
横浜市内のお寺の本堂でヨガ教室「Yoga’s ミトラ」を主宰するYOKO先生。
3人の子育てをほぼ一人でこなす日々の中で、体はいつも疲れていたという。多くの母親がそうであるように、その疲れに気づくこともないほどに忙しい日々だった。疲れていることにも気づかず毎日をこなしている人は多いのではないだろうか。
体調不良が重なっていく中で、「体を整えたい」と軽い気持ちで始めたヨガが、日常を少しずつ変えていった。ヨガを通じて、立ち止まり自分と向き合うことを知ったそうだ。ヨガとの出会いは彼女をどう変えたのか、お話を伺った。
目次
お寺の本堂で行うヨガ。日常を忘れる特別な時間
横浜市内の住宅街にたたずむ観音寺。山門をくぐると、車の音がふっと消える。掃き清められた参道を歩き、本堂に足を踏み入れると、お香の香りが静かに迎えてくれる。静寂と神聖さが漂うその空間で、訪れた人たちは自然と日常を忘れていく。

金色に輝く仏像の前で、そのレッスンを導くのがYOKO先生だ。柔らかな笑顔とエネルギッシュな声。旧友のように感じられる雰囲気を持っている。
「ここに来るだけで、心が落ち着きます。お寺という場の力は本当にすごいですね」とYOKO先生は話す。
この教室は40代・50代の女性だけを対象にした、ちょっと珍しいヨガ教室。小さなレッスンからスタートしたこの教室が、今やお寺の本堂を舞台に、多くの女性の心と体を整える場所になっている。
でも、ここにたどり着くまでの道のりは、決してまっすぐではなかった。
エアロビクスに夢中だった20代。ヨガには「つまらなさ」を感じていた
20代前半からスポーツクラブが大好きで、特にエアロビクスには夢中になったそうだ。ヨガもやったことはあったが、正直「少しつまらない」という印象だったという。音楽に合わせて動く運動のほうが性に合っていた。とにかく体を動かすことが好きだったのだ。
しかし双子出産後、体調は大きく崩れた。夫は出張が多く、月の半分は不在。3人の子どもをほぼ一人で育てる日々は過酷を極めたそう。肩こりや腰痛は当たり前、慢性的な睡眠不足で常に疲れ切っていた。ホルモン値が崩壊し、出産後1年半たっても生理が戻らず、漢方薬を6年間飲み続ける生活に。花粉症とハウスダストのアレルギーは年々悪化していったそうだ。
「万年疲れていたんですよね。でも当時は、それが当たり前だと思っていたし、疲れていることにすら気づいていませんでした」
子どもがジャズダンスを始めたのをきっかけに、YOKO先生自身もダンスに夢中になった。体は動かしているのに、なぜか体調は良くならない。疲れは取れず、アレルギー症状もどんどん強くなっていった。
そのとき、ふと思った。「体を本当に整えるには、つまらないと思っていたヨガがいいのかもしれない」。その思いからヨガスタジオに足を運んだ。
ふと立ち寄ったヨガスタジオ。初めて心が静まった
このヨガスタジオへの参加が、YOKO先生の日常を少しずつ変えていくきっかけになった。
「レッスンの最後にシャバーサナ(仰向けで全身の力を抜くポーズ)があるんですけど、もう感動してしまって。その先生のしゃべり方や間の取り方、空気感に引き込まれました。初めて、心が静まり、自分の中に戻ってきた感じがしたんです」
立ち止まることが苦手だった彼女が、初めて「立ち止まる気持ちよさ」を知った瞬間だった。彼女にとって、自分の呼吸と向き合う時間は初めての体験だったという。
その心地よさを味わいたくて続けていくうちに、体にも変化が現れた。6年間薬を飲み続けていた生理不順が整い、自然に戻ってきた。側湾症による背中の左右差もほとんど気にならなくなり、慢性的だった腰痛も和らいだ。アレルギーも以前より軽くなっていた。続けるうちに、気づいたら少しずつ体が整っていたのだ。
「治そうと思ってヨガを始めたわけじゃなかったから、本当にびっくりしました。ただその先生が好きで、気持ちがいいから通い続けていただけなんですよ」
他の先生のヨガも経験したが、この先生の教室は居心地がよかった。なぜこんなに心地いいのか、先生のやり方を自分なりに吸収していった。その積み重ねが、今のYOKO先生のヨガに生きている。

心の持ち方まで変わった。「今、この瞬間」を大切にする生き方
変わったのは体だけではなかった。心の変化も大きかったそうだ。以前は、何かを決めるときに、世間体や常識、後悔や執着、あるいは未来への不安から選んでしまうこともあった。でも今は、「私は本当はどうしたいのか?」と、一度立ち止まって自分に問いかけるようになった。
ヨガには「今、この瞬間を大切にする」という考え方がある。過去でも未来でもなく、「今、自分にできることに集中する」その積み重ねが、心をとても軽くしてくれた。
そしてもう一つ、自分にとってのちょうどいいバランスを探すようになった。頑張りすぎず、でも怠けすぎず。無理をしないけれど、あきらめない。その中間の、自分にとって心地のいい場所。
「ヨガは、体を整えるだけでなく、生き方そのものを整えてくれるものだと感じています」とYOKO先生は話した。
「ただ、伝えたい」から始まったヨガ教室
「この体と心の気持ちよさを周りの人にも伝えたい」。YOKO先生の心に、一つの思いが芽生えた。
当時、ヨガを知っているママ友は周りに一人もいなかった。友人にも自分と同じ気持ちを味わってほしいという純粋な衝動で、YOKO先生はインストラクターの資格取得を決意。
最初のレッスンは、数人のママ友を集めた小さな会館。ささやかなヨガ教室の始まりだった。

