猫が神様になるとき―絵馬展で出会う地域の祈りと知恵【福島県川俣町】

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 福島県北部に位置する川俣町(かわまたまち)で、地域に根差した養蚕文化と猫神信仰を伝える企画展「猫稲荷神社絵馬展」が開催されている。会場は道の駅川俣内の「かわまたおりもの展示館」。明治から昭和にかけて養蚕と絹織物で栄えたこの町ならではの、暮らしと祈りが交差する展示となっている。

 展示の中心は、西福沢地区にある猫稲荷神社に奉納された絵馬の数々。養蚕に携わっていた人々は、蚕や繭を食い荒らすネズミを退治する猫を神格化し、繭の豊作やネズミ除けを願って祈りを捧げた。猫稲荷神社では、絵馬を1枚借りて願いが叶うと2枚にして返す「倍返し」の習慣があり、現在では655枚もの絵馬が残されている。その多くには猫の姿が描かれており、祈願と感謝の循環を象徴する文化が息づいている。

絵馬には養蚕守護やネズミ除け祈願などの切実な願いが記されており、養蚕が生活の根幹だった時代の人々の思いが伝わってくる。なかには猫への感謝や家族の健康を願う言葉もあり、絵馬が単なる祈願の道具ではなく、地域の人々の心の記録であることを実感させられる。

展示会場では、これらの絵馬のうち180枚ほどが公開されており、来場者は猫神信仰の背景や絵馬の意味を学びながら鑑賞できる。猫の姿は写実的なものから丸まった愛らしくデフォルメされたものまで実に多様で、描き手の思いがにじむ個性的な絵馬だ。期間中は解説パネルや関連資料も設置されており、養蚕文化と猫神信仰の関係性をより深く理解することができる。

筆者はこの企画展に合わせて、会場から車で10分ほどの西福沢地区にある猫稲荷神社を訪れた。鳥居に掲げられた木彫りの猫が往時の面影を残していたが、果樹園と林を抜けた先にある境内に足を踏み入れると、目に飛び込んできたのは廃れた社殿の姿だった。

 養蚕業の衰退とともに社殿も静かに時を重ねたのだろうか、参拝者の姿はなかった。ただ、山あいに佇むその空間は、周囲の自然と調和しながら、どこか神秘的な空気を漂わせていた。

この絵馬展は、単なる郷土資料の展示ではない。猫という身近な存在を通じて、地域の歴史や信仰、暮らしの知恵を伝える文化的な試みであり、川俣町ならではの視点から「祈りのかたち」を見つめ直す機会となっている。猫稲荷神社の絵馬は、信仰の証であると同時に、地域の暮らしと文化が交差する貴重な資料でもある。

猫が守った繭と祈り -その記憶は、絵馬というかたちで今も静かに息づいている。川俣町の絵馬展は、地域の文化と信仰を未来へとつなぐ架け橋となるだろう。展示期間中にぜひ足を運び、猫神に込められた祈りの世界に触れてみてほしい。

開催日時

2025年9月6日(土曜日)11月9日(日曜日) 午前9時~午後5時(最終入館午後4時30分)
※毎週月曜日休館(祝祭日の場合は翌日)
会場:道の駅川俣内 かわまたおりもの展示館 (川俣町大字鶴沢字東13-1)

参考:猫を祀る社「猫稲荷神社」絵馬展(川俣町役場政策推進課)

昆愛

昆愛

埼玉県川越市出身。前住地は山形県鶴岡市。会社員のかたわら、地域資源の掘り起こしとその魅力発信活動に取り組む。2023年、「誰もいなくなった町。でも、ここはふるさと~原子力発電所と共存するコミュニティで“記憶”と“記録”について考える【福島県双葉郡富岡町】」で本サイトのベスト・ジャーナリズム賞を2年連続受賞、また2024年、天文活動の報告・交流等を目的としたシンポジウムでの発表「天文文化史で地元の魅力発信?九曜紋が導く新たな誘客構想とは【福島県南相馬市】」で渡部潤一奨励賞を2年連続受賞。

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