世界最古級!? 歴史を塗り替えた奇跡のサクラとは【福島県郡山市】

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▲郡山市民の憩いの場「開成山(かいせいざん)公園  ※郡山市観光協会ウェブサイトより

寒さが厳しい冬が終わり、新たなスタートを迎える春は心躍る季節だ。春の到来を象徴する花である桜はその美しさだけでなく、短い期間で満開になり散って「生命の儚(はかな)さ」に美学を感じる日本人も多い。

「桜」と聞いて思い浮かべるのは学校や公園、川の土手などによく見かける染井吉野という方が多いだろう。実はその染井吉野について、数年前にその歴史を覆す発表があったので今回ご紹介したい。

▲染井吉野が生まれる前に描かれた桜はヤマザクラ(葛飾北斎 「諸国名橋奇覧 山城あらし山 吐月橋」より)

●桜の世界では新参者の染井吉野

染井吉野は自生しているサクラをもとに生み出された園芸品種のひとつで、誕生した上駒込村染井(現在の東京都豊島区駒込)にちなんで「染井吉野」となった。成長が早い性質を持つ一方、他の桜より寿命が短いという性質もあるが、現在では桜の開花予想の基準になっている日本の桜の代表的存在だ。

▲日本最古級、いや、世界最古級の染井吉野 ※郡山市観光協会ウェブサイトより

●郡山の方が古「かった」!ひょっとしたら世界最古級の染井吉野かも!?

1950年以降の高度経済成長期に植樹された全国の染井吉野が寿命を迎えつつある近年、平成28年に日本の染井吉野史を塗り替える出来事があった。なんと、市中心部にある開成山(かいせいざん)公園の染井吉野が複数の理化学分析調査により明治11年(1878年)に植えたものであることが学会で認められたのだ。これは最も古いと思われていた弘前公園(青森県弘前市)にある染井吉野よりさらに前のサクラと言うことになる。

染井吉野そのものが園芸種として誕生したのが約200年前、そして、その寿命が60~80年と言われることを考慮すると、もしかしたら日本から旅立っていった世界中の染井吉野も含めると世界最古級の染井吉野と言えるのではないだろうか。

▲桜の時期は夜になっても人の波が絶えない ※郡山市ライブラリーより

●そもそも何故街のど真ん中の公園に桜が植えられたのか?

▲いま公園となっている場所にはかつて競馬場があった。現在は遊歩道になっている。 ※郡山市ライブラリーより

市役所にも近い街の中心部にあるこの公園に桜が植えられたのは「開成社」の存在がある。「開成」とは論語にある「物ヲ開キテ務メヲ成ス」という一節に由来する言葉で、安積(あさか・現在の郡山)の地の開拓に呼応し、地元の商人たちで結成された会社だ。その社則に「開成山卜長提上ハ言ヲ待タス水二傍ヒ路ヲ挟ミ一般二花木幾万ヲ植ウベシ」との記載があり、当時、開拓者の心を癒すため、集まって休める美しい場所をつくろうと植栽されたと言われている。

近代化の波の渦中にあってまだまだ食べることすら難しかった明治時代。全国各地から来た入植者たちにとって、気候も文化も違う東北での開拓生活は想像に難くない。開拓で疲れた人々の心を和ませるため、開成山をはじめ、池や道路のまわりにも「花木幾万」を植えることを定めたことで、百余年経っても市民の目を楽しませている。

▲夜桜もまた美しい ※郡山市観光協会ウェブサイトより

●東北の春はもうすぐ

開成山公園の染井吉野は、日本の桜の歴史を知る上で貴重な存在だ。当時植えられた桜約4000本のうち、植林等を経て現在園内にある桜は現在約1300本。日本最古の染井吉野を含め、一斉に咲き誇る桜の景色は圧巻だ。夜にはライトアップも行われ、幻想的な雰囲気を楽しめる。
開花時期は、例年4月上旬~中旬。近代郡山の発展の礎となった安積開拓の歴史と郡山の発展をみつめてきた日本最古級の染井吉野は、これからも私たちを見守ってくれることだろう。

昆愛

昆愛

福島県郡山市

第4期ハツレポーター

埼玉県川越市出身。前住地は山形県鶴岡市。会社員のかたわら、地域資源の掘り起こしとその魅力発信活動に取り組む。2023年、「誰もいなくなった町。でも、ここはふるさと~原子力発電所と共存するコミュニティで“記憶”と“記録”について考える【福島県双葉郡富岡町】」で本サイトのベスト・ジャーナリズム賞を2年連続受賞、また、天文活動の報告・交流等を目的としたシンポジウムでの発表「東日本大震災における津波で被災した月待塔の追跡調査について」で渡部潤一奨励賞受賞。

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