沖縄県は2023年度、たくさんの「お宝=魅力」をもつ離島各所の事業者さんたちが、SNSなどの『デジタルツール』を利用してさらに魅力的な発信をしていけるように「沖縄県主催🌺価値を伝えて売りまくるためのデジバズ講座」という取り組みを行っています。この記事は、参加された事業者さんを対象に、「ローカリティ!」のレポーターがその輝く魅力を取材し執筆したものです。沖縄離島の魅力をご堪能ください。
目次
自らの生業を見つめた結果たどりついたサツマイモ栽培の可能性
わたしたちは日々何をしてどのように暮らしていくのか――。
その普遍的な問いに対して、今回筆者が紹介したいのは、自身の生業と地域の未来を見つめた結果「芋」にたどりついたという、宮古島でサツマイモ栽培を営む宮古島芋畑(みやこじまいもばたけ)の代表をつとめる松川千鶴(まつがわ・ちづる)さん(42歳)のお話です。
「元々、夫の実家が牛と牧草とサトウキビをやっていて、義父が亡くなったときにサトウキビ栽培を継いだのですが…。サトウキビは国の補助がないと成り立たない産業なので、そういったものに頼った事業はやるべきではないな、と思ったんです」
松川さんは、自身のスタート地点をそう振り返ります。いつ打ち切られるかも知れない、サトウキビ栽培に対する国の交付金。補助がなくなると、収入の多くをそれに頼っているサトウキビ農家は、経済的に立ち行かなくなってしまう。そんな現実を冷静に直視し、何をすれば自立した持続可能な生業にできるのかを、松川さんは考えました。
宮古島という離島の環境は独特で、こと農業においては、限られた資源と自然の過酷さに向き合わなくてはなりません。パッションフルーツやマンゴーなど色々と検討されたそうですが、そんな中で、松川さんが一番宮古島での農業にぴったりだと感じたのがサツマイモでした。環境負荷が低いことや育てやすさ等もありますが、決め手はやはり、「台風に強いこと」。
「ハウス栽培の場合、強い台風が来たら、ハウスを諦めるか中の作物を諦めるかしかできない。台風に弱い作物の露地栽培は、台風の季節を避けてやるしかできない。気候変動で台風の発生する時期が長くなっている今、台風が来ないことを祈るしかできないのは危険な賭けだなって。そういうことは長く続けられないですよね」
サツマイモは、ハウスが不要なうえ冬でも霜のおりない宮古島では年中栽培が可能で、背丈が低く実も地中に埋まっているため、台風の強い風雨に影響を受けにくいのです。そんな心強い味方であるサツマイモたちのことを、松川さんは愛情込めて「芋」と呼びます。
「生きている芋は島外持出禁止」の中で潜在的な島内需要に気づく
サトウキビに使っていた農地を活用して、2021年の秋冬頃から試験的にサツマイモの栽培を始めた松川さん。島内のスーパーの青果部門で働いていた経験から、島内で栽培されている芋は加工されて島外の事業者に卸されるばかりで、意外と島内消費に回っていないと感じていたそう。「ペーストなどに加工して島外の大手に卸すルートは定着していて、それ用に栽培している農家さんはいます。生きてる芋は島外に持ち出せないから」と、松川さんは笑います。
「当初は加工販売は考えていなかったので、生芋の島内需要を意識していました。内地で人気の品種を中心に、仕事をしながら試験的にちょこっと作ったものを地域の直売所などに出してみたら、意外と紅芋がよく売れたんです。家庭用というより、レストランのような事業者さんがまとめて買ってくださったりもして」
年間で人口の約20倍もの観光客が訪れる宮古島。沖縄の特産品として紅芋を思い浮かべる観光客は多いことでしょう。とすれば、島内の観光事業者にとって宮古島産の紅芋は商材として強いはず。そういった島内需要を、松川さんはうまくキャッチしました。タイミングよく、シンプルな加工でもおいしい紅芋の品種「沖夢紫(おきゆめむらさき)」に出会ったこともあり、松川さんは紅芋の栽培に重きをおいていくようになります。
おいしさ重視で差別化し、効果的に訴えかける「箔(ハク)」をゲット
「サツマイモって、採れたてはそんなにおいしくないんですよ。皆さんがいつもおいしく食べている芋は、温度や湿度が管理されている冷蔵庫で熟成されてやっとあの味になるんです」
本州各地と違って年中サツマイモが育つ環境である宮古島では、芋を貯蔵しておくという概念があまり定着していない上に、採れた芋は島外へ卸すためすぐに加工されることが多いので、貯蔵用の冷蔵庫を持っている農家は少ないそう。松川さんは、元々おいしい生芋を提供したいという思いから、貯蔵と熟成のための冷蔵庫を準備していました。
「冷蔵庫にストックしておけば、天気が悪くて畑に行けない日も商品が出せるから。それに、沖夢紫も冷蔵庫に入れておくと甘くておいしくなる品種なので」
島内での需要に向けて、冷蔵庫による貯蔵と熟成でいつでもおいしい芋が提供できる体制を整えながら、徐々に芋畑を拡大していった松川さんは、沖夢紫を中心に全6品種ほどのサツマイモを栽培しながら、当初予定していなかった加工販売も検討し始めます。そして、2023年8月4日に、満を持して「宮古島芋畑」を設立。
「生産量が増えるとB級品ができる量も増えたので、もったいないなーって。でも他社さんと同じことをしても差別化にならないし。色々試したら、沖夢紫は焼き芋にするのが一番おいしい!ってことが分かって」
沖夢紫が一番おいしくなる加工方法を試行錯誤し、「紅ヤキイモ」に行き着いた松川さん。なんと今年(2024年)、沖縄県が主催する県産農林水産物の展示会「おきなわ花と食のフェスティバル」内で行われた「おきなわ島ふ~どグランプリ+(プラス)」に参加し、「紅ヤキイモ」で見事グランプリに輝きました。
「自分はおいしいと思ってるけど、一般に訴求するには第三者からの評価や分かりやすい『箔』が必要だと思って。でもグランプリになるとは思ってなかったですね」
気恥ずかしそうに微笑む松川さんですが、その芋にかける熱い思いと合理性の高い分析力・行動力は、こうして顕著に実を結んでいます。
島の環境を地の利と捉え、芋産業を含む島全体が経済的に強くなる未来を
ご自身の経験から、サトウキビ栽培を中心とした「国に養ってもらっている」宮古島の一次産業の現状に、松川さんは常に問題意識を向けています。
「補助がないと成り立たない産業って、健全じゃないというか。支援がなくても地域が経済的に強くなって自立できる形を目指さないと」
離島という環境は、一次産業にとっては厳しいことが多いと話す松川さん。けれども、そこに光明があるとも言います。
「観光客の多さや、芋がそうであるように、ある一定の作物に適した栽培環境とか、宮古島という地の利はあると思います。私が芋をやっていることで、そういう地の利を生かした強い産業が根付いていくきっかけになれば」
自分の置かれている環境をシビアに見極め、堅実に考えた上で、「まずは自分から」としっかりと行動に移している松川さんの姿に、筆者は強く心を打たれました。
宮古島の明るい未来を牽引(けんいん)していくであろう宮古島芋畑の挑戦は、まだ始まったばかり。松川さんの思いが込められたおいしい紅芋を食べて、その未来を一緒に形にしていけるのならば。そして、松川さんのこのような生き方から、自分たちの日常を見つめ直す勇気をもらえるならば。これほど贅沢な「芋」体験はないのではないでしょうか。