沖縄県は2023年度、たくさんの「お宝=魅力」をもつ離島各所の事業者さんたちが、SNSなどの『デジタルツール』を利用してさらに魅力的な発信をしていけるように「沖縄県主催🌺価値を伝えて売りまくるためのデジバズ講座」という取り組みを行っています。この記事は、参加された事業者さんを対象に、「ローカリティ!」のレポーターがその輝く魅力を取材し執筆したものです。沖縄離島の魅力をご堪能ください。
沖縄県石垣島にあるうみそら牧場では、地元石垣島産のヤギ肉を使用したさまざまな商品を販売しています。沖縄県民にとってのソウルフード「やぎ汁」をはじめ、マイルドな味わいの「やぎスープ」、皮付きと赤身の両方を味わえる「やぎ刺し」、皮付き肉と赤身肉の両方の食感を味わえる「石垣島のやぎカレー」など、独自性のある商品を提供しています。高タンパク低カロリーで栄養満点のヤギ肉の魅力、おいしさと素晴らしさをもっと多くの人に広めていきたい。株式会社海空牧場代表取締役の玉津博克(たまつ ひろかつ)さん、加工担当の宮良永紀(みやら ながのり)さん、事務担当の久貝尚輝(くがい なおき)さんにお話を伺いました。
目次
ヤギ専門のお肉屋さん、コロナ禍のピンチをチャンスに
玉津さんはもともと教育行政の仕事をしていて、石垣市の教育長を勤めた後退職。その後父親から継いだ畑を牧場にし、そこでヤギを育てることを決意。当初はヤギの枝肉(ヤギ1頭から皮や骨、内臓などを取り除いた状態のもののこと)を主に精肉店やレストランへ販売していましたが、2020年に知り合った若者たちの進言がきっかけでヤギ専門の食肉加工業を開始しました。
ところが2020年3月に新型コロナウイルス感染症が国内においても流行し、レストランが営業停止に追い込まれると、枝肉の買い手がいなくなり、玉津さんは危機的状況に直面しました。ちょうどその頃、かつて教育の仕事で知り合った人との縁で、現在加工担当の宮良さんと内地からパイナップル畑の開拓で来ていた青年に出会い、その時に「ヤギ汁やヤギ刺しなどの肉の加工をやりましょう」と強く勧められました。
「ちょうどいい食べ頃のヤギもいるのにどんどん歳をとってしまう。出荷できる場所がないのであれば自分たちで加工して販売すればいい」と考え、玉津さんはピンチをチャンスに変えるべく、加工場を立ち上げます。そして、ヤギ肉を加工肉として直接販売するようになりました。この逆転の発想で、新たな事業展開に成功したのです。
沖縄の食文化の歴史的背景
沖縄の食文化は深い歴史的背景を持っています。石垣島でヤギ肉の魅力を広める玉津さんは、この独特の食文化がどのようにして沖縄の食卓に定着したのか、その歴史について詳細に語りました。
沖縄の食文化と歴史的背景には、琉球王国の豊かな交易と文化交流の歴史が深く影響しています。14世紀から始まり、15世紀に隆盛を迎えた琉球王国では、東南アジアや中国大陸、東南アジアからヤギが伝播し、中国福建省から豚が移入されたとされています。
この背景には、中国と琉球の間で形式上の君主関係を結んだ冊封(さくほう)関係があります。中国の皇帝の使節が琉球の王に辞令を届けるために琉球に約6ヶ月間滞在することがありました。これらの使節団の訪問は、琉球が中国の影響下にあることを示し、両国間の文化的、経済的交流を促進しました。使節団の滞在中、琉球王国は彼らに食事を提供する必要がありました。当時、漢民族は豚肉を広く消費していたため、これを提供するために琉球でも豚の飼育が行われていたと伝えられています。
江戸時代には、満州民族(清の国)が琉球を訪れるようになります。満州民族は豚肉ではなくヤギ肉を好んで食べる文化を持っていたため、琉球ではヤギの飼育も重要になりました。同時に、漢民族の存在により豚肉の需要も継続していたため、豚とヤギの両方が常に飼育されるようになったと伝えられています。玉津さんによると、沖縄では薩摩藩が琉球に進出した際に仏教の普及活動を禁止したことが一因となり「四つ足の動物を食べてはいけない」という考えが浸透しなかったといわれています。日常的に豚やヤギを食べる文化が根付いている独自の食習慣は、歴史的背景と密接に結びついています。
