東京都杉並区上荻、交通量の多い青梅街道沿いに豆腐専門店がある。店の名前は、「とうふ屋らるご」。三角巾にエプロン姿のスタッフが、朝から豆腐と豆腐を使ったお菓子を作り、販売している。らるごは就労継続支援B型事業所として2008年に開店して以来、地域とのつながりを大切にしている。らるご開店までの経緯や開店から現在までの様子について、精神保健福祉士・社会福祉士で、施設管理者の山本純也(やまもと・じゅんや)さんにお話をうかがった。

目次
豆腐屋×就労継続支援B型事業所は、宮城県での取り組みが全国に広がった
とうふ屋らるごは、特定非営利活動法人ラルゴの事業として2008年にオープンした。ラルゴ自体は、もともと共同作業所として運営されていたが、2006年に障害者自立支援法が施行され、国のシステムが変わったことがきっかけで、就労継続支援B型事業所(※)としての運営を考えることになった。ちょうどその頃、宮城県の「はらから福祉会」の取り組みに関する情報が杉並のラルゴに入った。
はらから福祉会は、養護学校の教諭だった方が立ち上げた団体で、『障害があるからと家にこもっているより、自分で自分のお金を稼いでいくことが大切』という思いから、障害をもつ人にも働く機会を設ける取り組みをしていた。はらから福祉会では、障害者の働く場として、豆腐屋を運営しており、さらに、ヤマト福祉財団やきょうされん(前身:協同作業所連絡会)といった団体が関わって、障害者の働く場となる豆腐屋が全国展開されようとしていた頃だった。
とうふ屋らるごもその流れに乗って、開店することになった。とうふ屋らるごでは、大豆から豆腐を作るところまではやっていないが、現在もはらから福祉会で製造された豆乳を仕入れ、その豆乳から豆腐、とうふドーナツ、パウンドケーキ、クッキー、プリンなどを作り、販売をしている。山本さんが、ラルゴに勤め始めたのは約9年前だが、当時は都内にもとうふ屋らるごと同じような、豆腐屋×就労継続支援B型事業所がいくつもあった。しかし、販売の難しさなどが原因で、数は激減してしまったそうだ。
※)就労継続支援B型事業…障害者総合支援法における就労系福祉サービスのひとつ。通常の事業所に雇用されることが困難であり、雇用契約に基づく就労が困難である者に対して、就労の機会の提供及び生産活動の機会の提供その他の就労に必要な知識及び能力の向上のために必要な訓練その他の必要な支援を行うもの。


良心価格の豆乳パウンドケーキにおからクッキー、おからかりんとう。レシピはプロの料理人に依頼したそうだ
それぞれの得意不得意を補い合って、お店が成り立っている
障害者は、大きく身体障害、知的障害、精神障害に区分されるが、ラルゴの利用者は、精神障害者の方が多い。精神的な波の影響で、疲れやすかったり、勤務できなかったりすることもある。人によってその状況はさまざまだ。とうふ屋らるごにスタッフとして携わる利用者の勤務はシフト制で、午前・午後、曜日や日数の希望を各々に聞き、それをもとにシフトを組んでいる。
多い人だと、週に2〜3回勤務している。スタッフの中には、対人関係が苦手な人や、お金を扱うような仕事は責任を感じてできない人もいる。多くの社会経験を積んだ人や、商品の説明やアピールが得意な人もいる。精神障害とひとくくりにされるものの、背景や症状は人それぞれだ。そこで、対人関係やお金を扱う仕事が苦手な人には、製造にまわってもらうなど、あれこれ工夫をして得意不得意を補いあっている。
また、勉強会を開いて、こんなふうに言うと効果があったよ、など商品の売り方や売り文句など、みんなで良いアイデアを出し合いながら、少しでもお店の売り上げにつなげたい、と日々頑張っている。
豆腐を通して地域との交流が生まれている
とうふ屋らるごは、開店当初から、地域とのつながりをとても大切にしている。そこには、地域の方々に病気や障害について知ってもらいたいという思いがある。店頭販売のほか、出張販売も定期的に行なっている。店頭で商品を買ってくれるのは、夕方の親子連れのお客さんが多い。お子さんのおやつに、とお菓子を買っていく。また、杉並区役所や体育館など、地域の方々が利用する公共の場で出張販売もしている。区役所や体育館のエントランスで日中に行う出張販売には、高齢の方が多く足を運んでくれる。高齢の方からは、「この前買ったお菓子おいしかったよ」などの感想や応援のコメントをその場でもらえる。さらに、とうふ屋らるごは毎年、近くの井荻小学校の3年生や、都内の看護学校の生徒を対象に特別授業をしている。豆腐づくりを教える授業だ。このように、とうふ屋らるごは、豆腐を通して、地域のさまざまな年代の人と、さまざまな場所で直接対面で交流をしている。

