
あなたは、祖父母や両親の人生を、どれだけ知っているでしょうか。何を夢見て、何に挫折し、どう乗り越えてきたのか。普段、面と向かっては聞けない家族のストーリーを「自分史」として一冊の本やムービーにまとめてくれるサービスがあります。
単なる記録ではなく、過去を振り返り、肯定することで、自己肯定感を高め、自分の人生を前向きに捉えるきっかけ。「終活」ではなく「生き支度」。
今回、 自分史サービス「きおくあつめ BOOK&MOVIE」を生み出した創業者、田島由衣香さんにお話を伺いました。
目次
デザイナーの視点が生んだ新しい自分史
田島さんの生み出す「きおくあつめ BOOK&MOVIE」は、従来の自分史作成サービスと何が違うのでしょうか。それは「グラフィックデザイナーの視点」と「孫としての視点」の融合です。
従来の自分史は、文章がびっしり詰まった「作文」のようなものばかり。孫世代にとってはどうしても敬遠されがちです。せっかく作っても、受け取り手が読みたいと思えなければ、その価値は半減してしまいます。
だから、田島さんはデザイナーの知識を活かして「自分が孫として受け取りたいと思えるもの」を作ることにこだわりました。小さなお孫さんも一緒に楽しめる一冊を目指したのです。

孫の誕生日一覧、写真入りでの家系図の整理。図解もあり、写真もたっぷりで、デザインも美しい。
アルバムが何冊も残っているだけでは、いつか処分されてしまう。でも、歴史を一冊にまとめれば「宝物」になる。さらに、動画サービス「きおくあつめムービー」も始めることで、声、表情、雰囲気など亡くなると最初に失われるものも残せるようになりました。
でも、田島さんが本当に提供したいのはその過程。
「私たちはプロダクトだけではなく、作成のプロセスを通じてお客様の未来を生きる力を提供しています。大切なのは、取材を通じて一緒に泣いて笑って受け止める時間。過去を振り返り、肯定する体験そのものなんです」
実際、田島さんのクライアント様には変化があったそう。作った人の、肌ツヤが良くなり、笑顔が増え、これからの生活を積極的に楽しもうという前向きな気持ちが生まれています。
対話を通じて生まれる、最高の親孝行
「楽しかった!最高の気分!」
田島さんが取材を終えると、お母様は満面の笑顔でそう言いました。
4人の娘さんは、「こんなに生き生きとした表情で嬉しそうに話す母を初めて見ました」と幸せそうに笑います。
この日、4姉妹は両親へのプレゼントとして「きおくあつめブック」を依頼しました。普段は照れくさくて、なかなか深い話を聞く機会はなかったと言います。取材を通じて、お母様は気持ち良さそうに自分のこれまでの人生を話してくれました。
「心の終活ができた」「ここからが私のスタートよ」
お母様のこの言葉を聞いて、田島さんはこの仕事の必要性を改めて感じたそうです。

自分の人生を一喜一憂しながら聞いてもらえて、ありのままの人生を受け止めてもらえたこと。それが、お母様にこれからの人生を楽しく軽やかに生きていくきっかけを与えました。
普段は寡黙(かもく)だったお父様も、取材中は話すことを楽しみ、リクエストされた歌をハーモニカで4番まで吹き切ったそう。心から楽しんでいる様子でした。
そして納品後、お父様から今回とは別に、「僕の人生をもう少し詳しくまとめてもいいかな?」と追加の作成のご依頼をいただきました。寡黙だった方が自分の人生の話をしたかったという気持ちに初めて気づいた瞬間でした。
「生きているうちに聞きたかった」後悔が原点へ
そんな「家族の対話の尊さ」を深く理解しているのは、ほかでもない田島さん自身。原点には、大切な人への後悔がありました。
子煩悩(ぼんのう)なおじい様に月に数回は子守をしてもらっていた田島さん。彼女にとって、おじい様は身近な存在でした。幼い頃から可愛がってもらった思い出がたくさんあります。
しかし、おじい様の葬儀で、飾られた写真を見たときに気づきました。
「おじいちゃんにとっての人生って、私が生まれるよりも前にメインの部分があったと思うんです。でも、孫はそれを全く見ることができない」
自分が知っていたのは、老後の姿だけ。若かった頃の夢、仕事にかけた情熱、若き日の恋、子育てへの想い。その大切な時代を、田島さんは全く知りませんでした。


