世界で酒類・飲料・食品を展開するアサヒグループホールディングス株式会社。
「酒類を扱う企業として、商品を届けるだけでなく、お酒が生む豊かな時間を未来につなぎながら、不適切な飲酒を減らしていく」。その両立を、グループ全体の重要な課題として捉えています。
グループでは「責任ある飲酒」を重要な方針の一つとして掲げています。日本国内では、「スマートドリンキング」を推進し、ノンアルコール・低アルコールを含む選択肢を広げようと取り組んでいます。
2026年に刷新したグループ理念(Asahi Group Philosophy)では、Purposeに「つながりを広げ、世界を輝かせる」、また、Valuesの一つには「共創」を掲げました。酒類との付き合い方をめぐる社会の変化に対し、アサヒは何を続け、何を変えようとしているのか。同社のHead of Social Impact and Affairsの中村威(なかむら・たけし)さんに、グループが目指す方向とその実践を聞きました。

目次
「一本でも多く」の先に、何を届けるのか
中村さんはアサヒビール入社後、広報や営業の内勤、マーケティング、企業ブランドに関する業務などを経験。その後、アサヒ飲料のマーケティングやマレーシアでの乳製品事業など、国内外のさまざまな事業に携わってきました。
マーケティングに力を注いでいた頃、中村さんは、商品をいかに1本でも多く選んでもらうかという問いに全力で向かっていました。
一方、仕事を重ねるなかで、商品が生む価値は販売本数だけでは測れないとも感じるようになります。大きなプロジェクトを終えた仲間と打ち上げに行き、「本当に良かったよね」と喜び合う。
「そこからさらにまた新しいアイデアが出てきて、今度じゃあそれをやってみよう、やってみたいな、そういう会話が生まれていく瞬間も、本当にたくさん経験してきた」
お酒そのものを届けるだけではなく、その先にある会話や喜び、次の行動につながる時間まで含めて価値を考える。中村さんの視点は広がり、その先の仕事へとつながっていきました。
酒類を扱う企業だからこそ、飲み方の未来にも責任を持つ
2020年4月、中村さんが「責任ある飲酒」をすすめる部署の担当になります。現在、アサヒグループは、酒類を扱う企業として、不適切な飲酒を減らすことに加え、新たな飲用機会を生み出すことをサステナビリティ上の重要なテーマに位置づけています。
「責任ある飲酒」とは、単に飲む量を減らすという話ではありません。お酒には、人が集まり、会話が生まれ、ともに喜ぶ時間を生み出す力がある。一方で、飲み方によっては健康や周囲の人に負の影響を及ぼすこともあります。その両面に向き合いながら、酒類文化を持続可能なものにしていくことが求められます。
「スマートドリンキング」も、その実践の一つです。飲む人と飲まない人を分けるのではなく、それぞれが自分に合った飲み方や飲み物を選び、同じ場を楽しめるようにする。ノンアルコール・低アルコールを含めて選択肢を広げることは、これまでその場に参加しづらかった人にも、新たな体験を広げています。
中村さん自身も、価値の捉え方が変わっていったと振り返ります。
「別にお酒を飲まなくても、みんなが楽しい瞬間という価値を生み出していくってことは、いくらでもできる」
飲むか、飲まないか。どちらかを正解にするのではなく、一人ひとりが自分に合った選択をしながら、同じ時間を共有できるようにする。中村さんが見つめているのは、「飲みすぎを防ぐ」ことだけではなく、社会の変化に合わせて飲酒のあり方そのものを考え続けることです。
ゲームで学ぶお酒と付き合う場面。お酒の楽しさを増やす
その次に中村さんたちが挑んだ問いは「不適切な飲酒を減らすには、何を変えればよいか」ということでした。
飲み始めたばかりの頃の失敗、ストレスを背景とした飲酒、家族や友人、職場との関係など、さまざまな要因をもとに関係者へのインタビューを始めました。
そこで見えてきたのは、飲酒の問題を本人の知識や意思だけで片付けてしまうことの限界でした。
複雑な構造を図にして説明するだけでも、行動は簡単には変わりません。そこで大学生らと対話し、試作を重ねて生まれたのが、2026年3月に発表されたボードゲーム「CARE & CHEERS(ケアチア)」です。20歳以上を対象に、お酒と付き合う場面をゲームでたどりながら、自分や周囲の人にできる行動を考えます。


