天国から地獄まで歩く旅―孫悟空の伝説が息づく五行山【ベトナム・ダナン】

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ベトナム中部のリゾート都市、ダナンといえば、美しいビーチを思い浮かべる人が多い。しかし、その印象だけで旅を終えてしまうのは少し惜しい。市街地から車で20分ほどの場所にある五行山は、自然と信仰、そして物語が交差する特別な場所である。

五行山は、五つの大理石の山から成り立つ小さな山群である。そのため英語では「Marble Mountains」とも呼ばれている。遠くからは穏やかな丘のように見えるが、一歩足を踏み入れると、そこにはまったく異なる世界が広がっている。

孫悟空が封じられたという伝説

この山には、中国の古典『西遊記』に登場する孫悟空が、かつて封印されていたという説が語り継がれている。直接の史実的な関係は確認されていないが、洞窟の中に入ると、その話にどこか納得してしまうような空気がある。

岩肌に囲まれた空間に、天井から差し込む光。静かにたたずむ仏像。フィエンコ洞窟(写真)は、五行山の中で最も天井が高い洞窟。ベトナム戦争時の空爆によってできた天井の穴から差し込む光が、幻想的な空間を作り出している。

この神秘的な光景は、まるで神話の一場面に入り込んだかのようだ。観光地でありながら、どこか現実から切り離された感覚を覚えるのが、この場所の不思議な魅力である。

ベトナムの世界記憶遺産

さらにこのダンジョンのような洞窟には、考古学的な宝がある。

世界記憶遺産に登録されたベトナムの古い文字、チューノムと漢字の混合碑文である。

チューノムとは、かつてベトナム語を表記するために用いられていた文字体系であり、漢字をもとにしながら、ベトナム固有の語彙(ごい)や発音を表現するために生み出されたものである。漢文の中に紛れ込むようにして書かれることも多く、古い資料ほどその判別は難しいとされている。

実際、この洞窟に残る碑文にも、漢文の形式をとりながら、その中にベトナム語の地名や人名、さらには数字や単位などがチューノムで書き込まれている。異なる言語体系が一つの石の上に共存している様子は、この地が多様な文化の交差点であったことを物語っている。

天国から地獄へ―洞窟が描くもうひとつの世界

五行山の洞窟を進んでいくと、やがて空気が変わる瞬間がある。光に包まれた仏像の世界から一転し、足元は暗く、湿った空気が肌にまとわりつくようになる。

そこに現れるのが、“地獄”をテーマにした空間である。

洞窟の奥には、罪を裁かれる人々や、苦しみの中にある姿を表現した像が並ぶ。決して派手な演出ではない。むしろ静かで、逃げ場のないような空気が漂っているのが印象的である。

ベトナムの仏教文化には、死後の世界における「裁き」や「輪廻(りんね)」の思想が根付いている。五行山のこの空間も、その一端を視覚的に表現したものではないだろうか。善い行いと悪い行い、その積み重ねがどこへ向かうのか。そんな問いを、言葉ではなく空間そのもので突きつけてくる。

興味深いのは、この“地獄”が、単なる恐怖の演出ではないという点である。ここを通り抜けた先には、再び光の差す空間や外の景色が待っている。つまりこの体験は、「地獄に落ちること」ではなく、「そこを通過すること」に意味があるように感じる。

天国のような光と、地獄のような闇。その両方をひとつの山の中で体験するからこそ、五行山の印象は強く残るのだろう。

大理石と石灰岩の山が生み出す、もうひとつの楽しみ

五行山が特別なのは、その地質にもある。この山は大理石と石灰岩から成る岩でできており、古くから石材の産地として知られてきた(現在は、採掘が禁止)。山のふもとには工芸品の店が数多く並んでいる。

仏像や彫刻、小さなアクセサリーまで、その種類は実に多彩である。手作業で丁寧に仕上げられた作品は、どれも表情が異なり、見ているだけでも飽きることがない。

旅の記念として何かを持ち帰るなら、この土地ならではのものを選ぶのもひとつの楽しみ方である。

自分のペースで味わうか、ツアーで広く知るか

五行山の楽しみ方は、大きく二つに分かれる。ひとつはローカルツアーに参加する方法である。英語に堪能なガイドが案内してくれるため、背景にある歴史や文化を理解しながら効率よく回ることができる。

もうひとつは、個人でゆっくりと歩く方法である。洞窟の中で立ち止まり、光の変化を感じたり、静かな時間を味わったりするには、こちらの方が向いている。写真をじっくり撮りたい人にもおすすめである。

ダナンの海が「開かれた美しさ」だとすれば、五行山は「内へと向かう美しさ」である。

孫悟空の伝説が語られる大理石の山。その中を歩き、光と闇を体験する時間は、日常から少し離れ、自分の内面に目を向けるきっかけを与えてくれる。

ビーチだけではないダナンの魅力を知るために。五行山は、その静かな入口となる場所である。

※写真は全て筆者が撮影(2026.03.22)

阿部宣行

阿部宣行

インドネシアはジャカルタ在住。長年お世話になった東北や旅して回った国々の記事を執筆しています。
ローカリティ受賞歴:
ハツレポグランプリ2025 副編集長・丸山賞
写真受賞歴:
東京カメラ部×FUJIFILM10選 - Colors Like Film -フォトコンテスト2025
Fun,Fan,Find青葉 Fコン2025
仙台朝市銀座UNフォトコン2025
やっと連仙台 阿波踊りフォトコン2024
ウズベキスタンフォトコン2024

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