葬儀の後、家族で思い出を語り合いました。田島さんのご両親も忘れていた記憶がどんどんよみがえったようで、泣いたり笑ったりしながら話は尽きなかったといいます。
その話をもとに孫の自分が自分のために作った、おじい様の生きた歴史をまとめた本を法事に持って行ったところ、その場がおじい様の思い出話でいっぱいに。法事は本来こうあるべきだと温かい気持ちになったそう。
それでも心に残ったのは、たった一つの後悔でした。
「生きているうちに作ってあげたかった」
もしおじい様が生きているうちに、こうして家族で話を聞き、一冊の本にまとめていたら。おじい様自身も、自分の人生を振り返り、語る機会を持てたはず。そして、その時間は家族にとって、かけがえのない宝物になったはずです。
この後悔が「きおくあつめブック」の原点です。田島さんは、「このサービスは、亡くなった人のためのものではありません。今を生きる人が、人生を豊かにするためのもの」と強調します。
残りの人生を楽しむ「生き支度」を手に届く価格で
「終活」と聞いて、あなたは何を思い浮かべるでしょうか。
世間では、終活=死の準備というイメージが強いもの。エンディングノート、遺言書、お墓の準備……
でも、田島さんは違う捉え方をしています。
「終活は『生き支度』なんです」
残りの人生を軽やかに楽しむための準備。過去を振り返り、肯定することで、未来が明るくなる。それが田島さんの提案する新しい終活の形です。
さらに、従来の自分史サービスは、偉人のための自叙伝や自費出版がほとんどで、一冊作るのに200万円以上かかるような高額なものであることにも、田島さんは疑問を抱きました。
「誰にでも人生があり、その生きた証を残すサービスが、なぜこんなに高額なのだろうか」
そんな疑問から、「きおくあつめブック」を20〜40万円台の価格に設定し、家族がプレゼントしやすい形にしたのです。しかし、起業当初はさらに低価格での価格設定により、田島さんは想像を絶する苦闘を強いられることになります。
苦悩と奇跡。経営者としての覚悟を持つまで
田島さんは多摩美術大学で環境デザインを学び、かつては月に7回も出張するバリバリのキャリアウーマンでした。
でも、子どもができたときに思ったそうです。片道1時間半の通勤。出張や残業。子どもを育てながら続けられる仕事ではないと。
そこで、「誰かの役に立つ」と言える仕事を模索したとき、おじい様への後悔がよみがえりました。自分史を世の中に広げることは、多くの家族の幸せにつながる。「胸を張って、誇りを持って生きていける仕事がしたい」そう思い起業を決心します。

創業直後、ビジネスコンテストで最優秀賞を受賞。埼玉大学学長をはじめとする審査員から「これからの日本に必要なサービス」と評価されました。この受賞がきっかけで、埼玉県庁のホームページに特集が掲載されます。
でも、実際のビジネスは本当に大変でした。低価格(8万5千円から16万円程度)で始めたものの、一人で全てを担当していたため、月に1件制作できるかどうかという状態。借金をしたくなかったので、ローリスク・ローリターンを目指していましたが、結果的に貯金を使い果たしてしまいました。
「ママのプチ起業から脱却できない…」
そんな苦悩の中、転機が訪れます。
県庁のホームページ掲載から2年後、NHKから取材のオファーがあり、放送は関東甲信越、さらにはNHKワールドで世界中に届きました。この露出が、田島さんのビジネスを大きく変えることになります。

