
株式会社きしだ Studio BACU 映像部部長/統括マネージャー
Hiroki Matsukura
松倉 大樹氏
北海道旭川市を拠点に、数々の有名アニメ作品で3DCGや撮影パートを担う「Studio BACU(スタジオ・バク)」。株式会社きしだの映像部部長・松倉 大樹(まつくら ひろき)さんは、SEとして従事したのち、札幌のゲーム会社を経て、アニメーションの世界へたどり着きました。劇場版『名探偵コナン』シリーズや『すずめの戸締まり』などの話題作にも参加し、地道に築いた信頼と実力で活躍の幅を広げています。その経緯や作品づくりに取り組む姿勢、今後の展望について、話を伺いました。
3D技術者を目指すも、気付いたらアニメ業界へ
この業界に入ろうと思ったきっかけをお聞かせください。
最初はケーブルテレビの設計会社に就職しましたが、働くうちに以前から好きだったゲームの仕事に携わりたいと思うようになりました。ちょうど家庭用テレビゲーム機も3D仕様に置き換わる時代でしたので、3D技術を身に付けるために退職し、ゲームの専門学校に入学。卒業してゲーム会社に就職しました。それが24歳の頃ですね。
2年ほど勤めたのち、3DCGで地方のCM制作などを手がける会社に入りました。私は3Dの技術者として入社しましたが、それから間もなく会社が取り組んでいたモーションキャプチャー事業が終わってしまいまして。会社と次の展開を考えた際、「これからは一緒にアニメをやろう」ということになりました。
現在の会社に転職した理由を教えてください。
2006年に前職の会社が倒産し、路頭に迷いそうだった僕達を、前職の会長が現社長の米嶋とつないでくれました。そして株式会社きしだの一部門として、2007年4月1日にStudio BACUという映像部門を立ち上げ、前の会社で残った私たち8人が所属することになりました。急展開でしたが生活の道筋を作っていただいたのは、本当にありがたかったです。
具体的な事業内容を教えてください。
当部門は3DCGと撮影の2本柱で構成されています。更に業務内容に合わせてセクションを分けていてアセットセクション、アニメーションセクション、コンポジットセクション、演出技術セクションの4つになっています。
車や高速道路、電車などの形、走る仕組みを作るのがアセットセクション。アニメーションセクションは、アセットセクションが作成したキャラクターや飛行機などにアニメーションをつけたり、3Dを利用して作画のサポート用アニメーションを作成したりしながら、映像として仕上げていきます。難しいのは人間やロボットの自然な動きや重量感の違いを表現することや、車やバイク、戦車などの乗りものの挙動や細部の動きを意識しながらアニメっぽい動きを再現することです。また、髪の毛やベルトを物理的に違和感なく揺らすのも、とても難しいですね。
コンポジットセクションは、背景とセル画を合わせてエフェクトをつけていきます。例えば車の質感を表現したり、夜景の雰囲気を作るために光に動きをつけたりなど、画像にさまざまな効果や加工を施します。背景とセル画だけでは、ただのっぺりとした絵ですので、そこに空間的奥行きを持たせていきます。光と影を綺麗に表現していくのが、撮影の醍醐味かもしれません。そうした映像にリアリティーを持たせるためのデザインを、演出技術セクションが提案します。
正直な姿勢で仕事に取り組み、有名作品も手がけるように

有名作品を手がけるにいたった経緯を教えてください。
2007年に「株式会社サテライト」が手がけるアニメ「マクロスF(フロンティア)」に参加したことがきっかけとしては大きかったです。同社とは以前から交流があり、どちらかというと「会社が倒産して大変だったね」といった感じで声をかけていただいたのだと思いますが、それでもうれしかったですね。そこから「創聖のアクエリオン」や「マクロスシリーズ」など、サテライトの主要なアニメ作品に関わらせていただけるようになっていきました。
サテライトでは監督の指示どおりの絵を作るのではなく、CGクリエイターが絵コンテの意図を解釈してアニメーションを作るというスタイルを採用していて、私たちは積極的にアイデアを出し、創意工夫するようにしていました。そうした姿勢を評価してくださり、お仕事のつながりが広がっていったように思います。
かつて仕事がまったくない時代を経験していますので、お仕事をいただけることは本当にありがたかったです。期待にきちんと応えられるよう、お互いにいい状態で進められるよう、とにかく正直であることを意識して取り組んできました。
これまでに印象的だったお仕事はありますか?
