
最近「食の安全性」を気にする方が多くいると聞きます。とくに毎日食する農産物には農薬や化学肥料などの化学物質が残留するリスクが指摘されており議論の対象となっています。今回は、これら心配されている農薬や肥料を一切使用しない「自然栽培」で野菜を育てている専業農家の方に話を聞くことができました。自然栽培の課題とは何か、また自然栽培を始めたきっかけなど、その経緯やこの先の展望などについても話を伺いました。
目次
昨年のアンケート調査、半数以上の人が「食の安全に不安を感じている」
様々な製品が生み出され海外への輸出入が増加している昨今、我々が毎日食べている食品もその例外ではありません。このような現代社会の仕組みの中に生きている我々生活者の中には、「食品の安全性」に気を配る方が多いと聞きます。
FNNプライムオンラインに掲載された2024年6月に行われたアンケート調査(出典:https://www.fnn.jp/articles/-/723207)では、半数以上の人が「食の安全に不安を感じている」と回答しており、その事柄についての上位項目5つは、回答の多い順に以下のようになっています。
- 添加物
- 輸入食品の安全性
- 残留農薬
- 遺伝子組み換え食品
- 食品表示の偽装
農産物においては、農薬以外に化学肥料の使用に対する懸念の声があるため、最近ではオーガニック野菜などが好まれ人気となっています。
通常オーガニック農産物とは、化学的に合成された物質を使用せず、農水省などが定める規定に適合する(一般的には)天然物由来の物質を、肥料や土壌改良材として使用し生産した農産物のことを指します。
一方、本日記事に取り上げるのは、肥料や農薬を使用しない「自然栽培」で農産物を生産している専業農家の方です。筆者は恥ずかしながら、無農薬だけならまだしも、無肥料で野菜が育つとは全く知りませんでした。
まずは自然栽培農場の様子を拝見
茨城県取手市で専業農家をしている佃文夫(つくだふみお)さん。「自然栽培」一筋で野菜を育てること30年の大ベテランです。始めた頃は、自然栽培農家は周りにほとんどいなかったとのこと。現在は以下の写真にあるような畑で年間30種類に及ぶ様々な野菜を育て販売しています。

上の写真の手前の方で葉が出て育ち始めているのは白い花が咲くカモミール。こちらは今年初めてのトライだそうです。奥にはジャガイモなどが植えられており、少し芽が出始めたところでした。

カモミールはまだほとんどの株で花が咲いていませんでしたが、ほんのごく一部、早咲きの株にかわいらしい花が咲いていました。カモミールは花の部分を収穫し、そこからオイルを採取するのだそうです。