スーパーフード!ヤギの魅力とは
「ヤギは沖縄以外ではあまり食べられないので、まずヤギはどんなものか知ってほしいと思っています」と、加工担当の宮良さん。ヤギは低カロリー・低脂肪なのにもかかわらず、高タンパクなヘルシーフードです。少量で良質のタンパク質を取ることが可能なので、お肉の中で一番ダイエットに向いています。ヤギは滋養強壮にいいといわれており、栄養を取るために産前産後によく食べられていました。
本土では新築祝いで餅まきをするということが一般的ですが、沖縄ではヤギ汁を振る舞う習慣があります。ヤギを一頭丸々食肉処理して寸胴鍋に朝から煮込んで、夕方になったらみんなで食べます。お酒を飲んだ後にシメとしてヤギ汁を食べるのが好きだという人も多く、慰労会などの地域行事、お祝いや会合でもヤギ汁を囲むことが多いです。
臭い消しのために薬草を入れることも定番で、フーチバー(ニシヨモギというヨモギの一種)をお好みで後から入れることもあるそうです。ほかにもニラやカルシウム豊富な長命草(ボタンボウフウ)なども入れたり、島ごと地域ごとにアレンジがあるようです。フーチバーに大量に含まれているカリウムが体内から塩分を吸収してくれるという働きが科学的に証明されており、塩分濃度が高いやぎ汁とは相性抜群です。
うみそら牧場では、今後、後付けでフーチバーを付属できるように商品開発も検討しているとのことです。
万人が食べられる「やぎスープ」を開発!
宮良さんは、ヤギ肉の独特な獣臭や脂っぽさを減らすことによって、より多くの人にヤギ肉を気軽に楽しんでもらうために「やぎスープ」を開発しました。このスープは、やぎの臭いを抑えてマイルドな味わいに仕上げられており、女性や子ども、ヤギ肉初心者でも食べやすいように調理されています。
しかし、沖縄在住の男性たちからは「おいしいけれど、沖縄本来のヤギ汁の強い風味に欠ける。パンチが足りない」という意見もありました。これに応えて、宮良さんは沖縄県民にも好まれる伝統的な「やぎ汁」を商品ラインアップに追加しました。
「実際には、ヤギ肉は沖縄以外ではほとんど食されていません。なので、食べてみないとその良さはわからない」と宮良さん。ヤギ肉初心者にはマイルドな「やぎスープ」、沖縄の伝統的な味を経験したことがある方には、より本格的な「やぎ汁」がおすすめとのことです。
主力商品のやぎ刺し「食べてみたら印象が変わりました」
「うちの会社の主力商品はやぎ刺しです」と、宮良さん。このやぎ刺しは、2歳未満のヤギを使用しており、そのため臭いがほとんどありません。久貝さんは「私は元々やぎ汁のような臭いの強い食べ物は苦手で、やぎ刺しも食べる前は臭いが強い食べ物という固定観念がありましたが、実際に食べてみると臭みはほとんど感じませんでした。予想とは違っていました」と語ります。
やぎ刺しには、オスとメスの若い個体の両方が使用されています。若い個体は臭いが強くないため、食べやすいのです。羊肉でいうところのラムとマトンの関係に例えると、やぎ刺しにはラム肉にあたる肉を使用しているとのことです。ラムは柔らかく臭いが少ない子羊の肉で、やぎ刺しも同様に若い個体の肉を使用しています。
皮と赤身、どちらも楽しめるハーフ&ハーフ
「実はやぎ刺しは、赤身だけでなく皮も食べるんです」と、宮良さん。若いヤギを使用する理由は、やわらかい皮を食べるためでもあるのです。沖縄本島と八重山地方では、やぎ刺しの好みの部位が異なります。沖縄本島では皮付きが好まれており、八重山地方では赤身が好まれているそうです。うみそら牧場のやぎ刺しは、「皮付きやぎ刺し」と「赤身やぎ刺し」が1:1の割合で入っているため、異なる食感や歯応え、皮の独特の香りを楽しむことができます。
