大和ハウス工業株式会社は1955年に創業し、現在は売上高5兆5千億円を超える規模まで成長を遂げ、社会インフラの構築において重要な役割を担う企業です。戸建住宅や賃貸住宅、分譲マンションのハウジング領域をはじめ、商業施設、事業施設(物流施設、医療・介護施設等)、環境エネルギーのビジネス領域、さらには、ホテルやホームセンターなどのライフ領域と、多岐にわたる事業を展開しています。今回は同社の上席執行役員であり、ビジネス・ソリューション本部データセンター事業本部長を務める野辺克則(のべ かつのり)さんに創業者から受け継いだ組織文化や世の中に役立つ事業開発の原動力、またデータセンター事業への挑戦についてお話を伺いました。

目次
創業者から受け継いだ、「挑戦を肯定し、現場主義の組織文化」
1990年に入社した野辺さんが最初に配属された奈良の営業所には、創業者の石橋信夫さんが掲げた「創意・熱意・誠意」という精神が、当たり前に存在していました。当時の活気ある空気感を次のように語ります。
「営業担当者は、何度断られても顧客の元に通い続け、自ら考え、自ら動く。数字だけではなく「社会の役に立つ仕事とは何か」を問い続ける文化が現場には当たり前のように存在しており、その中には当然厳しさはありましたが、自分たちが前向きにやろうとしていることに対しては挑戦させてくれる土壌がありました」
創業者が存命であった折、現場にはその熱量が色濃く残っていました。
野辺さんは全国の拠点での勤務を経験するなかで、単なる数字の管理ではなく「現場の近くに行ったら顔を出して『お疲れさま』と声をかける」という、地道なコミュニケーションを大切にしてきました。野辺さんのその一貫した行動の裏には、「儲かるからやるのではなく、世の中の役に立つために事業をやる」そして「スピードは最大のサービス」という創業者の言葉が信念となっていました。野辺さんの現場第一の姿勢こそが、創業者の精神を次世代へとつなぐ架け橋となっています。
社会の不便を解消するために、自ら未来を創り出す事業開発の原動力
同社がハウジング領域をはじめ、ビジネス領域、さらには、ライフ領域まで多角的な事業を展開できるのは、創業者が遺した「儲かるからやるのではなく、世の中の役に立つために事業をやる」という揺るぎない指針があるからです。
「うちの会社の強みは、この思いが組織の隅々にまで浸透していることです」
戦後のベビーブームで急激に家族数が増え、手狭になってしまった住居問題を解決するために生まれた「ミゼットハウス」が住宅事業の原点となったように、同社は常に「次に何が必要か」を自ら問い続けてきました。
データセンター事業への参入も、その延長線上にあります。2020年より千葉県印西市で日本最大級のデータセンターの開発を目的としたプロジェクトに着手。単なる不動産開発を超えて、次世代の社会基盤を支えるという強い自負がありました。同プロジェクトは、「DPDC(ディープロジェクト・データセンター)印西パーク」として現在も引き続き取り組んでいます。
「次に社会が必要とするのは何か」を考え続ける企業文化によって、社会・産業のデジタル化の加速による「デジタルインフラ」の重要性をいち早く見越し、政府・自治体や企業が保有する機密情報や個人情報を適切に管理するため、国内でのデータセンターに対する需要に応えたいと考え、行動しました。
既成概念を塗り替える「モジュール型データセンター」に込めた強い決意
2026年4月、データセンター事業は「事業本部」へと昇格しました。その急成長を支えるのが、2026年1月に発売した「モジュール型データセンター(Module DPDC)」です。
同社が掲げるのは、「データセンターの工業化」という新たな発想でした。
「1年でサーバーが陳腐化するような時代において、2年も工事にかかっていたら技術革新に置いていかれます。だからスピード感を持って、工場で組み立てて設置できるモジュール型を開発しました」
同社は、土地の選定から施工までを一気通貫で対応し、短工期での立ち上げを可能にする「Module DPDC」を開発。従来のデータセンター建設の常識を覆す形で、急速に変化するAI・クラウド時代に適応するインフラモデルを提示しました。
この圧倒的なスピード感は、大手企業であることに甘んじず、変化の激しい市場に真っ先に飛び込み、具体的な解決策を提示するという、創業以来の姿勢そのものです。
「変化が激しいからこそ、原点に帰らなければならない」
野辺さんのその言葉には、「Module DPDC」を通じて、創業者の信念を次世代へ接続していく強い覚悟が込められていました。

日本各地をデジタルで結び、社会を支える「7つ目の大きな柱」へ
同社は全国に営業拠点を持つ強みを最大限に生かし、地域ごとにデータを処理できるインフラの構築を目指しています。福島県双葉郡大熊町で、株式会社タイズAIを事業主とするGPUサーバー搭載型データセンターのショールーム「Module DPDC Fukushima」を設計・施工し、この動きを全国へと波及させていく計画です。
「日本は自然災害が多い国ですから分散が必要です。全国のネットワークを駆使して、地域社会のデジタルトランスフォーメーションに貢献していきたい。そして、この事業を会社の『7つ目の大きな柱』へと育て上げることが私の思いです」
野辺さんは、創業者の著書『わが社の行き方』を「今日(こんにち)の原点」と呼びます。受け継がれた熱い信念を胸に、同社はこれからも全国を一つにつなぎ、日本の未来に不可欠な存在として、さらなる進化を続けていきます。
聞き手、執筆:木場晏門
※写真はすべて大和ハウス工業株式会社提供
最も印象に残った言葉 「儲かるからやるのではなく、世の中の役に立つために事業をやる」
会社概要
会社名:大和ハウス工業株式会社
取材対象者:上席執行役員・ビジネス・ソリューション本部データセンター事業本部長 野辺克則(のべ かつのり)
企業理念:
一、事業を通じて人を育てること
一、企業の前進は先づ従業員の生活環境の確立に直結すること
一、近代化設備と良心的にして誠意にもとづく労仂の生んだ商品は社会全般に貢献すること
一、我々の企業は我々役職員全員の一糸乱れざる団結とたゆまざる努力によってのみ発展すること
一、我々は相互に信頼し協力すると共に常に深き反省と責任を重んじ積極的相互批判を通じて生々発展への大道を邁往すること
創業年月:1955年4月
事業内容:建築事業、都市開発事業、海外事業など
所在地:大阪府大阪市北区梅田3丁目3番5号






