バングラデシュの首都ダッカは、近年深刻な大気汚染問題に直面しており、ダッカ市民の健康被害を引き起こしているほか、農作物や植物にも影響を与えています。大きな原因の一つとして、レンガ産業が挙げられており、レンガの焼成工程におけるCO2やPM2.5(大気中に浮遊している直径2.5μm以下の小さな粒子)の排出が大気汚染を引き起こしているそうです。
課題解決として「無焼成レンガ」という新しいレンガの製法を用いることで、環境問題の解決に取り組もうとしており、日本も支援を行っているようです。今回はそんなバングラデシュを訪問し、大気汚染問題とその解決策となりえる「無焼成レンガ」についてレポートします。
WHOの安全基準値の15倍越え!ダッカの大気汚染の主な原因は“レンガ作り”
私がダッカに到着したのは2023年11月3日のことでした。着陸直前の飛行機の窓から見えたのは、ダッカ市内を包み込む、茶色がかった淀んだ空気の層。さらに、道路は黒い排気ガスを出しながら走る車が連なっていました。地上から見上げる空は常に靄(もや)がかかっているようで、太陽の光もまともには届きません。
すぐに調べてみると、大気汚染の数値は世界トップクラスで、PM2.5の数値がWHO(世界保健機関)が定める安全基準値の15倍、日によっては40倍にもなるという事が複数の記事に書かれていました。その影響もあってかバングラデシュ人の平均寿命は60歳と短く、健康被害が多数報告されているようです。
しかし同行していたバングラデシュ出身の知人に話を聞いてみると、「大気汚染問題があるという話は聞くが、そんなに意識をしたことはない」といいます。あまりに日常すぎるのか、それとも環境問題に構っている暇がないのか、コロナウイルス感染症の被害が落ち着いてからは、ほとんどのバングラデシュ人はマスクを着けずに生活しているそうです。
大気汚染の原因の一つとして、バングラデシュの主要産業であるレンガの製造が大きく影響を与えているそうです。レンガの製造には粘土を高温で熱して焼き固める「焼成」という行程があります。焼成には火を使うため、年間350万トンもの石炭を利用し、レンガを焼く際に発生するガスや粉塵がPM2.5の発生を引き起こします。それだけでなく、温室効果ガスを排出したり、粘土の掘削(くっさく、土砂や岩石を掘り取って穴を開けること)による農地の減少や、幼い子供の労働問題につながっており、あらゆる社会問題の引き金となっています。
しかし、レンガ産業自体はバングラデシュの建設ラッシュと共に需要が高まっており、現在年間172億個製造され、今後10年で2~3%増加すると予測されています。バングラデシュ政府もこの事態を問題視しつつも、具体的な解決の見通しが立たないと頭を悩ませているそうです。
「無焼成レンガ」がもたらすクリーンな未来への可能性
そんなレンガの焼成行程の問題を解決すべく、日本の企業が開発した「無焼成レンガ」というものが注目されています。「無焼成レンガ」は土壌を固める効果のある材料を土などに加えることで成形します。本来焼き固める必要のあるレンガの焼成工程を無くすことにより、大幅なPM2.5の削減ができると期待されています。強度や防水性にも優れているため、焼成レンガに変わる建築材料として利用が進められています。
また、必要な材料を規定通り調合するだけで作られるため、特別な設備や労働者への教育コストもかからず、より質のいいレンガを製造できるため、レンガ工場の経営を助けることにもつながります。そのため日本の企業や国際協力機構(JICA)などが製造や導入に関わりながら、バングラデシュ国内で導入が進んでいるそうです。
もちろん「無焼成レンガ」の導入だけでは解決しない問題も多々ありますし、大気汚染の原因は他にも自動車の排気ガスや、森林の伐採など複数の要因が絡み合って生まれています。バングラデシュ政府が課題と向き合う動きを見せるなか、「無焼成レンガ」に限らず環境問題の改善に取り組み、国民一人ひとりに環境保護の意識が芽生えることを期待します。
日本でも都市部の大気汚染は、一昔前よりは改善しているものの、全てが解決したわけではありません。もっといい未来を作るためには「日本は大丈夫だ」と思わずに、それぞれが身の回りの環境に目を向け、課題感を持つ必要があると感じました。