その後、地域での活動を通じて少しずつ名前が知られるようになり、口コミで自然と生徒が集まっていった。ここに、彼女の厚い人望と人柄の良さが垣間見える。
迷ったときは、いつも初心に戻る
徐々に生徒の数は増えても、YOKO先生の軸はぶれない。
「私は元々、近所のママ友に教えたくて始めました。それを思い出すと、電車に乗ってまで遠くの人に教えに行きたいのかな?違うよな、という答えが出るんです」

自分が何をしたいのか、原点に立ち返る。迷ったときはいつもそこに戻る。その哲学は、仕事だけでなく、人生のあらゆる場面で支えになっている。「執着しない」「今を受け入れる」というヨガの考え方は、子育て中にぶつかる反抗期など、子どもとの向き合い方にも役立った。
なぜ「40代・50代限定」にこだわるのか
今の教室は「40代・50代限定」。それには深い理由がある。
「同年代だからこそ、更年期の話も、子育ての悩みも、自分ごととして寄り添えます。私自身もこれから年齢を重ねていきます。その中で、できるだけ長く健康で元気に過ごしたい。いわゆる”健康寿命”を伸ばしたいという思いがあるんです」
YOKO先生は、ヨガは「予防医学」だと考えている。40代・50代は、まだ大きな不調が出ていない方も多い世代。痛みが強く出てから体を整えるのは、とても大変だ。けれど、まだ元気なうちに少しずつ整えていけば、将来の不調を減らすことができる。
「ヨガを通して、忙しい毎日の中に、自分を大切にする時間を取り戻してほしいんです。また、この先の人生を、痛みや不安に振り回されるのではなく、いきいきと楽しんでほしい」
よくあるのは、「ヨガはやってみたいけれど、オシャレなウェアを着た意識の高い若い女性が多そうで行きづらい」という声。40代・50代の女性に特化していることは、そういった声に対してヨガを始めるハードルを下げることにもつながっている。
レッスンでは「無理をしないで、今の自分に合わせる」ことを大切にし、ポーズも一つの形だけを目指すのではなく、段階的に選べるようにしている。その日の体調や体力に合わせて選択できる進め方が重要だと考えているのだ。
レッスン前後には必ず全員と話す。体の不調、心の悩み、職場でのストレス——話すことでお互いを理解し合い、その内容をレッスンのテーマや声かけに反映しているという。
ヨガの型をこなすだけの教室は目指していない。一人ひとりへの細やかな気配りが、生徒との信頼を育む。それが、YOKO先生が大切にしているヨガの精神だ。
8年の信頼。「寺ヨガ」だからこそ生まれる場の力
観音寺でヨガ教室を始めたきっかけは、ご縁からだった。
8年前から、観音寺の奥様がYOKO先生の会館でのヨガに通ってくださっていた。長く一緒にヨガをする中で、信頼関係が少しずつ築かれていた。
何か新しい形で生徒さんに喜んでいただけないかと考えていた中で、「お寺でヨガを開催できたら」とお話ししたところ、お寺側も「地域の方にもっと気軽に足を運んでほしい」という思いをお持ちだったため、寺ヨガの定期開催へとつながった。
お寺の本堂で行うヨガは、一般的なスタジオやオンラインとは、やはり空気感が違うという。
「スタジオには機能的な良さがあり、オンラインには気軽さがあります。けれどお寺には、『場の力』があります。ヨガを始める前から、すでに心が整い始めている。それがお寺の本堂という空間の力だと感じています」
日常とは違う時間が流れる空間。本堂の奥には仏様がいらっしゃり、金色の装飾がきらきらと輝いている。その空間に身を置くだけで、とても神聖な気持ちになる。
お寺だからこそ生まれる、特別な時間。ここに寺ヨガの大きな魅力がある。
楽しみながら一緒に年を重ねたい
教室名「ミトラ」はサンスクリット語で「友達」「仲間」を意味する。先生と生徒という上下関係ではなく、人生を一緒に歩む仲間として、同じ方向を向いていたい——そんな思いが込められている。
「実際に、10年以上通ってくださっている生徒さんもいます。お互いに年齢を重ね、体や環境が変化していく中で、その時々に合わせながら、一緒にヨガを続けてきました」
生徒さんの心と体の変化に寄り添いながら、ヨガを通して一緒に年を重ねていきたい。そんな願いを込めて「ミトラ」という名前を選んだそうだ。
現在は、新しい挑戦もしている。生徒からの「夜のレッスンをやってほしい」という声をきっかけに、お寺の本堂で夜のヨガと住職による座禅を組み合わせたイベントを、2026年新春に開催した。

「夜の本堂に入ったのは初めてで、私がいちばんテンションが上がってしまって。住職さんの座禅との掛け合わせが、格別でした」
イベントは思いつきから生まれることが多いという。決め事にしてしまうと義務になる。心が動いた時に動く。そして、自分が誰よりも楽しむ——それが彼女のスタイルだ。

「嫌なことを無理してやっていたら、絶対続いていなかった。自分が楽しいから、その楽しさが周りに伝わると思っている。それだけなんですよ」
やりたいことは、最初からあったわけじゃない。走り続けた先に、偶然出会ったヨガ。自分の心に正直に動き続けた結果が、今の彼女をつくっている。
「同じように日々をがんばっている同世代の女性たちと同じ空間で過ごす時間は、”私だけじゃない”と感じられる、あたたかい安心につながります。お寺のやさしい静寂の中で、何かを頑張るのではなく、まずはただ、心と体をゆるめるところから始めてみてほしいですね」
最後にこう話してくれたYOKO先生の優しい笑顔が印象的だった。





