
アシタノシカク株式会社 代表取締役
Gaku Ogaki
大垣 ガク氏
「タノシイはつくれる」をコンセプトに、自在なクリエイティブで新しい価値体験をつくり、人々の心を動かし続ける大阪のアシタノシカク株式会社。社会におけるクリエーションの存在意義やクリエイターの幸せとはどんなものなのか。代表取締役でクリエイティブディレクターの大垣 ガク(おおがき がく)さんに、領域を超えた多面的クリエイティブに挑み続ける思いをインタビューしました。
「最強の武器は楽しむこと」。責任や苦しいをタノシイに変えた駆け出しの9年
立ち上げまでのキャリアを教えてください。
僕が新卒の時は就職氷河期で、大阪の広告会社になんとか入れてもらったものの、若気の至りと勢いで「こんなんじゃない」と思って7カ月で退職しました。ところが、転職先のデザイン会社が過酷で、徹夜も当たり前でした。疲労と睡眠不足で会社の床に溶けるように沈みながら、なんとか仕事をこなしていました。特に初めの3年は修行だと思って耐え続けて、結果的に9年間勤めました。
大変な職場でしたが、仕事内容はいわゆるマス広告やブランドデザイン、アーティスティックなパッケージにいたるまで幅広く、鍛え上げられました。ボロボロになっていても、社長の話を聞くと心がパーッと明るくなって、やる気がみなぎっていました。社長の秀逸な目利き力やプロデュース力に牽引され、育ててもらいました。過酷な環境に耐えながら、「泥から咲く蓮の花だ。意地でも楽しんでやる。最後に笑うが勝ち」と思うようになりました。
3年ほど経つと、仕事にも慣れてきました。周りから「大垣さん、頑張っているね」と評価をもらえるようにもなってきました。必死になると生き抜く力が付くし、最強の武器は楽しむことだと思いましたね。自分にとって、なくてはならない9年です。
独立にいたった経緯をお聞かせください。
36歳で独立していますが、ほかの起業家さんと比べると受け身な流れだと思います。
前述の会社に勤めている時に、リーマンショックによる大きな打撃がありました。頭には「独立」のことがうっすらとありましたが、結局は同業種での転職を選びました。
しかし、転職先にいた若手女性クリエイターの「独立したい」という闘志に触発されましたね。「社長になったら、ディレクターとして僕を雇ってよ」と、初めは何の気なしに言っていましたが、経営も視野に入れた4人チームで、場所も構えて…と構想が進んでいきました。
ところが、駆け出しのクリエイターの名義で融資を受けるのが難しく、その流れで社会人経験が長かった僕が社長になり、設立へといたりました。4人のクリエイティブユニットのような形で立ち上げた会社です。
「期待に応えて魅力的に解決する」。多様に触れて、新しい価値をつくる

現在の事業を教えてください。
広告企画・デザイン、アートイベント事業・デザイン、ブランディング、プロダクト開発など、多面的にクリエイティブ事業を行っています。
クリエイティブラボ「ASITA_ROOM」では、さまざまなコラボレーションや企画展示を開催しています。
作品づくりのインスピレーションはどのように湧いてくるのでしょうか?
インスピレーションは自然と湧いてきますし、テーマに沿って考えてつくることもできます。でも、どちらかと言うと僕はインスピレーションタイプではありません。若い時、自分の気持ちをぶつけた作品は、会社の中でも通らなかった。上司や先輩たちの「残る作品」には「発見」や「ふさわしさ」があって、きちんと言語化されていました。自分の作品づくりにおいても「ふさわしさ」や「妥当性」を見つけ出すというのがしっくりきますね。自分にしっくりこないものは、人にもしっくりこないと思います。
アーティストとデザイナーの違いをどのように捉えられていますか?
アーティストとデザイナーの役割については、長く仕事をしているので明確に理解しています。ファインアート(※)の世界では、世の中への問いかけや新しい美の解釈をつくるのが仕事です。
これに対して、僕らの仕事は「解決」が本分です。表現が求められる場面では表現をしたうえで、言いたいことをきちんと組み合わせて的確に提供をします。造形美や新しい価値観の提示が解決に役立つなら、アートの手法も取り入れます。アートは僕にとってひとつの武器です。
僕自身の表現欲求は、「いろいろなところをポコポコ叩いて、いろいろな音を出して楽しみたい」というものです。多様な表現に触れていく、未知との遭遇が最も楽しい。なので、道をきわめて研ぎ澄ましていくというタイプではないかもしれませんね。視野が広がって面白くなっていくのが好き。あらゆる仕事に憑依(ひょうい)できて、面白がれる体質だからデザイナーに向いているのでしょうね。
※ファインアート…「純粋芸術」とも呼ばれ、美的・知的な目的のために創作された芸術全般を指す。