アニメーション制作を手がける「株式会社ファンワークス」から、Facebook経由で依頼があり、絵本原作のアニメを手がけました。それがきっかけで同社制作の映画「すみっコぐらし とびだす絵本とひみつのコ」につながったのが印象的でしたね。また、つながりがきっかけになった作品といえば、映画「すずめの戸締まり」もそうです。弊社のスタッフが新海誠監督の作品への参加を熱望していたところ、撮影の方とのご縁で制作に携わることができました。
「劇場版名探偵コナンシリーズ」の3DCG作業は、2016年の「純黒の悪夢(ナイトメア)」以降、弊社がすべて担当しています。その頃の監督と旧知の仲だったこともあり、劇場版20周年の節目に違うエッセンスを入れたいと声をかけていただきました。初めての3DCG全編担当だったので、流れやルールも手探り状態で、劇場映画の大変さを痛感しました。
仕事は「できるできない」ではなく「やるかやらないか」

現在、スタッフは何人在籍していますか?
毎年新人を採用し、現在は40人まで増えました。男女比はほぼ半々で、20代が約6割を占めています。
10年ほど前からご相談案件が増え、現場の人手不足からお断りする案件も出てしまったことから、自社でスタッフを育成するスタイルを作っていこうと考えました。それまでは必要なときに札幌の専門学校に相談していたのですが、突然の相談なので、なかなかタイミングが合わず、学校さんも紹介しにくいのが現状でした。そこで、求人の時期を合わせ、定期的に応募をかけたところ、徐々に応募数が増え、名探偵コナンを手がけ始めたことがきっかけで応募が急増しました。改めて作品の持つ影響力の大きさを実感しています。
制作時の心がけや取り組む際の姿勢を教えてください。
私たちは人とのつながりでここまで来られたと思っていますので、一緒に仕事をしていて楽しいと感じてもらえるように心がけています。極端な例でいえば、“いい絵は作るけど面倒くさい人”と、“そこまでいい絵は作らないけどすごくやりやすい人”がいたら、後者はカバーできるかなと思っていますので(笑)。
作業は基本的にはすべて社内で行います。データ容量が大きいものもありますし、新作情報の漏洩防止の観点から、外部作業は避けています。ですので、コロナ禍でもずっとみんな出社していました。
一緒に働くスタッフには何を求めますか?
日頃から伝えていることが二つあります。一つは、決断が必要なときは“できるかできないか”ではなく、“やるかやらないか”で判断してほしいということです。1人では難しくてもチームならできるといった提案があれば、私たちも対応することができます。
もう一つは、“どう終わらせるかを決めてほしい”ということです。あらゆる仕事には必ず終わりがきます。そのうえで「どうやって終わらせるか」「できる限り努力をするのかしないのか」「どのように終わらせたいか」をスタッフに確認しています。何もしなくても終わりは来ますが、そのなかで頑張ったら何かいいことが起こったり、いい成果が生まれたりするかもしれない。だったら常に目的意識を持って取り組んだ方がいいと伝えています。
幅広い作品を通して、見る目を養っていく
今後の目標やビジョンを教えてください。
8人でスタートしたときからずっと、自分たちで何かを発信したいと話してきました。いわゆるオリジナルタイトルですね。せっかく旭川で活動していますので、旭川に根付くライブ感のあるものが理想です。例えば、ライブと映像を融合させた子どもたちが楽しめる教育的コンテンツなどができたらいいなと考えています。
スタッフを採用する際の基準を教えてください。
私たちが行っている3D制作や撮影は業界から見ても異色な作業なので、学校で3Dやアニメを学んでいても実際の現場では異なることが多くあります。ですので、入社前の技術力はそこまで重要視していないです。
“何かやりたい、変わりたい”という熱量があれば、それは必ず形になって現れますし、技術力も自ずとついてくると思っています。
クリエイターを目指す人にアドバイスをお願いします。
これはお世話になっている方々から教わったことですが、“技術がなくても、良いか悪いかを見分ける力は必要だ”ということです。例えば文章を書く技術はなくても、この文章は良い、この文章はダメというのが分かれば、ダメな文章を繰り返さずに済みます。
アニメ業界を志す人のなかには、自分の好きな作品だけを見てきたという人もいます。それでは、「自分が好きなもの」は分かりますが、「世のなかが評価しているもの」や「多くの人に響くもの」は分からないかもしれない。私たちが監督から求められるのは、誰も見たことのない映像を作ることです。そのためにも、幅広い作品を通して見る目を養い、自分のなかのストックを増やしていくことが創作の現場では大切だと思います。
取材日:2025年6月18日
株式会社きしだ Studio BACU
- 代表者名:米嶋 均
- 設立年月:2007年4月
- 資本金:300万円
- 事業内容:3DCG制作、アニメーション撮影、VFX制作
- 所在地:〒070-0032 北海道旭川市2条通13丁目1068番 きしだビル
- URL:https://kishida.asahikawa.ws/
- Studio BACU:https://www.studio-bacu.com/
- お問い合わせ先:0166-76-4820
この記事は株式会社フェローズが運営する、クリエイターに役立つコンテンツを発信する「クリエイターズステーション」にも掲載されています。