
2026年2月で丸4年になる、ロシアによるウクライナ侵攻。日本在住のロシア人による反戦団体「YaSoprotivlenie 戦争に反対する在日ロシア人」は、2022年の侵攻直後に活動を開始し、現在も東京で反戦イベントを開催し続けています。戦争に「NO」を突きつける、日本に住むロシア人の思いを確かめに、私もイベントに参加してきました。
彼らの言葉や行動の背景には、ロシア反体制派指導者 アレクセイ・ナワリヌイ 氏の存在があります。彼の死は、在日ロシア人の反戦運動にとって、大きな問いと重みを残しました。
本記事では、その背景や現場で見聞きしたことを前編(https://thelocality.net/navalny-russia-anti-war-1/)後編の2回に分けてお伝えします。
前編では、団体が生まれた背景や活動の内容について、後編では活動に参加したときの様子やナワリヌイ氏をめぐるシンポジウムについて紹介します。
目次
ニカさんとの出会い
実は私は6年前にたまたま知ったロシアのバンドのクオリティの高さに驚き、それ以来現代ロシアのインディーロックを掘り続けています。ウクライナ侵攻に抗議したため、ロシアを出ざるを得なくなったバンドも多く、このような反戦派バンドを紹介するブログを書いています。ロシアのインディーロックシーンは、2010年代初頭のプーチン再選への抗議運動から生まれました。
このブログを見て、私のInstagramにDMをくれたのが、YaSoprotivlenie関係者のニカさんです。ニカさんは極東ハバロフスク地方のご出身で、1994年に留学で来日して以来日本に住んでいらっしゃいます。日本人男性とご結婚され、現在は3人のお子さんのお母さんです。30年以上日本に住んでいらっしゃるので、日本語も堪能です。
私はSNSを通じてロシア在住の20代の音楽好きなロシア人の若者数人と、英語でDMのやり取りをした経験があります。「ロシアのインディーロックを掘っている日本人」をフォローする時点で、海外に目が向いている人ということもありますが、彼らは皆この戦争に反対しています。反戦の声は上げられなくても、ロシア国内にはこういった人々が相当数いることは想像に難くありません。

2025年10月末、私はロシアの反政府派エレクトロニックデュオ「IC3PEAK(アイスピーク)」の来日公演のために、現在住んでいる名古屋から出身地の東京に久々に帰りました。この機会を利用して、翌日初めて実際にニカさんとお会いしました。
実は彼らのようなロシアのビッグネームの反政府派アーティストは意外に多く来日しています。2024年1月には「ロシアのエミネム」のような存在のラッパー「OXXXYMIRON」、そして2025年11月には早くから反プーチンを公言していたトップラッパー「NOIZE MC」が来日しています。ウクライナ侵攻以降、彼らのような著名な亡命アーティストは、現地在住ロシア人を聴衆に世界各国を回っていますが、IC3PEAKの会場では聴衆の半分くらいが日本人でした。これにはちょっと驚きました。若い方が多かったので、TikTok経由で彼らを知ったのかもしれません。
ニカさんとお友達はNOIZE MC公演のボランティアとして、衣装にアイロンをかけたりチラシを作成・配布したりしたそうです。
「名前の回復」というイベントに参加しました
ニカさんとはお昼頃からずっと話し込んでいて、自分で調べても分からなかったロシアのことをたくさん教えていただきました。実際にロシアの方と話すのは初めてだったので、この6年間の答え合わせのようで大変楽しいひと時でした。なにより日本語で質問できるのがありがたかったです。ニカさんの子ども時代はソ連末期で、共産主義体制下の興味深いお話をもっとお聞きしたかったです。
この日の夜、YaSoprotivlenieのメンバー有志が開催した「名前の回復(Returning the Names)」というイベントに私も参加しました。
これはロシアの人権団体「メモリアル」が主導する追悼イベントで、「政治弾圧の犠牲者を追悼する日」の前日である毎年10月29日に、世界各地で行われています。メモリアルは1989年に設立されたロシアで最も古い人権団体で、ソ連時代の大粛清や政治弾圧の記録を編纂(へんさん)・公開し、犠牲者の名誉回復に努めてきました。2021年にロシア政府から解散命令を受けますが、その後もメンバーたちはインターネット上で情報を発信し続けています。2022年にはノーベル平和賞を受賞しました。
「名前の回復」は、ソビエト政権下で投獄・処刑された人々を追悼し、犠牲者の名前を一人ずつ読み上げることによって名誉回復を目指すものです。犠牲者の名前はオンライン上のデータベースから取得され、参加者が順番に朗読します。
このイベントはソ連時代の犠牲者を対象としているため、現在のロシア国内でも合法的に開催でき、政権批判が厳しく制限される中での、数少ない「静かな抵抗」のひとつとなっています。

「名前の回復」は世界各国で誰でも主催することができます。参加者を集め、場所を決め、読み上げている様子を記録したり、ライブ配信したりします。開催したことをサイトに報告してもいいそうです。
開催場所はその街の象徴的・歴史的な場所であればよく、政治テロ犠牲者の追悼碑や全体主義体制への抵抗記念碑、集団墓地や処刑場などが対象となります。
ニカさんが選んだのは、東京 港区の芝公園にある「旧台徳院霊廟惣門」です。100年前、この付近で「治安維持法」に対する最初の抗議デモがあったそうです。東京タワーが間近に見えるこの場所の近くに、100年前にそんな歴史があったとは知りませんでした。