スターバックス リザーブ ® ロースタリー 東京
の春の空間演出クリエイティブ「HEART MEETS SAKURA」
Total Creative:アシタノシカク 短歌:上坂あゆ美 施工:ノムラメディアス
クライアントの意向、デザイン性、社会へのインパクト、価格…多面的な要素を組み合わせて作品をつくり出すのは、複雑で高度な技能だと感じます。
そのとおりです。非常に複雑な仕事をしています。もちろん、表現純度が高い仕事も、解決が目的となる仕事も、どちらも素晴らしいですし貴賎はありません。「泥仕合で花を咲かせる方がすごい」という思いが根底にあるので、無理難題を言われても、それを解決できるクリエイターこそが本当に素晴らしいと思います。むしろ、「解決」が私たちデザイナーの職能だからこそ、私たちの存在意義を社会にもっと認知してもらいたい。デザインやクリエイターの地位は相対的に低く、僕自身も忸怩(じくじ)たる思いがあります。会社としてクリエーションの価値を高めていきたいです。
クリエーションの価値が伝わりにくいのはどうしてでしょうか?
「好きなことをしているよね」と、思われているのが大きいかもしれません。実際にそのような側面もありますが、仕事の複雑さや調整がどのように行われているかなどは、水面下のことなので分かりにくいのかもしれませんね。
「好き」から始まるクリエーションの実践「表現の実験室 ASITA_ROOM」
「ASITA_ROOM」は、どんな部屋ですか?
そもそもは「明日のこと、未来のこと」を話し合うためだけにつくった部屋です。北欧のクリエイティブな会社はヒュッゲ(※)していると知って、思い切って暖炉をつくり、お菓子を囲んで3カ月に1回の会議(アシタ会議)をしています。でも結局は空間が余っている。そこで、我々の考えた企画展やアーティストに創作展示してもらう「表現の実験室」として使い始めました。
「表現と実験の領域を投資として実践しながらデザインをする」。これこそがクリエイティブ会社の正しい姿だと考え、取り組んでいます。
※ヒュッゲ…デンマーク語で「居心地がいい空間」や「楽しい時間」のこと。Hyugge。
ASITA_ROOMの展開をお聞かせください。
朝の会議(シカク会議)で、ホラー、縄文時代、タイポグラフィーなどのスタッフの「好き」がいろいろ出てきました。その中でも、とにかく「ホラー好き」のスタッフがいたので、「アシタノホラー®︎展をやってみたら?」と提案しました。すると、想像以上の大ヒット。お客さんが来る、作品やグッズが飛ぶように売れる、何度開催してもどんどん人が来る。別会社「アシタノホラー株式会社」をつくるまで発展しました。
続いて「呪物展」を行うと、これまた評判が良かった。東京タワーや札幌パルコでも開催しました。ASITA_ROOMを始めた当初は、スタッフの理解もなかなか得られず、ここまで上手く展開するとは正直思っていませんでした。
「面白い」から仕事が生まれて、「楽しいからする」になる。豊かなプロセスが糧になる。

「タノシイはつくれる」についてお聞きします。「タノシイ」とはどんなイメージでしょうか?
例えると、心地よい温泉に浸かっていたいけど、長く浸かっているとしんどくなってしまう。つまり、“変化と心地よさが両方ないと逆に楽しくないのではないか”と最近思っています。でもこれ自体も常に変化します。だから、「タノシイはつくれる」は「自分や他人が、何を楽しいと感じるかを追究します」という宣言です。
僕のタノシイは、発見のような変化に富むことで、「アシタノシカク(明日の視覚)」です。そして、長く仕事をしていると、プロセスが豊かであることが糧になるという実感があります。もちろん結果も大事なので、結果を出そうとするけど、その行く道を豊かにする。映画のラストを急に見せられても楽しくないように、結末にいたるまでをハラハラドキドキ楽しんでいる。そんなプロセスを豊かにすることが「タノシイ」ですね。
これからの展望をお聞かせください。
今年の夏は7/18(金)~8/3(日)の日程で「モののケ ART CIRCUS」という世界観とストーリー性にある演出でみせるアート展を心斎橋PARCOで開催します。この前身は「アシタノホラー展」や「祝祭の呪物展」そしてルクア大阪で開催した「OBAKE ART HOTEL」といった企画展です。ASITA_ROOMで行ったことが、社会に出て広がっている。つまり、ASITA_ROOMで実験したことが、社会実装されたという証明になっています。ほかのスタッフにも「タノシイ」案を出してもらい、社会にインパクトを与えられたら最高だと思います。

「自分の興味や面白いことが仕事になる」って、クリエイターの健康や理想として、いいじゃないですか。そうなるための装置を「アシタノシカク」はクリエイティブスタジオとして備えています。事例が増えることで、クリエイターたちも豊かになる。ひいては、「楽しいからやっている」の純度が上がる。お酒好きの子がいたら、お酒のイベントをやったらいい。それがクリエイターの幸せだと思います。

兵庫県六甲山「シダレミュージアム 2025 エモい展」4/19~11/24開催にて昭和100年をテーマにしたインスタレーション作品「昭和百年⇆2025」 詳細:https://www.rokkosan.com/gt/art/

六甲山アスレチックパークGREENIA「帰ってきたパワーワード展」4/19~11/16開催にて5箇所にアンミカ、ZARD 坂井泉水、那須川天心とのコラボレーション作品展示中。 詳細:https://www.rokkosan.com/greenia/art/
取材日:2025年3月11日
アシタノシカク株式会社
- 代表者名:大垣 ガク
- 設立年月:2013年3月
- 資本金:300万円
- 事業内容:広告企画・デザイン、CI、VI、パッケージデザイン、ブランディング、プロダクト開発、プロモーション、アートディレクション等
- 所在地:〒540-0031 大阪府大阪市中央区北浜東1-12千歳第一ビル2F
- URL:https://asitanosikaku.jp/
- お問い合わせ先:06-6943-1680
この記事は株式会社フェローズが運営する、クリエイターに役立つコンテンツを発信する「クリエイターズステーション」にも掲載されています。