らるごといえば、とうふドーナツ!!ていねいに作られる人気商品に地道な取り組みで、地域に溶け込む
オープン当初から続くいちばんの人気商品は、らるごで作った豆腐を練り込んだとうふドーナツだ。弾力があって甘さは控えめ、とても優しい味だ。サイズはピンポン玉より少し大きく、きれいなまんまるの形をしている。きれいなまんまるを一体どうやって作っているのか?山本さんにきいたところ、担当スタッフが毎朝、スプーンを上手に使い、ていねいに、そして頑張って形を作っているそうだ。
とうふ屋らるごは2008年の開店から、17年が経過した。この間に起きた新型コロナウイルス感染症の流行は、多くの店舗が影響を受けていたが、らるごにはどのような影響があったのだろうか?
コロナ前は、西荻窪駅周辺へ商品をリヤカーに積んで、出張販売に行っていたが、これはコロナでお客さんが減ってしまい、残念ながら無くなってしまった。しかしなんと、売り上げは、コロナ前に比べてコロナ後の方が、店頭販売、出張販売ともに、わずかながら上がってきているという。
山本さんは、コロナ後に売上が上がってきた理由をふたつ挙げる。ひとつは、コロナの間も、変わらず同じ時間、同じ場所で地道にお店を続けたこと。これを近所の方々に応援していただいていたそうだ。
もうひとつは、お店の立地だ。店舗は交通量の多い青梅街道沿いで、忙しく暮らす人にとっては、通り過ぎてしまいがちな場所に立地している。しかし、コロナの時期に遠出をしない生活をするようになった近所の方に、らるごの存在を初めて知っていただくきっかけになった、と山本さんは話す。とうふ屋らるごの地道な取り組みは、地域の人とのつながりを強め、実を結んでいる。


就労継続支援B事業所という、現場を見守る立場から見えるもの
とうふ屋らるごで働く方々にとって、らるごはどんな存在なのだろうか?障害を持ちながら、らるごで働くスタッフからは、「仕事がやりがいになる」、「頂いた工賃をどう使おうか楽しみ」、「らるごに来れば、仲間がいて安心」、「出かける場所があってうれしい」、「らるごに来たほうが調子がいい」といった喜びの声があるそうだ。しかし、管理者として現場を見守る立場である山本さんが感じている、就労継続支援B型事業所の難しい側面があるのも事実だ。
前述の通り、精神障害がベースにあるスタッフは、疲れやすさや、調子によってシフトに出られたり出られなかったりすることがある。スタッフ同士がぶつかってしまうこともある。社会経験があるスタッフもいるので、全てに監督が必要なわけではないものの、何かあれば管理者が間に入る必要がある。お互いの話をよく聞いて、状況に応じて随時ひとつひとつ対応をしている。
現行の総合支援法における就労継続支援B型事業所は、以前の共同作業所の時代と比べると、就業訓練所という色合いが強い印象があるそうだ。共同作業所の時代は、’家から出ない生活→家の外にも居場所がある生活’という色合いが強かった。
事業所利用者の年齢や社会経験、精神障害の症状など個々の背景は本当に多様だが、そんな中、山本さんが特に気になっているのは、利用者の年齢だ。とうふ屋らるごの元である、ラルゴ全体における利用者の平均年齢は52歳。およそ半数が60〜70歳代で、中には80歳代の方もいる。高齢の利用者に対しても、職業訓練としての色合いが強いシステムには、現場としては、なんとなく追い立てられているかのような感覚があり、少々戸惑いを隠せないと言う。
「B型事業所は、実は皆さんの地域のひょんなところにあります」
山本さんは、「就労継続支援B型事業所は、全国のひょんなところでいろんな活動をしていることをぜひ多くの方に知って欲しい」という。あ、そうだったんだ!これはB型事業所だったんだ!と知らないだけで、地域のそれぞれの事業所で、利用者とともに考えてできた本当にさまざまな取り組みがあるという。
とうふ屋の夢は、豆腐レストランの開店!!
とうふ屋らるごが今後取り組んでみたいこと、それは飲食ができる豆腐レストランだ。らるごのスタッフから「せっかく豆腐を作っているのだから、豆腐レストランができたらいいな、やろうよ」という声が上がっている。山本さんは「日々、色々なことに追い立てられていますので、夢みたいな話ですが、スタッフの思いをいつか実現できたらいいな、と思っています」と話す。かつては東京にも全国にも、複数あったB型事業所×豆腐屋。無くなってしまった豆腐屋もたくさんある中で、地域の人とのつながりを大切にしながら、地道な取り組みを継続し、売り上げも少しずつ上がっているとうふ屋らるごの夢は、夢で終わらないかもしれない。
東京都杉並区の青梅街道沿い。緑ののれんが目印のとうふ屋らるごに、ぜひ一度足を運んでいただきたい。
取材日:2025年5月27日
情報
とうふ屋らるご
住所:東京都杉並区上荻4−26−11
営業時間:11:00〜17:00
定休日:日・月・祝日
電話:03-3399-1338
HP:https://www.toufu-largo.jp/