夜7時の開始時間になると、参加者が集まりました。ニカさんと私以外は、皆さんお若い方ばかりです(身の安全のため、顔にぼかしをかけています)。10人未満のこじんまりとした集まりです。
みんなで輪になり、データベースから印刷した名簿を一人ずつ順番に読み上げます。ロシア語なので私には分かりませんでしたが、
・人物の名
・迫害当時の年齢
・出生地
・職業
・処刑執行日と場所
を読み上げるそうです。政府によって奪われた命の記憶を現代にも引き継ぎ、今でも数多くの政治犯が収監され、生命の危険にさらされていることに静かに抗議するイベントでした。
2025年の「名前の回復」は、世界150都市で行われたそうです。

この日の「名前の回復」には本当にまだお若い方も参加していて、自分の娘と同世代の若者たちが、抑圧への静かな抗議を粛々と実践している姿になんだか切なくなりました。日本人にとっては当たり前の、自由にものが言え、好きなことができる社会を守らなければなりません。
2026年開催予定のイベント

写真展+シンポジウム「ナワリヌイ ― This is Navalny ―」
2026年2月中旬(日程調整中)、東京でアレクセイ・ナワリヌイ氏の写真展と、彼の遺産をテーマとしたシンポジウムが開催されます。
「ナワリヌイ ー This Is Navalny ー」は、2024年2月16日にロシア北極圏の刑務所で亡くなったロシアの反政権派指導者、アレクセイ・ナワリヌイ氏を長年にわたり取材してきたエフゲニー・フェルドマン氏によるプロジェクト「This is Navalny」に基づく写真展と、ナワリヌイ氏の遺産をテーマとするシンポジウムの二つのイベントで構成されています。ナワリヌイ氏が訴え続けた「自由」や「人間の尊厳」の大切さ、そして「不正への抵抗」を、現代社会に生きる私たち自身の問題として捉え直す契機とすべく、氏の命日と、ロシアによるウクライナ侵攻開始から4年を迎える2月24日という二つの節目に合わせて、日本で開催するそうです。
① 写真展
ロシア人フォトジャーナリストであるフェルドマン氏が、11年にわたり密着取材してきた写真作品群「This is Navalny」を展示。ナワリヌイ氏の政治家としての姿にとどまらず、家族との時間や日常の中でとらえられた、人間的な魅力あふれる姿を紹介します。
会期:2026年2月中旬(調整中)/会場:早稲田スコットホールギャラリー
② シンポジウム
ナワリヌイ氏が遺した思想や行動の意義を出発点として、日本の会場では複数の登壇者を迎え、対話形式のシンポジウムを開催します。その遺産が国境を越えて持つ意味や影響について、人間の尊厳、市民の主体性、正義への希求といった観点から多角的に考察します。
開催日時:2026年2月21日(土)18:30~/会場:早稲田奉仕園 スコットホール講堂
住所:東京都新宿区西早稲田2丁目3−1 早稲田奉仕園スコットホール(東京メトロ東西線 早稲田駅より徒歩5分)www.hoshien.or.jp

この写真展の実行委員会代表であるホロブコブ • セルヒーさんは、上で書いた「名前の回復」に参加されていたのでお会いしています。ウクライナの方だとはお聞きしていたのですが、クリミアのご出身だったのですね。ナワリヌイ氏を心から尊敬していることもお聞きしていました。
これまでSNS上や実際にお会いしたロシアの人々との交流から、平和を願うロシア人にとって、ナワリヌイ氏の存在は本当に大きなものなのだと改めて感じさせられました。私はナワリヌイ氏のドキュメンタリー映画「ナワリヌイ(https://transformer.co.jp/m/Navalny/)」を見ましたが、非常にユーモアがあり、人間的にもとても魅力のある人でした。2020年、化学兵器である神経剤ノビチョクで危うく暗殺されるところを、奇跡的に一命をとりとめます。暗殺がロシア政府関係者によるものだということを突き止める過程は、まさに「映画のように」スリリングでした。療養先のドイツからあえてロシアに戻り、空港で拘束されるところまでを撮影していますが、その後本当に刑務所で亡くなるという最悪の結果に。
決して亡命はせず、最後まで政府に抵抗していたナワリヌイ氏の姿は、反戦派のロシアの人々にとっての心の支えでした。彼の逝去から2年、未だに戦争は終わっていません。不安定な世界情勢は続き、日本も大きな影響を受けています。どうすれば平和な世界になるのかを考えるきっかけとして、ぜひ写真展「ナワリヌイ ー This Is Navalny ー」に足を運んでみてください。
情報
YaSoprotivlenie 戦争に反対する在日ロシア人 公式サイト(各SNSへのリンクあり) yasoprotivlenie.com
「政治犯への手紙を書く夕べ」Instagram @pismaiztokyo
「THROUGH THE BARS 鉄格子の向こう – ロシアの政治犯とアート-」https://buoy.or.jp/program/allrightsreversed/
Faces of Russian Resistance https://www.politzk.com/en
「名前の回復(Returning the Names)」(メモリアルによるサイト) https://october29.live/?lang=en
写真展+シンポジウム「ナワリヌイ ー This Is Navalny ー」an-legacy-jp.com