こちらにある黄色い花はなんと「チンゲンサイ」の花!初めて見ましたが、チンゲンサイってこんなきれいな花が咲くのですね。菜の花かと思ってしまいました。こちらは交雑*防止ネットの中で栽培されていました。
(交雑*:遺伝的に異なる系統との交配をすること。交雑防止ネットとは、異なる系統の花粉がついた虫や小動物が近づいて交雑してしまうことを防止するネットのこと。)
無肥料・無農薬でも野菜は育つ。では自然栽培の課題は?
筆者にとってのそもそもの疑問は「無肥料で野菜は育つのか?」ということでした。
結論からいうと答えは「Yes」。実際に自然栽培の専業農家で生活している方がいるのです。
植物は太陽からのエネルギーを利用して光合成をすることで、エネルギーに変換可能な栄養素を自ら作り出すことができます。
また、土壌中にはたくさんの微生物が存在し、これらが土の中にある有機物を分解して植物の助けとなる成分を生み出しています。さらには、空気中の窒素をアンモニアに変える微生物がいることも知られているのです。
また、自然栽培では種(タネ)も自然栽培で採種します。その土地で自家採種を続けることによって、その植物は肥料が与えられていないその土地の環境に次第に順応していき、その土地にあった系統のタネが作られていくと考えられています。
このような複雑な過程については、最先端の研究でも十分に分かっていないことがまだまだあるらしく未解明のことが数多くあるようです。
ですから、条件が整えば、無肥料でも野菜は立派に育つのです。
では「自然栽培の課題」とは何でしょうか?佃さんに直接伺ってみました。
1)一つ目の課題:個人差
佃さん:「自然栽培の課題は、いくつかあります。まず一つ目が、栽培する人のやり方によって、その収量に『大きな差』が出てしまうことです」
現状この植物の生育に関する条件、栽培のために必要な条件・メカニズムは全体としてはまだ分かっていないことが多いため、自然栽培をやりたくても、収穫量がすごく低くなってしまう場合がよくあるそうです。
その一方でうまくできる人もいる。例えば稲作でいうと水田一反あたり8~10俵と、通常の農法(以下「慣行農法」)と同等の平均収量を得ている農家もあるのです。
この件に関しては、今後自然栽培において重要な要件は何であるのか、具体的な事例・実績の蓄積と農業に関する研究による解明が待たれます。
2)二つ目の課題:流通のための仕組み
佃さん:「課題の二つ目は、形や大きさがバラついていて量も少ない農産物を、買い取って流通させる仕組みが普及していないことです」
現在、とくに人口の多い都市部においては、大型のスーパーマーケットなどで農産物を購入するケースが多いと思います。この仕組みは、大量生産・大量消費型の社会においては便利で価格も安定しやすいシステム。
一方、この現在の仕組みに適合させるためには、継続的・安定的な大量供給、画一的な規格などの要求を満たす必要があります。
そのため「自然栽培」のような限られた生産者が生鮮食料品である農産物を販売するケースでは、このような現在の仕組みに極めて乗りにくいという事情があります。
逆にいうと、少子高齢化が進む先進国日本においては、市場のニーズも
・「量」から「質」への転換
・より新鮮なもの、安全なものを求める声
・画一的な品種の「大量安定供給」からより地域性・希少性のある「多品種少量生産」へ
と変化してきていることも考えられ、従来の仕組みに替わる「多様性」を重視した新たな販売システムが必要とされている可能性があります。
もしこのような「多品種少量生産」に適した仕組みが開発されていくとすれば、「自然栽培」にとって大きな課題となっていた流通の問題は、徐々に障害とならなくなるかもしれません。
このように現在の状況を自然栽培で置き換えていくには、生産者側の課題だけでなく流通の仕組みや消費者側の理解など、多面的なアプローチが必要となっているようです。
また、現状課題はありますが、慣行農法、オーガニック農法とともにその選択肢を増やし、その特徴をうまく組み合わせていくことによって、消費者の要求をより満たすことができるようになるかもしれません。
自然栽培を始めたきっかけは「やってみたらすごく楽しかった」
佃さんが自然栽培を始めるきっかけとなったのはまだ大学生の頃。自然栽培を始めてみようというある活動があり、それに参加したのがきっかけでした。農業には全く縁のない生活でしたが、実際にやってみたところ、これがすごく楽しかった。すぐに本格的に農場を借りてやろうとしたのですが、農場がなかなか見つからない。農家の方や役場にまで問い合わせて散々探した結果、3年後にようやく今の土地が見つかりました。
当たり前のことながら最初は収量も安定せず、とても専業という訳にはいかないため、昼は農業、夜は寝る間を惜しんで羽田空港で清掃作業のアルバイト。そんな生活がしばらく続いたといいます。
一つの転機となったのは、徳島県の自然栽培農家で受けた2カ月ほどの研修。このあと生産量が安定するようになりました。
一方、生産ができたところで販売先がなければ生活は成り立ちません。通常のスーパーなどの大型店舗では、大きさや形など規格がそろった大量の農産物を扱うことになるため、個人経営農家ではなんとも対応できません。
ところがちょうどその頃、全国的に同じような取り組みをしている人たちが協力して活動を行い、組合的な集まりで販売先を確保するのを熱心に進めていく状況が生まれました。
その後紆余(うよ)曲折はありながらも、品質、量、納品の頻度、価格など、消費者の要求に合わせる努力を積み重ねた結果、個人宅配などを含め、現在はこれ以上生産を増やせないところまで販売を広げることができました。我々にとっては残念ですが、現在新規の受注はしていないそうです。
自然栽培で育つ野菜の新たな品種を開発し共有の財産へ
佃さんが現在とくに力を入れているのは、誰がやっても自然栽培で収穫できる「大根」の新しい品種を開発すること。自然栽培で育てた大根から優良な株を選択して種を採り、何世代もかけて改良を重ねることで品質と収量ともに安定した品種を確立できる可能性があります。
佃さん:「今普通に食べている大根も、昔の人がさまざまな工夫をして味も収量も優れる品種へと改良を続けてくれたおかげで我々がそれを食することができています。様々な恩恵を受けて今自分たちは生きている。だから将来の世代にも我々現世代が何かを残していく必要があると思っています」
佃さん:「現在具体的に取り組んでいることは、自然栽培で育つ野菜の新品種を開発して登録までもっていくことです。そしてそれが出来たらその権利を自分だけのものにするのではなく広く一般に開放する。そうすれば、誰でもその野菜を自由に育てていいことになります。そうして将来何世代にもわたって自然栽培で収穫できる野菜、それが新たな「伝統野菜」として愛されるものになる。そんなことが出来たら最高ですね」

