
永山和宏さんは、周りから「かずにゃん」と呼ばれている。
LGBTQという言葉ではくくれない自分を、「LGBTQの“K”(かずにゃんのK)」と表現する。
かずにゃんは東京生まれの東京育ち。幼い頃から自分のことを心からは受け入れられずにいた。そんなかずにゃんが秋田に移り住み、温泉水と出会い、化粧品を作ることになり、それをきっかけに少しずつ人生が動きはじめた。
目次
「自分はなんだか人と違う」
「小さい頃から、自分はなんか人と違うなってずっと感じていました。」
かずにゃんは、子供の頃からいつも抱えていた違和感があった。
体は男の子でありながら、男の子とうまく馴染めず、遊び相手はいつも女の子。
そして、なぜか好きになるのは男の子。
その一方で、自分の体が男であることに違和感はなかったという。
女友達とは仲良くできるけれども、時には一部の人からからかわれたりすることも。
大人になるにつれ、どういった立ち回りで過ごせばいいかわからず、
「キャラは確立してきたけど、馴染むまでがめんどくさい。合わない人もいる。だから極力しゃべらないようにしてたし、自分を出せなかった」
一度の人生「自分のために生きたい」

そんなかずにゃんが自分を心から肯定できる時間、それは歌を歌っているとき。
自分を表現できる唯一の時間だった。
「自分の人生、自分のために生きていきたい」
高校生の頃発生した東日本大震災をきっかけにそう思うようになり、自分を表現できるシンガーソングライターになろうと決めた。
そして高校を卒業後「Ai-Fi(アイファイ)」として音楽活動をはじめた。
「自分のために生きる」ことで見えてきた現実との折り合い

朝晩とアルバイトと並行しながら音楽活動を続けていたかずにゃん。これまでもそうだったように、やはりその頃も自分を隠すことが多かったという。
「どこかしら窮屈さを感じていました。ほんとに自分らしく生きられるのかなって」といつも頭から離れなかった。
それでも自身のことを音楽にのせて発信することはやめなかった。
25歳のタイミングで個人で事務所も立ち上げた。しかし、その先に見えてきたのはお金の問題。経営のやり方もわからず、負債が増え音楽活動を続けることも危ぶまれた。
20代後半になったかずにゃんは、音楽活動を大きくするための資金をなかなか稼ぐことができず、「手に職をつけてお金を稼がないと」と焦りを感じはじめた。
秋田で「自分を肯定できる場所」を見つけた

そんなとき、友人から紹介されたのが秋田県東成瀬(ひがしなるせ)村にあるIT企業、東成瀬テックソリューションズ株式会社(以下、なるテック)の立ち上げの話だった。
なるテックは、高齢化著しい東成瀬村を舞台に、人・地域・テクノロジーをかけ合わせて、社会課題の解決と人生の自己実現を目指している会社だ。社長の近藤純光(じゅんき)さんと、自身のこれまでのできごとや、なるテックの取り組みなどを話し、意気投合。
「“ここでなら何か変われるかもしれない”と思ったんです。もう後がない、っていう感覚で飛び込みました。会社の立ち上げメンバーっていうのもなかなかないし」
それが、秋田への移住と新しい人生の始まりだった。人口約2,400人、コンビニは1軒、雪も多い。東京とは全く違う環境。でも、彼は迷わなかった。なるテックではライターとしてのキャリアを積み、「手に職をつけたい」という夢を叶えた。
そして、村人の美肌の秘訣、たまたまその頃通っていた村内の温泉の泉質の良さに自分の肌が見違えるようになった感覚を得た。
「化粧品を作れるかも」
そのひらめきから、「マーケティングを実践できる場所がほしい」と社内に提案し、自らスキンケア事業を立ち上げることに。
なるテックの会社のコミュニティでは、過去の経歴や背景を気にせず関わり合う風土があった。

