
岐阜県輪之内町(わのうちちょう)に本社を置く未来工業株式会社は、電気工事などで使われる電設資材を製造・販売する会社です。家の壁の中や天井裏、工事現場の足元など、普段は目に見えにくい場所で使われる製品を通じて、電気工事を担う職人たちの作業を支えています。
同社の原点は、創業者たちが活動していた劇団「未来」にあります。劇団で大切にしていたのは、「人のネタでウケを狙わない」こと。その精神は、メーカーとなった今も「他社と同じものはやらない」という鉄則として受け継がれています。
社是も社訓も持たない。掲げるのは「常に考える」という言葉だけ。なぜ、あえて決まった行動規範を持たないのか。代表取締役社長の中島靖(なかしま・やすし)さんに、職人の現場を変えるものづくりと、社員の考える力を奪わない組織づくりについて聞きました。
目次
職人の「面倒くさい」を減らす発想
未来工業は、樹脂成形による電設資材を「自社で設計し、自社で製造し、自社ブランドで値付けをして販売する」会社です。企画から価格決定まで一貫して自分たちで担うこの体制は、業界内でも珍しいといいます。
「私が学生だった頃に、この会社で働きたいと思ったきっかけの一つは『全て自分たちで考え、つくり、売っている 』ということです。ありそうで他にはないんですよ」
中島さんが入社した1987年当時、就職情報誌によっては未来工業が「その他の商社」に分類されていたこともあったそうです。設計・製造・販売を全て自社で担うメーカーは、業界内でも異色の存在でした。
電設資材の市場規模は約3兆1000億円。その中で未来工業が扱うのは、電線を守る電線管や、資材を留める金具・留め具といった、いわゆる「雑材」と呼ばれる製品群です。地味な領域に見えて、複数の製品でシェア1位を握っています。
その理由を、中島さんはこう説明します。
「私どもの事実上のエンドユーザーは、施工される工事屋さんなんです。工事をする際に、よそのメーカーの製品だと4工程、5工程かかるところ、未来工業の製品は2工程ぐらいで取り付けられる。そういう省力化を施してあるんです」
未来工業の製品単価は他社製品と比べて価格が上回る場合があります。 しかし、工程の省力化によって現場では一番高い人件費を削減することにつながります。購入されるのは、その考えに共鳴してくれるお客様が多いそうです。
「現場の一手間を減らす」というシンプルな発想が、価格競争とは違う土俵で選ばれ続ける理由になっています。
劇団の精神「人のネタでウケを狙わない」がメーカーの鉄則に

なぜ、他社にない発想にこだわり続けることができるのか。その答えは、会社の成り立ちにあります。
「もともと未来工業の創業者は、劇団をやっていた人たちなんです。それが『未来座』と言いました。劇団のチケット販売だけでは生計が立てられず、芝居小屋を畳んで創業者たちは実業に入っていった。しかし、看板だった「未来」という名前だけは残した。創業当時から社名が『未来工業』なのはそのためです」
芸事をやっている人たちには、「観客にウケるためなら何をしてもいいわけではない」という一線があるといいます。
「他人のネタでウケは狙わないんですよ。例えば『コマネチ』をやるとウケが良いことはわかっていても、それは他人のネタで、自分のネタではない。それは絶対やらない」
他の企業の製品が売れているからといって、その真似をするということは絶対にせず、自分たちのオリジナルを追求することを鉄則としています。
自分たちの頭で考え、現場の困りごとに向き合い、まだ世の中にないものを形にする。その商品が職人に「これは便利だ」と受け入れられた時、業界内での立場は一気に変わります。
中島さんは、その再現性を支えているのは「お客様が感動してくれるか」というユーザー目線の強さだと話します。ウケるために人のネタを借りるのではなく、自分たちのオリジナルでお客様に驚きや喜びを届ける。その思いが、未来工業のものづくりを貫いています。
社是社訓があると、考えなくなる。未来工業が「常に考え続ける」理由
未来工業には、社是も社訓もありません。掲げているのは「常に考える」という一言だけです。
「『人間は考える葦』というパスカルの言葉もありますが、考えるということに非常にこだわっています。経営の一般的な3資源は『ヒト・モノ・カネ』ですが、中でも『ヒト』にフォーカスし、その力を最大限出すために考え抜くということです」
「常に考える」ということは、「常識すらも疑ってかかる」ということでもあります。あえて社是や社訓を定めない理由を、中島さんはこう明かします。
「社是社訓があると、脳みそが動かなくなる。『こうした行動を是とする』だと何も考えずにそう動きますよね。それは当社の場合はNGなんです」
答えを教えない。社員の「考える機会」を奪わない組織づくり
理念を組織運営に落とし込むうえで、中島さんが苦心しているのが「命令をしない」ことです。
「上席の者はなるべく命令しない。指示も極力少なくしています。指示をすると、社員の考える機会を奪うことになります。だから、なるべく考える機会をつくろうと苦心しています」
この思想を体現しているおもしろい取り組みがあります。社員から改善提案を募る制度です。1件提案すると500円が支払われます。タブーとされるのは人事と給与に関する内容の2つだけ。それ以外は何を書いてもよいのだといいます。
「『これは社益にかなう』という提案は、毎年ごくわずかです。それでも500円を払い続けるのは、自分が考えていることを会社に対してきちんとスピークアウトできるようにする訓練なんです」
自分が考えていることを発信できる「窓口」があるという存在自体の価値もそうですが、自分の意見を考えて話すという文化が会社のためになると中島さんは話します。