ただ、当時は一人で全て行っていたため、問い合わせに対応しきれず、事業を広げる機会を損失してしまいます。
「そのときに受注できた件数は多くはなかったのですが、それ以上に大きな収穫がありました。リクルート費用ゼロで、このサービスに賛同してくれる仲間が集まり始めたんです」
NHKの放送を見た介護事業所運営のご夫婦。600人以上のインタビュー経験を持つライター。そして、元アナウンサーの方も仲間になってくれました。
そんな時、SMI(サクセスモチベーションインターナショナル)というプログラムと出会い、自分の目標が明確になったそうです。「チームを動かさなければ」という経営者としての覚悟が生まれ始めました。
動画部門「きおくあつめムービー」との共同事業も始まり、本格的に営業活動にコミットしていきます。
「作っておいてよかった」永遠に残る人生の記憶
そんな中、予期せぬことが突然訪れました。
銀婚式記念に、きおくあつめブックを依頼された夫婦がいました。取材の中で、ご主人はこれまでのことを初めて深く語ります。
幼い頃に突然亡くなった父親のこと。その後の母親の苦労。今まで聞けず、話せなかった想い。母親と向き合い、言葉を交わす時間は、ご主人にとってもかけがえのない時間だったそうです。
その数か月後、ご主人に病が見つかります。治療は上手くいっているように思われましたが、ある日状態が急変し、彼は帰らぬ人となってしまいました。あまりにも突然の別れ。
残されたお母様と奥様は、深い悲しみの中に落とされました。でも、その中で、お母様はこう言いました。
「きおくあつめブックがあったから、息子の心が聞けた」「作っておいてよかった」
きおくあつめブックには、ご主人の人生が詰まっていました。幼い頃の写真、学生時代の話、そして、取材中に語ったご両親や奥様、お子様への思いも。
奥様にとっても、結婚生活での思い出、夫が歩んできた人生、何を大切にしていたのか、それらの全てが凝縮された宝物になりました。

もちろんこれは悲しいこと。でも、その人生をしっかりと残せました。
取材の中で交わされた言葉、あの時の表情、声。もし作っていなかったら、それらは全て、誰にも知られることはなかったでしょう。
この出来事を、田島さんは深く受け止めます。
「元気なうちに作ってほしい。病気になってからではなく、死を意識してからではなく、人生を楽しんでいる時に」その思いを強くしました。
世界中の家族に、対話が深まる時間を
たくさんの家族と向き合ってきた田島さんはこう語ります。
「世界中の家族の対話を増やしたいんです」
今、家族で深く話す時間が減っています。おじいちゃんやおばあちゃんの人生を知らない孫たち。自分のルーツを知らずに生きる若者たち。田島さんは、自分史を通じて、家族の絆を取り戻したいと考えています。

「10世代さかのぼれば、1024人の先祖がいるんです。その中の誰か一人でも命をつないでくれなかったら、今の自分はここにいません。つながれてきた命の重みを知ることが、生きる力になります」
田島さんが本当に作ってほしいのは「長寿祝い」です。
「終活を、死に支度ではなく、生き支度として定着させたいんです。そして、最終的には、自分史を作ることを、七五三や金婚式のように、人生の節目の文化にしたい」と教えてくれました。

最近は、国際展開も視野に入れているそうで、既に香港のライターとアポイントメントを取り、海外での可能性も探り始めました。
田島さんは利益率を追求するよりも、サービスを世の中に広めること、ひと家族でも多くのご家族の絆を固く結ぶことを使命としています。
「AIがライターやデザイナーの仕事を淘汰(とうた)していく時代と言われていますが、一緒に泣いたり笑ったりしながら人生を受け止める時間は、人間にしかできない」と田島さんは話します。
家族との時間が少なくなり、薄くなっている今だからこそ、「きおくあつめブック」を対話のきっかけとして活用してほしい。家族間の深い理解と、お互いへの尊重につなげてほしい。そんな家族が世の中に溢れることを願って、田島さんは今日も活動を続けています。
情報
きおくあつめ BOOK&MOVIE公式ホームページ:https://www.atelier-tsumugi.com