この件の背景には、2020年に一部改正された日本の「種苗法」の問題があります。
登録品種を開発した人の権利を保護する目的で一部改正となった本法律には
- 国外への流出防止
- 自家増殖に許諾が必要となること
などが追加されました。
新たに開発され登録された品種については、自家採種(自家増殖)することを開発者の許諾なしにはできなくなったため、栽培農家にとって大きな制約になる可能性があり、様々な議論がなされています。
しかしながら、開発者が育成する権利を解放すれば、誰でも自由に自家採種ができるようになります。
佃さん:「新たに開発・登録された「新品種」がやはり注目されがちですが、これらは多くのコストをかけて開発した人の権利を守るため、だれでも自由に育てることはできなくなっています。しかし「タネ」というのは元々自然界でつくられたもの。つまり本来は「公共性」のあるものだと思うのです。自然栽培で新品種を開発・登録し、それをだれでも利用できるものにする。それは現在の種苗法の範囲の中でも可能なことです」
佃さん:そして「共有財産としてのタネ」、「タネというものの公共性」について今一度考え直してみる。それは現在だけでなく、将来の世代に渡っての「公共財」となり得るものです。そういう連綿と続く「つながり」の中で私たちは生きているのではないか。そういうことを、自然栽培を続ける人間として一つの「メッセージ」として多くの人に伝えたい。そんなことを考えながら新品種の開発に取り組んでいます」
自然栽培がうまくいく人・いかない人、その違いは?
佃さん:「自然栽培で成功するために何をすればいいのか、実際に家庭菜園などで取り組んでいる方を含めて色々な相談を受けることがあります。自然栽培は個人差がたいへん大きく、1年目からうまくいく人もいれば、全然収穫できない人もいる。色々話を聞いているとある『共通点』があることに気付きました」
佃さん:「うまくいかない人の共通点は、『自分』があれをしたい、これがしたいと考えているということ。自然栽培でトマトをつくりたい、キャベツをやりたい、あれをしたいこれをしたい…。でも野菜を育てるのは『土』であり、『自然環境』なのです。だからうまくいく人はその大前提に逆らわない。その場所の『土』に適したことをする。同じ農場でもあっちの端とこっちの端では、うまくできる野菜の種類も違うのです」
佃さん:「自然栽培をやっていると、野菜は自らの力で育っていくのを目の当たりにします。つまり農業従事者が育てているのではなく、そこにある『土』が、そしてそれを取り巻くこの『自然環境』が育てているという感覚になります。農業従事者は、いつ、どこに、何のタネを蒔くか(または苗を植えるか)その選択をするだけです」
この話を伺って筆者は驚きました。これって自然栽培に限らず「凡(すべ)てのことに通ずる」ことなのではないでしょうか。
「自然の道理・法則」に逆らって人間の一方的な都合で何かを無理くり進めても、やはり結局は行き詰まる。それは大前提にあることを見落としているからですね。
考えてみれば日本は古くから、自然からの恩恵に感謝し、自然を崇拝して生きる姿勢の中で暮らしてきたと思います。残念ながらその感覚は、現代社会の生活の中でだんだん失われてしまいました。
今回自然栽培を長く続ける佃さんの話を伺って、その感覚の大切さに改めて気付かされました。
以上たくさんの話を伺うことができて大変勉強になりました。新しい品種の開発と登録、今後のご活躍とご成功をお祈り申し上げます。


情報
自然栽培「佃農園」
住所:茨城県取手市小堀3948