水を用意する。全員がアルコール飲料を飲むとは限らないので、それぞれが何を飲みたいか聞く。問いかけるのは、「その時に自分は隣に一緒に座っていて、何をしてあげられるのか」。特別な知識がなくても同じ場にいる人が選べる行動です。問題が起きた人だけに責任を押しつけるのではなく、「自分にもできることがある」と気づく。その認識の変化を、ゲームで学び、実際の行動につなげようという狙いです。
同時に、中村さんは「楽しさをどう増やすか」という視点も大切にしています。例えば、地域の名産品を使ったノンアルコールカクテルに、材料の背景や作り手のこだわりを込める。お酒の熟成や製法を語るように、ノンアルコールの一杯にも物語があれば、そこから会話が生まれます。
不適切な飲酒を減らすことと、飲む場の価値を豊かにすること。その両方を同時に考えることが、アサヒグループが模索する「責任ある飲酒」の一つの姿です。
「競争より協業」。一社で解けない問いに向き合う
中村さんの部門が向き合うのは、飲酒の課題だけではありません。サステナビリティの取り組みが社会や事業に与える影響をどう捉えるか、変化する情報開示のルールにどう対応するか。正解が決まっていないテーマが多くを占めます。
「どうやってやり方を変えるか。誰を巻き込んだら、そのやり方が変わるか。どんどん発想を広げていかないといけない」
その姿勢は社外にも広がります。例えば、アサヒが取引先のサプライヤーに温室効果ガスの排出削減を求めたとしても、その会社にはアサヒ以外の取引先があり、各社が別々の基準や要望を突きつければ、現場は動きにくくなります。だからこそ、業界として何を求めるのか、その実現方法をどうつくるのかを、競合企業やサプライヤーとも一緒に考える必要があります。
取材のなかで、中村さんが何度も重視したのが「競争より協業」という考え方でした。それは、双方の利益だけを目的とした連携ではありません。自社だけでは解けない課題に対し、業界や社会まで視野を広げ、共通するゴールをつくっていくための協業です。
「つながりを広げ、世界を輝かせる」を、現場の行動に
2026年に刷新されたグループ理念(Asahi Group Philosophy)では、Purposeとして「つながりを広げ、世界を輝かせる」が掲げられました。Valuesの一つには「共創」も置かれています。中村さんは、サステナビリティに取り組む立場から、この理念を心強く感じていると話します。
「パーパスは、アサヒがどう儲けたいかという話ではなく、この社会のなかでどういう存在意義でありたいかを示しているもの」
中村さんが語る「つながり」は、飲む場だけにとどまりません。原材料をつくる農場へ出向き、生産者が抱える課題を聞く。商品を買う側と売る側という関係だけでなく、どうすれば生産を続けられるかを一緒に考える。世界各地域のグループ会社でも、ある地域の成功や失敗を共有し、異なる文化のなかでより良い方法を探していきます。
消費者と消費者、生産者と企業、異なる地域や事業会社、さらには普段は競争する企業同士。その間にある境界を越え、より良い関係をつくることが、商品や事業を持続させる力にもなります。
中村さんの話をたどると、「責任ある飲酒」も「競争より協業」も、別々の社会貢献施策ではありません。商品を囲むひとときから、原材料を生み出す現場、グループや業界の協働まで、事業を通じてどんな価値とつながりを生み出すのかという、一つの問いにつながっています。
「一本でも多く」売ることに全力を注いだマーケターが、いまは「飲まなくても楽しい瞬間の価値はつくれる」と語る。その変化は、酒類メーカーが担う役割の広がりそのものにも見えます。
飲む本人だけでなく隣にいる人まで巻き込み、飲む/飲まないの境界を越え、一社で解けない課題には競合やサプライヤーとも手を組む。アサヒグループが挑んでいるのは、商品を届けるだけでなく、酒類とのよりよい付き合い方を社会とともにつくっていくことです。
聞き手、執筆:木場晏門
写真提供 アサヒグループホールディングス株式会社
最も印象に残った言葉
「別にお酒を飲まなくても、みんながその楽しい瞬間の価値を生み出していくってことは、いくらでもできる」
会社概要
会社名:アサヒグループホールディングス株式会社
取材対象者:中村威さん(Head of Social Impact and Affairs)
パーパス:つながりを広げ、世界を輝かせる
設立年月:1949年9月(2011年7月に純粋持株会社へ移行)
事業内容:酒類・飲料・食品などを展開するグループの経営戦略・経営管理
所在地:東京都墨田区吾妻橋1-23-1






