
株式会社キシブル 代表取締役
Keisuke Kishi
岸 敬介氏
札幌でVR事業を展開する株式会社キシブル。2022年には、360度カメラ映像を用いた教育共有システム「iVRES(アイブレス)」を開発し、医療分野を中心にさまざまな業界で、実践的な学習や技術継承に役立つと注目を集めています。その開発の経緯や今後の展望について、代表の岸 敬介(きし けいすけ)さんにお話を伺いました。
撮影するだけで簡単にVR教育コンテンツができる。VRに感じた可能性
独立以前のキャリアについて教えてください。
大学では機械工学を学んでいましたが、在学中に留学したニュージーランドの魅力にひかれ、現地の観光業で働く道を選びました。通訳としてキャリアをスタートし、最終的にはフロアマネージャーとしてさまざまな国籍のスタッフを束ねる経験をしました。異なる文化や価値観を持つ人たちと一つの目標に向かっていく中で、多様な視点を尊重し、チームとして成果を出すことの面白さと難しさを学びました。この経験が、後に多くの技術者や研究者と連携する現在の事業スタイルの原点になっています。
帰国後は札幌の会社で10年間、営業職に従事しました。ここで私は伝えることの壁にぶつかります。自分の考えをうまく言葉にできず、社内で「何を言っているかわからない」とよく言われました。この経験を機に、コミュニケーションを徹底的に研究し、どうすれば相手に意図を正確に伝えられるかを追求しました。また、この会社では地方活性化など数多くの新規事業の立ち上げを経験し、ゼロからイチを生み出すプロセスを実践で学びました。
その後、縁のあったWeb制作会社に転職し、VRという新しい技術に出会います。直感的に「これこそ、言葉の壁を越えて体験を共有できる究極のコミュニケーションツールだ」と感じ、VRの新規事業を立ち上げました。北海道大学をはじめとする研究機関との共同開発もスタートさせ、とくに医療分野での技術継承に大きな可能性を見出しました。事業は順調に成長しましたが、より迅速に、そして主体的にこの分野を深めたいという思いが強くなりました。当時の社長からも「独立してやってみたらどうか」と背中を押していただき、2020年に創業するに至りました。
独立後の取り組みについて教えてください。
独立後はとくに、360度カメラを活用したVR制作に取り組んでいました。そのなかで、山口大学からの依頼を受け、VR共有技術を応用して開発したのが、教育共有システムの「iVRES」です。


市販の360度カメラで録画した映像をそのまま利用し、VRゴーグルを装着するだけで、複数人が同時にVR動画を見ることができます。従来のVRは3DCG空間を構築したなかで自由に動いて体験するものですが、それを動画に置き換えて仮想空間を作り、そこで複数人がコミュニケーションをとったり、擬似的な実習授業が可能になります。
使い方も簡単で、360度カメラを設置して映像を撮るだけで、動画の編集作業も不要。撮影した映像がそのまま教育コンテンツとして利用できます。
とくに医療現場ではイレギュラーな事態が多く、医師ごとにアプローチの仕方も異なりますので、複数の医師による手術映像や治療映像を活用し、それらを見たうえで次回の手術に対して話し合いをする、いわゆるディスカッション型の教育にも活用できます。また、診療科によって課題が異なり、技術や機器の更新も頻繁に行われますので、それぞれに合わせた学習にも「iVRES」が役立つと考えています。
会社の強みを教えてください。
業界の動向を俯瞰(ふかん)しながら本質を見続けた経験値こそが、会社としての大きな強みだと感じています。
約5年前にVRが流行し、大手企業をはじめとするさまざまな企業がVR事業に参入しましたが、ほとんどの事業が失敗に終わりました。とくに大手企業は豊富な資金で実験的な事業が多いなか、予算がなくなるとアップデートができずそのままプロジェクトが終わってしまうケースを見てきました。こうした業界の動向を目の当たりにし、適切なコストで適切なソリューションを提供することを使命と考えるようになりました。もちろん大変なことも多くありましたが、その経験が現在の実績につながっていると思います。もし大規模プロジェクトを求めて東京進出や規模拡大を優先していたら、持続可能な成長は難しかったかもしれません。
サービス面での強みは、現場が求めるVRをシンプルかつ使いやすく設計することに特化している点です。これまでの経験から相手の要望を読み取ってフィットしたものを提案し、それによって事業が成り立っていることも強みだと言えると思います。
有用性が注目を集め、他業種や海外にも進出
「iVRES」は医療分野から始まり、さまざまな業界へと普及していますね。
おかげさまで建築業界や流通業界など、さまざまな業界からお問い合わせをいただき、実際に人材育成ツールとして活用していただいています。
