地域づくりのヒントは“対話”と“再定義”─「常識」を手放し、「わくわくする未来」を描こう【山形県米沢市】 

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過去にとらわれるのではなく、新しい視点で地域の未来を切り開き、地域のつながりを再生する―そんな前向きな気づきが生まれた講演会が7月、山形県米沢市の伝国の杜(でんこくのもり)で開催された。タイトルは「未来の米沢みんなで描こう!わたしたちが『つくる』わくわくするまちのカタチ」。平日夕方にも関わらず、会場には一般市民や行政関係者ら100人以上が集まるほどの盛況ぶりだった。「常識を疑う」「関係性を再定義する」──地域づくりのヒントにあふれた90分間を振り返る。

常識を疑い、対話から始めよう 

「この世でもっとも難しいのは、新しい考えを受け入れることではなく、古い考えを忘れることだ」 講演の冒頭に経済学者ケインズの言葉を紹介したのは、大学教員・経営コンサルタント・政策参与など複数の顔を持つポートフォリオワーカーの平尾清(ひらお・きよし)さん。グローバル企業の次世代リーダーシップ教育をはじめとして、東日本大震災のボランティアプロジェクトに関連した地域活性化、創業支援などのほか、学術、公共政策、地方創生2.0の推進にも注力している地域づくりのエキスパートだ。今回の講演では、私たちが無意識に抱えている「当たり前」や「常識」を疑い、それを手放す勇気の大切さが語られた。 SNS時代に生まれた“り”(=了解)や“そマ”(=まじ?)のような言葉の変化、「早い・うまい・安い」で知られる牛丼チェーン店・吉野家のキャッチコピーの変遷に見られる価値観、また、栄養ドリンクの「24時間戦えますか?」というキャッチコピーが世相を反映して「3、4時間戦えますか」に変わったことなど、平尾氏は笑いを交えながら、時代の移ろいをユーモラスに描写し、「驚きこそが、対話を生む原動力」と説いた。 

「地域」とは“地図”ではなく“関係性” 

本講演のキーワードの一つが、「地域の再定義」だ。従来の“行政区分=地域”という固定概念を超えて、平尾氏は「関心や活動の範囲=ドメイン」という新しい地域観を提示した。「自宅は米沢、職場は川西、買い物は福島、ボランティアは高畠」。そんな複数の地域をまたぐ生活スタイルが珍しくなくなりつつある今、「どこに住んでいるか」よりも「どこで、誰と、何をしているか」という“関係性”こそが、地域を構成する要素だと強調する。この視点の転換によって新しい視点で地域を見直せば、未来につながるヒントがたくさん見え、「関係人口」や「交流人口」の意味も広がっていく。単なる観光やイベント参加にとどまらず、“地域の仲間”として関わることが、持続可能な地域づくりのカギになるのだと語る。

 「豊かさ」は都市ではなく地方が上? 

岸田政権の「デジタル田園都市国家構想」では、都市と同等の利便性を地方に持ち込むだけでなく、「地方の魅力を起点とした豊かさ」をどう創出するかが重視されている。幸福度ランキング*では、東京都が47都道府県中45位。反対に1位は宮崎県、2位が熊本県、3位が福井県と、地方が上位を占めている。「生活満足度」でも千葉県や兵庫県が高評価を得ている。平尾氏は「地方=不便」「東京=便利」という発想そのものを問い直す必要があると語る。地方が本来持つ“豊かさ”を起点に、都市に依存しない価値づくりを進めること。それが新しい時代の地域戦略だと語った。 

「人が育つ」仕組みが地域を育てる 

講演後半では、「人材育成」や「働き方」の視点も交えながら、コミュニティの本質に迫った。 かつての「俺についてこい」というカリスマ型のリーダーは過去のものとなり、今求められるのは「ともに育つ伴走者」タイプの内部調整型のリーダー。パワハラ・モラハラに敏感な時代においては、言葉の選び方一つでも信頼が問われる。悪気があるようには思えない「キミ若いのに偉いね」という一言が、今では相手を傷つけるハラスメントと受け取られることも紹介された。

「話しかけることが礼儀だった時代から、“話さないことが気遣い”とされる時代へ」─コロナ禍を経験した若者の感性の変化にも触れ、大学教育の現場でも「話すきっかけを“設計する”時代になった」と平尾氏は語る。

 いまやサザエさんはSFファンタジードラマの世界

人口減少や高齢化が避けられないなかで、単身世帯の急増や家族構造の変化など、社会は急速に変わっている。例として、三世代同居世帯が全国で約1割にまで下がってきていること、また、横浜市ではすでに単身世帯が全体の40%を占めていることを上げ、今の若い世代には「サザエさん」はもはやSF以上に現実味がない存在になりつつあると述べた。そんな時代だからこそ必要なのは、「一人ひとりが“自分ごと”として地域と関わること」だ。「地域の未来をつくるのは、行政でも企業でもなく、私たち一人ひとりの“問いかけ”から始まる」講演の終盤で、平尾氏はそう語りかけた。地域を変えるのは、壮大な構想ではなく、小さな“つながり”の積み重ね。そのつながりを育むために、まずは「常識を手放す勇気」と「対話を続ける姿勢」が必要だという。

 地域振興、まちづくり、そして人づくり─その最前線で活動する平尾さんの講演は、想像以上に軽やかでユーモアにあふれ、地域づくりにおいて求められる“発想の転換”と“対話の力”が熱く語られた。

 講演を聞き終えて印象に残ったのは「私たち一人ひとりが、未来を描いていいんだ」という前向きな感覚だった。地方に足りないのは、“予算”や“制度”ではなく、“わくわくを語り合う場”なのかもしれない。平尾さんの講演は、「できない理由」ではなく「できる方法」を探す楽しさに満ちていた。常識を疑い、問いを持ち、対話を重ねる。その先に、きっと“わくわくするまち”が見えてくるはずだ。「地方に足りないのは制度でも予算でもなく、“わくわくを語り合う場”」という言葉、そして、小さな対話の積み重ねこそが、大きな変化の原動力になる—その実感が胸に残った。古い地図を手放し、新しい地図を描く。それが、“わくわくするまちのカタチ”への第一歩なのかもしれない。

※写真は筆者撮影、イラストは著作権フリーの素材を使用しています
参考:地域版SDGs調査2019(株式会社ブランド総合研究所)https://news.tiiki.jp/tiikiSDGs

昆愛

昆愛

埼玉県川越市出身。前住地は山形県鶴岡市。会社員のかたわら、地域資源の掘り起こしとその魅力発信活動に取り組む。2023年、「誰もいなくなった町。でも、ここはふるさと~原子力発電所と共存するコミュニティで“記憶”と“記録”について考える【福島県双葉郡富岡町】」で本サイトのベスト・ジャーナリズム賞を2年連続受賞、また2024年、天文活動の報告・交流等を目的としたシンポジウムでの発表「天文文化史で地元の魅力発信?九曜紋が導く新たな誘客構想とは【福島県南相馬市】」で渡部潤一奨励賞を2年連続受賞。

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