「会社のために考え、意見を出すことは、巡り巡って自分自身の仕事をよくすることにもつながる。そうした実感を社員が持てることにも、この制度の意味がある 」
中島さんは、ある社員のエピソードを教えてくれました。その社員が家で提案のネタを考えていたところ、高校生の子どもから「余分な仕事をしないのがサラリーマンなのに、お父さんはなんで会社をよくする提案とか考えとんの」と言われたそうです。
会社員であれば、会社に決められた仕事をこなす。そう考える人も少なくないでしょう。しかし未来工業では、自分の仕事や会社のあり方について考えることが、特別なことではなく日常になっています。
一つひとつの提案が、すぐ大きな成果につながるとは限りません。それでも、社員が「なぜこうなっているのか」「もっとよくできないか」と考える。その積み重ねが、未来工業の文化をつくっているのです。
休みを減らすのは「逃げ」。職人を楽にする創造性は、社員の充実から生まれる
未来工業は、年間休日約140日に加えて有給休暇があり、残業は原則ほぼゼロという働き方を守り続けています。ただし、中島さんは「ホワイト企業を目指したわけではない」と強調します。
「純粋に業績を上げるためにはどうすればいいかを考えてやっていたら、こうなったということです」
その姿勢が最も表れたのが、年末年始休暇をめぐる幹部会での出来事でした。この時、他社に合わせて休暇を短縮し、稼働日を増やして売り上げと利益を伸ばそうという意見が大勢を占めたそうです。
しかし、他社と同じようなことをやっていたら、他社と変わらない会社になってしまう。そう感じた中島さんはこう言い返したといいます。
「俺、そこに逃げたくないんやよね」
休みを減らして働くと言っているのになぜそれが「逃げる」なのか。周囲からは、そう問い返されたといいます。
中島さんにとって、それは未来工業が掲げる「常に考える」から外れる選択でした。休みを削れば、短期的には稼働時間が増えます。しかし、それをせずに業績を上げる方法を考えることこそ、未来工業らしさではないか。議論は2時間ほど続き、最終的に採決を取り直した結果、全員一致で休みは今まで通りに落ち着きました。
「多数決や職場のパワープレイで押し通すということはやらないんです。みんなが本当に納得することを行ないます」

結果として、未来工業社員の年間実労働時間はおよそ1570時間。一般的な日本の正社員男性の年間労働時間と比べ、6割程度にとどまるといいます。離職率も低水準で、昨年は1.3%台、一昨年は0.9%台で推移しています。
なぜ、これほどの休みが必要なのか。中島さんは、車のアイドリングにたとえて説明してくれました。
「長期の休暇は1週間では足りません。休暇中に一度目の土曜日がきた時はまだアイドリング状態で、フルパワーで仕事に向かえる状況です。二度目の土曜日にエンジンは止まりますが、ボンネットを開けるとまだ温かい。ところがもう一度土曜日がくると、エンジンも全部冷え切って、オイルも下がった状態になります。そうすると変化が起きるんです。本来の自分、本当にやりたいことがにじみ出てくる。かっこよく言うと、心のデトックスですね」
未来工業のビジネスモデルは、他社と違うアイデア商品を考え、いわば「アイデア料」を受け取るスタイルだと中島さんは表現します。同じものをより安く大量に、というモデルではないからこそ、一人ひとりの内発的な創造性が欠かせません。そのためには、人間らしい自分の時間が必要だという考え方が根底にあります。
「『これをなくしてこうすればいい』ということがいろいろな部署で散発的に起きるので、結果的に生産性も上がります。『こうしなければならない』と考えることがなくなり、『なんでこんなことしなあかんの』というところからアイデアが出てくるのです」
「職人が楽になった」と言われるものを、これからも考え続ける
社員の創造性を大切にする 考え方は、未来工業の雇用のあり方にも表れています 。同社ではパートタイマーやアルバイトという区分を設けず、同じ仕事をする人は同じ仲間として正社員で雇用してきました。
そこにあるのは、職人の現場を楽にする製品を生み出すためには、まず社員一人ひとりが自分で考え、充実して働ける環境が必要だという考え方です。
未来工業が目指す先について、中島さんは次のように語ります。
「お客様あっての会社ですので、『未来工業がこういう製品を考えてくれたから、俺たち職人は楽になった』と感じていただけるものをさらに供給していきたい。また、社員にも、未来工業で働くことで人生の充実を感じてもらえるような会社であり続けたい」
創業から60年近くを経てなお、「常に考え、常識を疑う」、その問いに終わりはありません。
もっとも印象に残った言葉
「長期の休暇は1週間では足りません。休暇中に一度目の土曜日が来た時はまだアイドリング状態で、フルパワーで仕事に向かえる状況です。二度目の土曜日にエンジンは止まりますが、ボンネットを開けるとまだ温かい。ところがもう一度土曜日が来ると、エンジンも全部冷え切って、オイルも下がった状態になります。そうすると変化が起きるんです。本来の自分、本当にやりたいことがにじみ出てくる。かっこよく言うと、心のデトックスですね」
聞き手:丸山夏名美 構成:天野崇子 書き手:川村忠寛 天野崇子
※写真は全て2026年7月6日丸山夏名美撮影
企業情報
会社名:未来工業株式会社
取材対象者:代表取締役社長 中島 靖さん
設立年月:1965年8月
事業内容:電気設備資材、給排水設備資材、ガス設備資材の製造・販売
所在地:岐阜県安八郡輪之内町楡俣1695番地の1
URL:https://www.mirai.co.jp/