ただ、私たちとしてはやはり医療を軸にしたいという思いがあります。これは最初のプロジェクトで医療業界の教育課題が非常に大きいと知ったことが背景にあります。地方の小さな病院でも一定数の住民や患者さんがいる以上、現場教育は必要ですし、社会的な意義もあります。最近では看護学校の応募者が減少しており、有名校でさえ定員割れの恐れがあると聞いています。認知度の低い地方の看護学校は、なおさら厳しい状況です。
人材不足や現場教育の課題解決を目指し、少しずつ「iVRES」の導入が進み始めていますので、VRの活用が人材獲得の突破口になることを期待しています。
海外展開も進んでいると聞きました。
総務省から海外展開支援事業の採択を受けて、去年ベトナムで実証テストをし、多くの現地医師や医療従事者からポジティブな意見をいただきました。ハノイ地区の大学病院では今年の秋頃に向けて導入を進めているほか、アフリカでもプロジェクトが進んでいます。とくに発展途上国では医療教育のニーズが非常に高く、日本の最先端の医療機器を含む医療技術の提供が求められていて、「iVRES」導入の動きも広がっていけばと考えています。
コミュニケーションやビジネスシーンでの活躍にも期待
今後の取り組みについて教えてください。
VRで、働く現場の「採用」と「教育」を変えていきたいです。
医療現場においては、教育だけでなく採用にも課題があります。とくに離職率が高いため、教育より採用に予算を優先せざるを得ません。しかし、本来はもっと教育に投資して、人が長く働ける環境をつくることが、医療サービスの質を高める近道だと考えています。
そもそも、就職や転職を検討する際に知りたいのは、「どんな病院で、どういう人たちが働いているか」ということ。現在は、求人用に文章や動画を制作するのが一般的ですが、それよりも現場のリアルな様子をVRで伝える方が効果的だと思います。
これを大学や専門学校などの養成校に導入すれば医療者を目指す応募者が増え、人材が増えることで職場環境の改善につながり、結果的に教育への投資も促される可能性があります。実際に、採用で使いたいという話も出てきていますので、採用と教育の両方を良くする良い循環を作っていきたいです。
さらに将来的には、VRを教育ツールだけでなく、すべての働く人たちの新しいコミュニケーションツールにしていきたいと考えています。今はメールやチャットが主流ですが、「言葉がいらない伝達」ができれば、時間も短縮できて、誤解が生じることもありません。
今後人材を増やしていく予定はありますか?
はい、そうですね。一緒に働くには当社のミッションやビジョンに共感してくれる人がいいですね。
グローバルな目標も掲げているので、札幌在住かどうかはあまり重視していませんが、北海道の開拓者精神みたいなものを持っている人がいたらいいなと思います。

ベトナム現地医療者養成校でのテストの様子
最後にクリエイターを目指す方にメッセージをお願いします。
若い世代の方々は専門性が際立っている一方で、私たちの業界ではプログラマーはプログラミングだけ、デザイナーはデザインだけといった単一のスキルにとどまらず、それらを統合して一つの空間を演出する力が求められます。
わかりやすく言うと映画のようなものです。脚本があって、音楽があって、演じる人がいる。でも、俳優が素晴らしくても脚本がよくなければ成立しませんし、CGなどの技術があっても全体的に面白くなければ意味がありません。VRも同様で、体験として成り立っているかどうかが重要なのです。そうしたものづくりをするためには、さまざまな分野の知識や視点が必要で、そうした視点を持つ人こそが、これからの時代に求められると感じています。
例えばプログラマーであれば、映画やドラマなどの映像を積極的に見て、「なぜこういうシーンを演出しているのか」「どのような見せ方が効果的なのか」を感じてほしいですし、演出の立場であれば、「このプログラミングの技術があるから、この表現が可能になるんだ」など、互いに知見を深めてもらいたい。幅広く興味を持って自身の知識を深め、視野を広げていってください。
取材日:2025年7月25日
株式会社キシブル
- 代表者名:岸 敬介
- 設立年月:2020年8月
- 資本金:50万円
- 事業内容:現場映像をそのまま教育空間にするVR教育ツール「iVRES」の開発・提供
- 所在地:
〈本社〉〒001-0045 札幌市北区麻生町6-2-24
〈大通オフィス〉〒060-0061 札幌市中央区南1条西2丁目18番地 IKEUCHI GATE 4F - URL:https://kishivr.com/
- お問い合わせ先:011-600-1278
この記事は株式会社フェローズが運営する、クリエイターに役立つコンテンツを発信する「クリエイターズステーション」にも掲載されています。




