「コミュニティの種火」のあたたかさが吹雪の聖域に灯る—森山神社朝市【神奈川県葉山町】

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雪が舞っていた。めったに積もることのない神奈川県葉山町。2月の森山神社は、時折視界を白く染めるほどの粉雪に包まれていた。

凍える指先をドラム缶のたき火にかざし、身を寄せ合う。はぜる火の粉の向こう側で、この森山神社朝市の中心に立つ菅原恵利子さんは、静かに、だが岩をも通すような重みのある声でこう切り出した。

「わたしはね、イベントがしたいわけじゃないんだよ。コミュニティを育んでいく、と思って朝市を始めたの」

その第一声を聞いた瞬間、ぼくの心は内側からわき上がる熱いもので満たされた。これは単なる「にぎわいづくり」の話ではない。挑戦する人と応援する人、そして場所の「生存の温度」を巡る物語だ。

「名前のない挑戦者」が羽ばたく、夢の孵化装置

菅原さんが見つめているのは、単なる売り上げの数字ではない。ここは、将来自分のお店を持ちたいと願う人々が、最初の一歩を踏み出すための「実験場」であり、挑戦を温かく見守る「孵化(ふか)装置」なのだ。

象徴的なエピソードがある。今や地元を飛び出し、東京でも行列を作るほど大人気となった『葉山アイス』。

棚田米で甘酒を作り、アイスクリームにして売り上げの一部を棚田に還元することで保全活動になるという活動は、この朝市の小さな一角からスタートした。

驚くことに、当時はまだ店名すら決まっておらず、「名前、何にしようか?」と周囲に相談しながらの船出だったという。

未完成な情熱を、菅原さんや町の人々は否定することなく、「まずはやってみなよ」と背中を押し続けた。

「ここを通り過ぎていったすごい数の人たちがいるのよ」

彼女は目を細める。成功者が次なるステージへと旅立ち、また新たな挑戦者がやってくる。この「代謝」こそが、朝市に常に新鮮な活力を与え続けている。

「ここでしか食えない」という、泥臭きローカルの誇り

提供される「食」の質に、一切の妥協はない。都会の駅前で記号のように消費されるチェーン店的なキッチンカーは、ここでは見かけない。来客も出店者も、どこでも食べられるものなど求めていないのだ。

身体に優しい食材や調理にこだわっていたり、葉山で採れた食材のみを扱っていたり、それぞれの店主の思いが垣間見えるブースばかりだ。

例えば、「食べごと研究所」の大きな窯(かま)には、なんだかわくわくするものがある。

吹き付ける粉雪の中、もうもうと立ち昇る湯気。その先に透けて見えたのは、熱を帯びて赤くなった手だ。昔ながらの伝統的な食の素晴らしさを伝えるという思いが一皿一皿ににじみ出ている。

シンプルな塩むすびだが、木をくべたかまどで炊いて、蒸しあげることにより来場者は臨場感も味わっている。その場でしか味わえない香りと熱は、単なる食事を超えた、むき出しの「体験」そのものだった。

作り手の体温が直接伝わるもの。それこそが、吹雪の境内に集う人々が求めてやまない「本物」の価値だ。

「誰のものでもない、みんなの場所」が持つ底力

この活動を支える「森山神社の境内」という舞台も、極めて特異だ。この境内は個人の持ち物でも神社の私有地でもなく、「町の所有」という公的な場所なのだ。

この公共性は、コロナ禍という困難な時期に真価を発揮した。多くの施設が閉鎖される中、ここは「ルールに縛られすぎない」柔軟な活用が可能だった。行政が管理する無機質な「駅前広場」とは異なる、町の人々の知恵と信頼で成り立つ「街の真ん中にある広場」。

「誰の所有物でもないからこそ、みんなの場所になれる」

そんな原初的な広場のあり方が、今の日本が忘れかけている「真の公共空間」の豊かさを、ぼくたちに突きつけている。

「母」菅原恵利子が守り続ける、聖域の体温

(撮影:佐藤正治氏)

「この朝市はね、来るもの拒まず去る者追わずだから」

雪の舞う中、菅原さんがもらした言葉に、ぼくは圧倒された。

そこには、チャレンジャーたちを「わが子」のように見守る包容力と、同時に、巣立っていく背中を見送る寂しさを飲み込んだ、深い深い愛情があった。

さらに、なぜこの活動を続けているのか、その根底にある思いを伺うと、飾らない答えが返ってきた。

「ひとことで言うのは難しいのですが、自分が居る・暮らす・生きる『場』の居心地を良くしたい、のかな?」

その言葉の裏側には、彼女がこれまでの人生で培ってきた多様な経験が層を成している。

バリ島通いで気づいた日本のアニミズム(自然崇拝)や、古くから伝わる掃除の哲学、そして日本の暮らしの知恵。

それら精神的なベースと、仕事でプロダクションマネージャーとして磨き上げた「プロジェクトを完遂させるスキル」が融合し、この朝市という形になっている。

イベントが少なくなり、人恋しくなる2月でも、彼女は門を開け続ける。毎週やる。その執念に近い継続が生む「安心感」こそが、コミュニティの質を決定づけるのだ。

「寒いよねぇ!」「でも、これ最高だね」

凍えるような空気の中、人々が笑い合う。派手な地方創生プロジェクトにはない、泥臭くも尊い「町の体温」がそこにはあった。

(notebookLMにて筆者作成)

土曜日の朝、森山神社の境内に足を踏み入れてみてほしい。吹雪の中でも決して消えることのない、この種火のような温かさこそが、葉山の朝を、そして新しい夢を、真っすぐに照らし続けていくのだ。

森山神社朝市基本情報

場所:森山神社の境内
曜日:基本的には毎週土曜日
時間:9時半頃~お昼頃まで
お問い合わせはこちらまで:https://moriyama-asaichi.jimdofree.com

松井創

松井創

コミュニティ設計とムーブメントの専門家。著書『人はなぜコミュニティをつくるのか』。主宰者なしでも育つ自走コミュニティを多数創出。「世界観で仲間を集める」世界観ムーブメント提唱。角打ちマイブランド展開中。ADHD特性を持ち“苦手をゲーム化”ボドゲで脳の回路を書き換える力を見出す。

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