宮良さんは薬味として「しょうが醤油やにんにく醤油がおいしい。しょうがとポン酢の組み合わせもいいし、薄口の醤油も合います」とおすすめしています。やぎ刺しは真空パックで、冷凍で150日持ちます。沖縄県外に住む沖縄県出身者からもよく購入されているそうです。
ヤギ肉の認識をアップデート
一般的に、牛、鶏、豚などの肉はスーパーでよく見かけますが、ヤギ肉はあまり店頭に並ぶものではなく、高級食材とされています。家庭でのヤギ肉を使ったレシピもほとんど見かけません。宮良さんは、これまでのヤギ料理は長い間進化していないと感じ、新たなアップデートが必要なタイミングだと考えています。
「次の新商品はヤギ肉のソーセージやハムを作りたい」と宮良さん。羊肉のソーセージは一般的ですが、ヤギ肉のソーセージはあまり知られていません。ソーセージ製造は生肉加工とは異なる食肉加工の領域に属しているため、新たな許可や加工場の拡大が必要なため、委託製造も検討しています。石垣島にはソーセージの加工場があり、石垣島産100%のヤギ肉ソーセージを製造したいと目指しています。
「ヤギ肉は主に男性や年配の方が好んで食べるという認識も変えたい。現在のトレーニングブームに合わせて、マッチョな人たちを含む新しいターゲット層にヘルシーフードとしてのヤギ肉を紹介することを目指していきたい」と今後の展望を語っていただきました。
タフなヤギを産業化へ
石垣島では和牛が名高いですが、牛は口蹄疫(こうていえき)のような流行病に弱いという側面があり、感染が発生すると産業全体に大きな影響を及ぼすことがあります。一方で、ヤギはこれらの流行病に比較的強く、BSE(牛海綿状脳症)のような病気にもかかりにくいため、牛に何らかの問題が生じた場合の代替としての役割を果たす可能性があります。このため、ヤギの産業化を推進していくことが重要とのことです。
本土ではヤギ牧場が主にミルクやチーズの生産に注力していますが、石垣島ではヤギ肉を食肉として活用することが一つの強みです。これまで牛や豚の取引は仲買人を通じて行われてきましたが、ヤギ肉の産業はまだ十分に発展していません。宮良さんは「農家の方々が喜ぶようなヤギ肉の商品開発に力を入れ、ヤギ肉産業の活性化を目指したい」と語り、この取り組みにより、石垣島の農業の新たな可能性を開拓し、地域経済に貢献することを期待しています。
「石垣島のやぎカレー」誕生秘話
「石垣島のやぎカレー」は、異なる文化背景を持つ知人たちの交流から生まれた商品といっても過言ではありません。「最初のきっかけは、宗教上の理由で牛肉を食べられないというインド人の知人からの相談でした。」と玉津さん。彼らは「自分たちが食べられるカレーはないか」と尋ねてきました。
別の機会にネパール人の知人から「ヤギが欲しい」といわれ、ヤギ肉を提供したことがありました。彼はそのヤギ肉でカレーを振る舞ってくれたのです。これらの経験から「異なる文化の人々にも受け入れられるヤギ肉を使ったカレーのアイデア」の開発に至り、玉津さんの「いつかはカレーに挑戦しよう」という思いが実現したのです。
無限大の可能性を秘めたやぎ肉
一般的には「日本国内でヤギを食べるのは沖縄や奄美だけ」というイメージがありますが、実際には世界中でヤギ肉が広く愛されています。インド人、ネパール人、イスラム教徒をはじめとする、さまざまな宗教の人々に食べられているのがヤギ肉なのです。
沖縄では特別な機会にヤギ汁を食べる文化がありますが、八重山地方では徐々に牛汁や牛そばへの移行が見られます。うみそら牧場では、ヤギ肉の新しい商品を市場に導入することでヤギ肉の再評価を目指しています。
「ヤギ肉はワールドワイドで愛されるスーパーフードです。その魅力を広めることは私たちの使命であり、初心者から上級者まで、すべての人々が『ヤギはおいしい』と実感できるように、ヤギ肉の可能性を世界の食卓に広げていきたいと考えています。地域の伝統を守りながら、新しい食文化の創造へとつながるようにこれからも魅力的なヤギ料理を開発していきます」と、玉津さんはヤギ肉への思いを熱く語ってくれました。