
宮城県気仙沼市にあるゲストハウス・SLOW HOUSE@kesennuma。スローハウスは2022年、“人が人に集まる場”をつくるために杉浦恵一さんが立ち上げた。「スローシティ」として生活文化や自然環境に重きを置き、個性や多様性を尊重したまちづくりを進める気仙沼市を舞台に、スケジュールや心に余白をもって過ごすことで、偶然の出会いや気づきに開かれた「余白体験」をできる場所として全国各地から人が集まる場所となっている。
そんなSLOW HOUSE@kesennuma(以下、スロハ)で私たちゲストを出迎えてくれるのはにこにこ笑顔がまぶしい近藤愛さん(あいちゃん)。あいちゃんはなんと現在20歳!若いながらもスロハにやってくる人を大きく温かく包み込んでくれる、そんな彼女の魅力に迫った。
あいちゃんに気仙沼に来たきっかけを聞いてみると、そこには膨大なストーリーがあった。北海道出身のあいちゃんは中学生のときに、思春期によくみられるような周囲の対立に悩み不登校を経験。その後心機一転、地元から離れた高校に進学するも、新型コロナウイルス感染症の感染拡大による外出自粛。そして自粛が明けたかと思えば一気に受験モードにシフト。そんな大きなうねりに飲み込まれながら、ふと違和感を覚えたというあいちゃん。
「もっと旅をしたり、自分自身を見つけるような経験をしてから進路を決めたい」
違和感と向き合い、自分との折り合いのつくポイントを探り続けた。いくつもの壁にぶつかったがただじゃ起きない。
そんなあいちゃんがスロハを知ったきっかけは、なんとママチャリで日本一周をする旅人を家に泊めたことだった。
目次
01.黄色い旗に目を引かれて
17歳の頃、石垣島に1か月ほど滞在し、学生と社会人が共同生活をするプログラムに参加。そこで出会った人々に刺激を受けて帰ったものの、地元で自分に何が出来るかを考え続けた結果、自分の存在意義に悩みうつ状態になってしまったあいちゃん。
体調崩してから半年ほどが経ち、少し回復したころ、たまたま海沿いを散歩していると、前方から「日本一周中」と書かれた黄色い旗を付けたママチャリをこぐ男性があらわれた。
もともと実家でホームステイの受け入れを行っていたこともあり、未知の人と出会うことに関心があったあいちゃんはとっさに行動に出た。
「なにこれ?面白そう、この人をうちに泊めたいと思って。声をかけるきっかけに、唐揚げとおにぎりをキッチンカーで買ってその人に渡しながら、夜どうするの?うちに泊まらない?って」
男性はあいちゃんの家に宿泊することになり、家で将来のことや自分のことなどを話す中で教えてもらったのがスロハだったという。
そのときにスロハのInstagramはフォローしたものの特に訪ねたりはせず、それからしばらく体調回復にまた専念した。
02. 初めてのスロハ、そして再び病と向き合う
1年が経ったころ、高校卒業後の進路を考え始めたあいちゃんがInstagramの投稿を何気なく見ていると、フォローしていたスロハのインターン募集のリールが流れてきた。
「これだ!って思って、すぐ電話して。5日後には飛行機を取ったの」
オンラインの高校生活を両立しながらスロハでインターンとして活動し始めたのは5月のゴールデンウイークのことだった。ちょうど客も多く忙しい時期だったけれど、いろいろな人が来る状況にはなじみがあり、幸福感すら覚えたという。
しかし、うつは簡単に完治をうたえる病気ではなかった。再び体調を崩し、仕事に出られなくなり一度北海道へ帰って休むことになった。
また次の2月、体調が回復したと判断してもう一度スロハに戻り、1週間滞在し感じたのは「スロハ、やっぱりいい場所だ」ということだった。
しかし、ここでも「見習い女将に!」とはならず、今度はうつから診断が変わり、新たに双極性障害との格闘が始まる。気分が高まる躁(そう)状態と落ち込むうつ状態を繰り返す中で、自分では歯止めが利かないと判断し、入院することを決めた。
03.フィリピンで見つけた自分の軸。「当たり前は当たり前じゃない」
「私は元気になるとやっぱり外に出たくなる生き物なのね。外で冒険したいっていう気持ちがすごく強いタイプだったから」
退院すると、元来の旅好きが顔を出し、石垣島やフィリピンへと出かけていった。
もともと家族で海外に出かける機会が多かったため、小さい頃からフィリピンにいくことはあったが、自分から行きたいと思ったのは初めてだった。精神障害と向き合い、普通の生活を送れることへのありがたみを実感しはじめたあいちゃんの目に映ったのは、スラム街で暮らす人たちの幸せそうな姿だった。
「そこで分かったのはそこに住む人たちが幸せを感じるラインがすごく低くて。今日生きていることとか仲間と会話できていることをすごく楽しんでいて、生きていられることにすごく感謝している。そのオーラがあふれかえっていてみんな目がキラキラしてた。あ、これは日本に持って帰るべきだ」
自分らしくあることや当たり前だと思っていることが実は当たり前じゃなくて、そういうことにも幸せを感じられるような生き方をすること、人生の豊かさに焦点を当てることを軸に据え、あいちゃんは日本に帰国した。