「自分の“好き”や“得意”を生かすことができた。“無理してやらされる”んじゃなくて、やりたいことを自分で考えることができた。そして何より自分のことを話していいんだ、ってここに来て初めて思えた」
秋田の温泉水、秋田で出会った人たち、そしてなるテックのメンバーたち。
そのすべてが、かずにゃんの“ありのまま”を、まるごと受け入れ、次につながる一歩を後押ししてくれた。
アカウル誕生。「自分を大切にできる」プロダクト

そんななか、かずにゃんのスキンケアブランド「akaulu(アカウル)」は生まれた。
これまでの経験をもとに「自分を大切にする」ことをテーマとして、ジェンダー・エイジフリーで誰もがどんな場面でも使えるスキンケア製品を作ることに専念した。
肌が敏感で、市販の化粧品が合わなかったかずにゃん。温泉水の成分と自身の肌に向き合い丁寧にスキンケアすることを続けていくうち、自分を肯定し自分に優しくなれた。
東成瀬村の温泉水を使用した「akaulu(アカウル)」をただの観光みやげで終わらせないように、スキンケア製品としてもしっかりと戦えるもの。敏感肌や赤ら顔といった“取りこぼされがちな悩み”に向き合う処方を施した。
さらに、製造は秋田県内の工場に依頼し、「すべて秋田でつくる」ことにもこだわった。
「もちろん事業はLGBTQや次世代への個人的な意義もある。けれども、それ以上にやるからには東成瀬村や秋田県などの地方課題の解決にもつながる製品設計にしたかった」という。
それは秋田へのささやかな恩返しだ。
自身初のクラウドファンディングにも挑戦し、初めての試みに不安を感じていたが、
これまで人に語ってこなかった自分の弱みをきちんと言葉にして伝えた。
それは多くの人に伝わり無事、成功を収めることができた。
https://www.makuake.com/project/akaulu
性別や年齢にとらわれない“ジェンダーレス・スキンケア”という発想は、もちろんかずにゃん自身の経験あってこそ。
未経験のプロジェクトは一朝一夕には進まなかったが、それでも「自分を大切にしたい」人に届けるという一心で周りの協力も得ながら進めた。
「自分を肯定できるプロダクトを、自分の手で作れるなんて。今までの経験も含めて、少しは成長してきたんだなって思いました」
自分を大切にし自分らしさを育てる、新たな一歩

2024年夏、かずにゃんはTEDxAkitaIntlUの登壇者として、自らの人生とakaulu(アカウル)の物語を語った。TEDは、“広める価値のあるアイデア”を発信する、世界中で開催されている短いプレゼンイベント。
「人前で話すのは苦手だし、今でも怖い。でも、ちゃんと『自分』を生きてきたって、ようやく言えるようになった気がします。個人的には、このTEDを通して辛いと思っていた過去も含め全てを清算しました。ここまで私を作ってきてくれてありがとうって。全てを許そうって思いました。だから今は、過去を振り返らないし、何も執着がありません」
TEDでは、自作の楽曲も披露した。かつて“音楽”に自分を託していたかずにゃんが、今は言葉でも思いを届けられるようになった。
音楽、文章、プロダクト。表現の手段は違っても、そこにあるのはいつも、「自分を肯定する」ための試みだった。
「自分を大切にする。それを形にしたのがakaulu(アカウル)なんです」
かずにゃんは「自分を大切にする」ことで、自分らしさを得た。

すごいのはリリース後、約一ヶ月かけ東成瀬村の全戸、一軒一軒にかずにゃん自ら足を運んで日々のお礼とakauluのプレゼントをしていたこと。
現在、販路を広げつつある「akaulu(アカウル)」に加え、美容成分がたっぷり入ったせっけんなど新製品も開発中だ。
2025年7月には、世界でも開催されているミセスオブザイヤー2025の秋田大会のLGBTQ講師として登壇し、また一つ新たな表現の場を得た。
「自分を大切にする」かずにゃんが今後、どんなふうに自分を表現していくのか。
そんなかずにゃんから、目が離せない。
写真提供:かずにゃん
情報
かずにゃんInstagram:https://www.instagram.com/kazunyandesu?igsh=MXRvcDBjaHByOXM4bA==
akaulu販売サイト:https://akaulu.narutech.co.jp




