
神奈川県葉山町一色。御用邸の静寂に包まれたこの町で、1200年以上もの間、守り抜かれてきた場所がある。森山神社。ここに祭られているのは、たおやかな女性の神様「奇稲田姫命(くしいなだひめのみこと)」だ。夫である「素戔嗚尊(すさのおのみこと)」は逗子市小坪の神社に祭られており、二人の神様が再会できるのは33年に一度の「三十三年大祭(行合祭り)」のみ。奈良時代から続く、壮大な時間の流れがここには息づいている。
この静かな空間が大きな熱狂に包まれる時がある。それが年に一度の例大祭である。
葉山町の人だけでなく、観光客にも大人気の祭りとなっている。
その熱狂を生み出している一つが、和太鼓パフォーマンス集団「GOCOO」による奉納演奏。

境内は人で埋め尽くされ、和太鼓の周波数に共鳴共振して、会場全体が熱気に包まれる。
重厚な社殿の背景と、大地を揺らすような革新的な太鼓のビート。一見すると対極にある二つが、森山神社という空間で一つに溶け合っている。
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伝統の舞台で見出した「劇場の可能性」
その風を呼び込んだのは、25年前に葉山へ移り住み、15年前から祭りの運営に深く関わるようになった堀祐一さんだ。かつてこの神社の例大祭は、近所のお年寄りによるカラオケ大会や、手品師によるマジックショーが行われる、のどかな村の演芸だった。
広告やプロデュースの世界で活躍してきた堀さんは、境内に足を踏み入れた瞬間、他の人には見えていなかった「価値」を直感した。
堀さんは、こう語る。
「この神社の構造を見てください。階段がそのまま観客席になり、その先に舞台がある。この『すり鉢状』の天然の劇場は、全国的にも極めて珍しい、素晴らしいエンターテインメントの場になると思ったんです」。

堀さんが目指したのは、単なるイベントのアップデートではない。1200年の歴史が持つ「器」に、今の時代を生きる人々の細胞を震わせる「魂」を注ぎ込むことだった。
伝統と革新の融合:なぜ「和太鼓GOCOO」だったのか?
初めてこの舞台でGOCOOの音が響いた瞬間、堀さんは確信したという。
「この構造に響く太鼓の音があまりにも気持ちよくて。何より、奇稲田姫命という女性の神様が祭られているこの場所で、女性メンバーが躍動するGOCOOが演奏することは、神様自身が喜んでいるように感じたんです」
伝統的な神社の境内に、革新的なアフリカンビートを融合させたような和太鼓が響き渡る。一見すると違和感のある組み合わせだが、町の人の反応は熱狂的だった。
「最初は驚いた人もいたけれど、今では誰もが『これがないと祭りが終わらない』と言う。日本人のDNAに刻まれた周波数が揺さぶられ、子供からお年寄りまで細胞の一つひとつが喜んでいるのが分かるんです」
2年後、33年の刻を越えた共鳴へ
現在、堀さんは演芸担当として、祭りのポスター制作からアーティストのブッキング、音響の裏方までを一手に引き受けている。かつての「村の演芸」は、今や町外からも人が押し寄せる「フェス」のような熱量を持つようになった。
堀さんは2年後に迫った33年に一度の「三十三年大祭(行合祭り)」を見据えている。太古より続く夫婦神の再会という物語に、自分たちの世代がどんな「新しい音」を添えられるか。
「伝統とは、単に古いものを残すことではない。その土地の空気を震わせ、そこに集う人々の細胞を喜ばせ続けること」と堀さんは熱く語る。
葉山には、駅がない。大きな資本も入りにくい。しかし、そこには自分たちの居場所を自分たちの手で面白くしようとする、強烈な「自治」の精神が息づいている。堀さんが「よそ者」として持ち込んだ新しい風は、1200年の歴史を持つ古い土壌と混ざり合い、唯一無二の文化として花開いた。
「この場所に来て、お祭りを見てほしい。言葉では説明しにくいけれど、ここで音を浴びれば、葉山の本当の魅力が分かるはずだから」。

祭りの夜、すり鉢状の境内に響き渡る太鼓の音は、過去と現代、そしてよそ者と地元民の境界線を溶かしていく。それは、伝統を守るという義務感ではなく、ただ純粋に「姫を喜ばせ、自分たちも楽しむ」という、最も人間らしい火が灯る瞬間だと感じる。





