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秋田県北秋田市に移り住んでから、「鯉茶屋(こいちゃや)」という名前をよく聞くようになった。
秋田市の廃村になった露熊(つゆくま)集落の奥にも、鯉料理を出してくれる鯉茶屋という料亭があり、釣り堀などもあったらしい。料亭の建物は残っていないが、当時はずいぶん賑わっていたそうだ。
鯉茶屋の存在を知ったのは、「露熊(つゆくま)プロジェクト」という秋田県北秋田市にある露熊山峡の整備活動に携わったのがきっかけだ。
その後、お隣の上小阿仁(かみこあに)村や五城目(こじょうめ)町、秋田市にも同じような鯉茶屋があったことを知り、その存在が気になり出した。
昔の鯉茶屋を知る人は、子供の頃にそこで遊んだ話を懐かしそうに語ってくれる。今回のハツレポは、地元の人々に愛されていた鯉茶屋の謎に迫る。
目次
かつての景勝地を復活させたい!露熊プロジェクト
北秋田市の阿仁荒瀬(あにあらせ)集落の西方に、露熊山峡という景勝地がある。1975年(昭和50年)に秋田県の自然環境保全地域にも指定され、環境保全とレジャー化が押し進められたが、その後の人口減少や少子高齢化の影響で荒れ果て、人が踏み入れられない地域となっていた。
「露熊プロジェクト」とは、かつての景勝地を復活させるために地域住民が2020年に立ち上げたプロジェクトのことである。

私はこのプロジェクトに2021年の5月から関わっていて、露熊山峡を何度も訪問する機会があった。鍋岩と言われる巨岩の景観が特に素晴らしく、ここに来るとジブリの世界に迷い込んだような気分になる。
そんな大自然を満喫できる露熊山峡のさらに奥に、廃村になった露熊集落の跡地がある。手前に7軒、奥に6軒の計13軒の家屋があり、奥の方の一角に鯉茶屋があったそうだ。
「鯉茶屋」は鯉食文化と減反政策の影響ではじまった
秋田県の内陸部は新鮮な海産物を入手することが難しく、鯉は貴重なタンパク源とされて日常的に食されていた。また、北秋田市の隣、上小阿仁村にあった、鯉茶屋の元オーナー伊藤裕之さんのお話によると、1971年の米の減反政策を受けて、秋田県が川や池、沼等の内水面漁業を推進したことが鯉の養殖を始めるきっかけになったらしい。
この時期に水田を池に変えて鯉の養殖を行う人が増え、その流れで「鯉茶屋」と呼ばれる鯉料理を提供する料亭も増えた。
何と、鯉茶屋の存在には国の減反政策も関連していたのである。
上小阿仁村の鯉茶屋はまるで遊園地
伊藤さんの鯉茶屋は2000年頃に閉鎖しているが、池には鯉がまだたくさんおり、橋などの設備も残っていて当時の姿を窺い知ることができる。

観音様がいたり、吊り橋があったり、神社があったり、ボートや熊の檻(!)まで残っていて、色々てんこ盛りである。宿泊施設や温泉、ミニ動物園もあったようなので、遊園地のような存在だったのだろう。

夏草や鯉茶屋たちの夢の跡
一方、露熊集落の鯉茶屋は上小阿仁村の鯉茶屋より規模は小さいものの、茅葺屋根の立派な建物と広い釣り堀があった。

すでに建物はなく、釣り堀の跡には水もなく、草木がうっそうと生い茂っているので当時の面影は全くない。

楽しい思い出とともに、写真に残されていた「ワンダーランド」
しかし、露熊集落の元住民の方から見せてもらった当時の鯉茶屋の写真には、釣り堀で釣りを楽しむ子供たちの姿が写っている。廃村になり森に飲まれている今の状態からは、とても信じられない活気である。
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豪雪地帯で冬は雪で車が通れなくなるような山奥に、釣り堀と鯉料理を提供する夢のようなワンダーランドが存在していたという事実が面白い。今ではほとんどの鯉茶屋が閉店してしまっているが、人々の記憶の中には楽しい思い出と共に残っているようだ。
露熊プロジェクトを通じて、露熊集落の鯉茶屋の物語に触れられたことに感謝したい。
露熊プロジェクト