
ベトナム中部の古都、ホイアンは、夜になると無数のランタンがともり、幻想的な風景に包まれることで知られている。しかし、この街の魅力は夜の華やかさだけではない。日中、観光客の流れから少し外れた路地に入ると、そこには驚くほど静かな時間が流れている。
木の梁(はり)がむき出しになった古い家、淡い黄色に塗られた壁、そしてやわらかく差し込む自然光。

旧市街の伝統家屋は、間口が狭く奥へと細長く続く独特の造りをしており、途中には光や風を取り込むための中庭が設けられている。日本や中国の建築様式の影響を受けながら、ベトナムの気候に適応してきたこの構造は、今もなお人々の暮らしの中に息づいている。
観光地でありながら、どこか生活の延長のような空気が残っているのが、この街の特徴である。

目次
ホイアン名物!白い花のような点心
ホイアンを訪れたなら、一度は味わっておきたい料理がある。それが「ホワイトローズ」と呼ばれる点心である。
米粉で作られた薄い皮に、エビのすり身を包み込み、花のように形作られたその姿は、まるで皿の上に咲く白い花のようである。繊細な見た目に反して、味わいはどこか素朴でやさしい。強い主張はないが、食べ終えたあとにじんわりと記憶に残る。
この料理は、ホイアンに暮らす特定の一族によって代々受け継がれてきたものである。毎朝、米粉から生地を作り、ひとつひとつ手作業で成形されるその工程は、観光客の目には触れにくいが、確かにこの街の日常の中に存在している。



クアンタンの家で味わうホワイトローズ
古い家屋を利用した店内でこの料理を味わうと、単なる食事というよりも、建物と料理、そして家族の歴史が一体となった文化そのものに触れているような感覚になる。
筆者が訪れたのは「クアンタンの家」。約300年前に建てられた、ホイアンでも特に古い建物のひとつである。前家・中庭・後家からなる典型的なホイアンの町家構造を備え、細長い間口の奥へと空間が連なっていく。
ホイアンの世界遺産地区では、入場チケットによって見学できる歴史的建造物がいくつか公開されており、この家もそのひとつに数えられる。
店頭でインタビューに応じてくれたのは、ディエップ・バオ・フンさん(86歳)。この家を受け継いで6代目になるという。「いらっしゃい。わたしは6代目。この家、もう300年」。おもてなしの言葉はすらすらとした日本語であった。
初代は福建省出身の中国人で、中国から船で持ち込んだ生薬を商っていたという。フンさんの奥さんがホワイトローズ作りを得意としていたことをきっかけに、この代から飲食の提供が始まったそうだ。



日本橋のすぐそばで感じる歴史の重なり
ホイアン旧市街の中心には、16世紀末に日本人商人によって建てられたとされる来遠橋(らいえんばし)が残っている。現在では「日本橋」として知られ、この街の象徴的な存在となっている。
かつてホイアンは、アジア各地から商人が集まる国際貿易港として栄えていた。日本人、中国人、そしてベトナム人。それぞれの文化が交わりながら、この街は独自の景観と文化を育んできたのである。実際、伝統家屋の内部には、中国風の装飾や日本的な構造の名残が混在しており、ひとつの建物の中に複数の文化が共存している様子を見ることができる。
古い家でホワイトローズを味わい、そのすぐ近くには日本の面影を残す橋がある。この距離の近さこそが、この街の面白さである。

派手ではない時間の豊かさ
ホイアンには、写真に収めたくなる景色があふれている。しかし、本当に印象に残るのは、こうした静かな時間なのかもしれない。
中庭から差し込む光に包まれた室内で、ゆっくりと料理を味わうこと。窓の外から聞こえてくる、街のざわめき。特別なことをしているわけではないのに、どこか満たされていく感覚。
白い花のような点心を口に運びながら、この街が長い時間をかけて紡いできた文化に思いを巡らせる。
日本とベトナム、そして中国の文化が静かに交差する場所で過ごす、穏やかなひととき。その重なりこそが、この街の本質かもしれない。



※写真・動画は全て筆者が撮影(2026.03.22)





