「墨は生きている」その生命に応える書家の一筆の臨界点【秋田県秋田市】

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▲後日届いた展示会のお礼のハガキ、佳奈さん直筆「感謝」


2025年5月24日、秋田市の歴史ある町家「旧松倉家住宅」で開かれた、書家・毛筆デザイナー佐藤佳奈さんの展示会。文字でありながら、文字を超えた作品の数々が並んだ。

作品は、自然や天地のめぐりを感じさせる「書」であり「アート」。
その世界観にふれようと、多くの人が足を運んだ。

▲名刺も佳奈さんの直筆

目に見えないものを描く

秋田の自然のなかで五感を研ぎ澄ませて育った佳奈さんが心をひかれたもののなかには、例えば目には見えにくい「風」がある。

「田んぼを渡る風が、稲の波になって見える瞬間がとても好きでした。でも、その風そのものは形がない。どうにかしてそれを表現したいと思ったんです。風などの自然の表情を表すときは、墨を含ませた筆を思いきり振り払い描くこともあります」と佳奈さん。

その動きも彼女の現在の表現活動のひとつになっている。

生きている墨の命に応える一筆

▲佐藤佳奈さん

「墨って生きてるんですよ。時間が経つと腐るし、寒いと固まるんです」と佳奈さんは笑う。実は、自ら摺(す)る墨には、市販の墨汁とは違って、膠(にかわ)という動物性のタンパク質が含まれている。

「摺ってから時間が経つと、変質してしまうんです。気温が高いと腐ってしまうこともあるし、寒すぎるとゼラチンのように固まってしまうこともあるんです」

そのため、気温の高い夏季は時間との戦い。また、厳冬期は硯を温めながら筆をとることもあるのだそう。

自分の中でイメージが湧き上がった瞬間と「生き物」である墨の良い状態、そのごく限られた瞬間にしか作品は生まれない。

まさに、墨という生きものとの即興的な対話。
「だからこそ、最初の“ひらめき”が宿る一筆で決まることが多いんです」佳奈さんの直感が走るその瞬間に、墨が応えてくれる。


そのわずかなタイミングにこそ、作品の命が宿る。それが佳奈さんの一筆の臨界点だ。

“ひらめき”をうけとめるキャンバス

▲柿渋を塗った和紙を表具したものにしたためた「風神」


もう一つ大切な要素が、その時の“ひらめき”をうけとめるキャンバス。

「今回の展示では、柿渋を塗った和紙を表具師さんに額装してもらったものに書くという新しい挑戦をしました。これが、墨との相性が本当に良かったんです」と、佳奈さん。

筆も墨も柿渋も、それぞれが自然から生まれたもの。自然同士がまるで仲良くしているようななじみ方を見せ、紙の上に思わぬ表情が浮かび上がった。

「緊張感が、逆に墨の一筆に命を吹き込んでくれる時もあります」

一期一会の素材と一瞬の感覚、そのかけ算が佳奈さんの作品世界をつくっている。

生きる書、人生を映す筆

佳奈さんはただ文字を書くのではなく、自然と一体になり、空気の中に踊るように筆を走らせる。時には空に向かって、時には足元の風に語りかけるように。

Instagramに投稿された動画にもその世界が映し出されており、思わず目を奪われる。

佳奈さんがこれまでに何度も何度も書き続けているのは「日々是好日」。

そこには「どんな日もかけがえのない一日」という意味が込められている。人生の中で円のようにめぐる日々、人と人とのつながりや心のゆらぎ。筆を通じて、そのすべてを受け止め、作品に昇華させている。

真っすぐに表現する佳奈さんのその姿は、かっこよくて、愛おしくすらある。

一筆一筆に宿る命。それは、佳奈さんの人生そのものでもあるかもしれない。

※写真は1枚目のみ7月5日撮影、その他はすべて5月24日筆者撮影

情報

佐藤佳奈さんInstagram:https://www.instagram.com/1kanasato5/
fu-de-sign(フデサイン):http://fu-de-sign.com/

天野崇子

天野崇子

第1期ハツレポーター/1968年秋田県生まれ。東京の人と東京で結婚したけれど、秋田が恋しくて夫に泣いて頼んで一緒に秋田に戻って祖父祖母の暮らす家に入って30余年。

ローカリティ!編集部のメンバーとして、みなさんの心のなかのきらりと光る原石をみつけて掘り出し、文章にしていくお手伝いをしています。

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