぱいの時間を過ごした。

少しずつ少しずつ、人に触れ、土地の空気を吸い、まっすぐな人柄に出会い、地域のことを「知っていく」時間が積み重なっていった。
暮らしの中にある学び
このワークキャンプで学生たちが触れたものは、大きく二つある。
ひとつは、ここに暮らす人たちが「この地域をより良くしたい」と願う強い思い。もうひとつは、この地域で脈々と積み重ねられてきた「暮らしそのもの」。
地域をどうやって良くしていくかを真剣に考え、なおかつ「おもしろく」取り組む思いの強さ。社会課題にもなっているクマや野生動物と向き合う人々。栗や山菜など山の恵みをどう調理し、どう味わってきたのか。400年続く伝統芸の意味と、それを途絶えさせず守り続ける人たちの心意気。
学生たちは、地域の営みに向き合う人が何を軸とし、どんな未来を見据えているのかを見つめ続けた。
ひとつひとつを見聞きしていると、それらは単なる文化や出来事ではなく、この地域で懸命に生きてきた人々の歴史そのもののように感じられる瞬間があった。そして、その積み重ねこそが、今この地域に住む人たちの暮らしを形づくっているのだ。
しかしその暮らしは、人口が減り、担い手が減る今、このままでは無くなってしまうかもしれない危機の中にもある。
だからこそ、地域の人たちと過ごす時間は、ただの体験ではなく、何世代にもわたって積み重ねられてきた「人が生きてきた時間の重さ」を受け取る時間でもあったのだ。
学生たちはその重さに触れながら、いつのまにかこの地域の人たちと過ごす時間に深く引き寄せられていった。
「つなぐ人」の存在があたえるもの

このワークキャンプを支えていたのが、コーディネーター役を務めたNPO法人こまちハート・オブ・ゴールド(以下、HOG)の菅善徳(すが・よしのり)さんだ。
地域に根ざした活動を続けてきた菅さんは、地域の人から深い信頼を寄せられ、学生にとっても心強い“地域の案内人”のような存在だ。
「若者たちが地域の人と同じ時間を過ごすことが一番の学び。地域づくりは、人づくり」
菅さんが語るその言葉の通り、現場にはいつも地域の人と学生たちの笑い声が絶えなかった。
学生たちも地域の人も、菅さんのなんでも受け止めるおおらかさに巻き込まれ、肩の力が抜けていく様子が見られた。寝食をともにし、余計な構えがほどけた先には、それぞれが「素直なままでいられる空気」が生まれていた。
同じくHOGの事務局で、菅さんの中学時代の同級生でもある鹿角将良(かづの・まさよし)さんもワークキャンプに加わった。菅さんは自宅に学生たちを招き、料理をふるまうこともあった。事務局として学生たちを支えながら、ふたりの自然な関係性から生まれるおおらかな空気が、場全体をやさしく包んでいた。

制度や仕組みではなく、「人と人をつなぐ人」がいる。その存在が、この事業を単なるプログラムではなく、「心が動く時間」へと変えていった。
「帰りたくない」はまた来たくなる未来
10月、秋ノ宮・役内集落で開催された「ゆざわ未来づくり学校祭」では、3カ月に及ぶワークキャンプの学びが花開いた。


大学生の発表に、地域の人たちは真剣に耳を傾けていた。そこには、孫や子ども、友人を見るような、隔たりのないまなざしがあった。
その夜には、キャンプの成果を祝う打ち上げが開かれ、関わった人たちが一堂に集まった。学生からはそれぞれに感謝のメッセージが送られた。38人もが集まったその打ち上げは、まるで親戚の集まりのように、あちこちで会話と笑い声が広がる時間になっていた。

全てが終わった翌朝、新幹線で帰るため駅へ向かう車中、学生の口から自然にこぼれた言葉がある。
「帰りたくない…」

地域に住む人たちがこの土地を誰よりも愛している。その姿に触れたとき、人の心は静かにつかまれるのかもしれない。
そのとき口にした「帰りたくない」という言葉は、ただの別れでは終わらなかった。
「ただいま、また来たよ」

2026年2月20日。来年度も学生としてこの地域に関わることができるふたりが帰ってきた。
秋ノ宮地区で行われた地域の屋外イベント「雪っこまつり」のボランティアに参加するためだ。
ふたりはボランティアだけでなく、早朝にイノシシ猟に出かけたり、地域の人たちへの取材を重ねたりしていた。誰の利益でもなく、「地域のみんなのためなら動くのが当たり前だ」と語る人たちの姿に、ふたりはすっかり引き込まれていた。

地域の人たちもまた、まるで家族が帰ってくるのを待つように、ふたりが来る日を楽しみにしていた。
学生たちは、すでに“お客さん”ではない。この地域の出来事を一緒に考え、夏のワークキャンプに向けて意見の交換もする重要な仲間のひとりになっている。
2月23日、ふたりが帰る新幹線に乗るにはこの場所から電車で40分離れた山形の新庄駅まで行く必要がある。「見送るよ」と、地域の4人が見送りに同行した。
「また来るんだべ?」
「帰りたくない」と言っていた学生たちは、その言葉を受けてまた夏に帰ってくるのだ。

※写真は全てNPO法人こまちハート・オブ・ゴールド菅さん提供
情報
秋田発・地域づくりワークキャンプ記事一覧:https://thelocality.net/category/report/school/furusatomiraicollegeinyuzawa/