帰国後、「あいちゃん、もうそろそろじゃない?スロハに来てもいいんじゃない?」と耳元でスロハオーナーの杉浦恵一さんがささやく声が聞こえた気がした。
きっと自分が行きたいからこういう声が聞こえたのだろうと思い、杉浦さんに電話をかけた。思い切ってとりあえず1年いさせてくださいとお願いし、承諾の返事をもらった。
予想と違っていたのは、自分がインターンとして入っていたときにお世話になった、初代コミュニティマネージャーの「ぼんちゃん」が卒業していなくなってしまうこと。自分が体調を崩した場合に頼れる人がいないことに不安を抱いたものの、
「ぼんちゃんのスロハじゃなくて、また違う「自分のスロハ」を作っていけると思ったら逆に面白いなって。わくわくして行くことに決めたって感じ」
何度も壁にぶつかり苦しみながらも、目の前の人や物事と真摯に向き合い、新しい何かをつかみ取っていく。あたたかく迎えてくれるあいちゃんのにこにこ笑顔の裏には、転んでもただじゃ起きない強さが垣間見えた。
04.「見習い女将」という肩書に込められた思い。応援したくなる存在を目指して

もともとは前任のぼんちゃんと同じ、コミュニティマネージャーという肩書になるはずだった。しかし、ぼんちゃんとバトンタッチする形でスロハに入るからこそ、「ぼんちゃんみたいにならなければ」「明るいスロハにしないと」と責任感の強さを発揮してしまい、背負い込んでしまったという。
「そんな責任感じる必要なんてないのに」と今のあいちゃんは、当時の自分を振り返る。他の人が0から1を作り、続けてきたものを受け継ぐ。今度は1から100にしていく作業をしていく番だと考えるものの、1あったものが自分のせいで0.9になってしまったら、と怖くなることもあったそう。
そこでオーナーの恵一さんからかけられたのは「あいちゃんはあいちゃんのスロハを作っていいんだよ」という言葉だった。同時に、ぼんちゃんと異なる、コミュニティマネージャー以外の名前を付けようということで提案されたのが「見習い女将」だった。
「スロハの運営を回してはいるけどまだまだ未熟者だし、ただそれを頑張っている姿をゲストさんが応援してくれたりとか、成長を楽しみにしてくれたりとか。この肩書のおかげで見守って支えてくれる人が増えた」
成長したあいちゃんに会うためにまた訪れている人もいるのだとか。その点で肩書の重要さも感じたという。
05.どんな年齢でも関係なく、目の前の”その人”と向き合う
あいちゃんは現在20歳という若さで一つのゲストハウスの責任者の立場にある。一方で、スロハにインターンでやってくる人は主に20代、1番上で40歳前後だという。その点で何か苦労や気づきがあるのかを問うてみると、当初は、10代という珍しさもあり、末っ子で可愛がられる立場だったからこそ年齢の違いは感じることもあったという。
しかし、自分がスロハを回していく立場となり、年齢を気にしている暇すらないと感じるようになった。
「はじめましての人と会うときは、その人と手と手繋いでにこって目を合わせるイメージを作って話すの」
そうすると、最初からもう長い付き合いの友人のように、相手も心を開いてくれるのだとあいちゃんは言う。年齢や属性ではなく、その人を「ようこそ」って歓迎する。どんな年齢でも、その人の心の中の年齢まではわからない、すごく年上の人でも若い考えをもっている人もいるし、若いけれど深く考えこんでいる人もいる。だからこそ、一人一人と向き合うことを意識し、それを楽しんでいるそう。
06.「ない」ではなくて「ある」を見つけるために
現代は「余白」が必要な時代で、やりたいことが見つからないもやもやとか、忙しすぎて疲れちゃった、選択が出来ないとか。そういう人たちがスロハに来て余白を作る。
普段はお金が無いとか自分らしく居られないとか、「ない」にばかり注目しているような人たちが、今存在している「ある」にフォーカスしていくための入り口として自分がいるのだとあいちゃんは言う。
例えばお花が綺麗だとか、空に浮かんでいる雲の形が可愛いだとか、そんな小さな日常の中の「ある」。
「私は、今幸せだ!とかを口に出すのが得意だから、私が灯台になって、その光にみんな当てられて幸せに気づけるような、そんなあり方を研究中」
だからといってずっとスロハに留まるのではなく、自分自身も旅をしていたい。スロハ・北海道・石垣島だけじゃなくて、全国に自分が自分らしく居られる拠点、いつでも戻ってこられる場所づくりをしたい。もっと先の将来、あいちゃんの見据える先を、そう語ってくれた。
未来を見据えながらも、常に今を大切に、既にあるものを大切に抱きしめる。「余白」がないと感じる人はぜひ、気仙沼へ。帰るころには見習い女将の虜になってしまうだろう、と実体験をもって記しておく。

情報
SLOW HOUSE@kesennuma
HP: https://slowhouse.mystrikingly.com/
Instagram:https://www.instagram.com/slowhouse_kesennuma?igsh=MXFsbGlpZDI5bzY5bA==
あいちゃん(近藤愛さん)
Instagram: https://www.instagram.com/axxi___k?igsh=eHJvYXo5dXFucjVz