スマートフォン、自動車、家電製品。私たちが日々使う多くの製品には、目に見えないところで無数の「ねじ」が使われています。
京都府綾部市に本社を置く日東精工株式会社は、そうしたモノづくりに欠かせないねじや、ねじを自動で締める機械、計測・検査機器を手がけ、世界の産業を支えてきたBtoBメーカーです。
日東精工の創業の原点にあったのは、地元である綾部に雇用を生み、工業を発展させることでした。人口約3万人の地方都市に本社を置き続けながらグローバルに事業を展開する姿は、単なる企業成長の物語ではありません。創業理念を今に受け継ぐ、経営哲学そのものです。

綾部で生まれ育った代表取締役社長の荒賀誠(あらが・まこと)さんに、同社が綾部で貫いてきた経営哲学と、地方企業が社会に示す可能性についてお聞きしました。
目次
綾部に雇用を生むために始まったモノづくり
日東精工は、1938(昭和13)年に設立されました。同社の創業の原点にあったのは、地元である綾部に雇用を生み、地域産業として工業を発展させることでした。当時の綾部には、すでにグンゼ株式会社の工場があり、女性が働く場が生まれていました。一方で、地域の男性が働く場をつくることも課題となっていました。
「普通の会社は、もともと何かをつくっていて、それが事業として広がり、忙しくなって働く人が増えていきます。しかし、当社は、まず地域に雇用を生み出そう、工業を発展させようという目的が先にありました」

その成り立ちは、「極めて異色」だと荒賀さんは説明します。
最初に手がけたのは、水道メーターのメンテナンスなどでした。その後、高度経済成長期に家電製品に使われるねじの需要が拡大し、ねじづくりに取り組み始めます。日東精工のねじは、家電製品のほかにもカセットテープやビデオテープなどに多く使われました。
ねじの需要が増大する中、顧客から「ねじを締める作業を正確、かつスピードアップしたい」との要望が出されます。それをきっかけに複数箇所のねじを同時に締める技術開発が進みました。 一方、水道メーターのメンテナンスから始まった技術も進化を遂げ、流量計や計測機器に展開していきます。しょうゆ、ソース、焼肉のたれ、重油など、流れるもの、液体の流量を計測する日東精工の技術が幅広い分野で使われるようになりました。
「お客様の『こんなものはできないか』に応え続ける中で事業を広げてきました。日東精工の事業拡大は、顧客の声に応え続けた結果です」
地域に雇用を増やしたいという創業の目的を起点に、同社は顧客の要望に応え、事業を広げてきました。モノづくりの歩みそのものが、地域とともに成長するという同社の経営哲学を体現しています。
綾部に本社を置き「雇用を残す」経営判断
日東精工が本社を置く京都府綾部市は、人口3万人弱の地方都市です。大都市のような利便性はありません。荒賀さんも「なぜ東京に本社を移さないのか」と聞かれることがあるそうです。
移転すれば便利になる面があることはありますが、それでも同社が綾部に本社を置き続けるのは、地域に雇用を生むという創業時の思いと深く結びついているからです。工場だけを地方に置くことはできます。しかし、本社があるからこそ、総務や財務、広報、経営企画など、多様な仕事が地域に生まれます。
日東精工は、地域に雇用を生み、工業を発展させるために生まれた会社です。だからこそ、綾部に本社を置き続けることは、地域に仕事を残し、地元で働く選択肢をつくり続けるという、同社の原点を現在の経営判断として守り続けることなのです。
その思いは、同社の経営理念にも受け継がれています。
「我らの信条」を、綾部で働く一人ひとりの行動に変える
日東精工の経営理念の基本にあるのが、社是「我らの信条」です。その根底には、「誠実」「信頼」「感謝の心」があります。綾部に雇用を生み、地域の工業を発展させるために生まれた会社だからこそ、その考え方を一人ひとりが同じように理解し、次の世代へ受け継いでいくことが大切になります。
2023(令和5)年3月、社長に就任した荒賀さんが最初に取り組んだのも、この理念の解説を整理し直すことでした。同社には創立25周年時につくられた『我らの道』という冊子があります。荒賀さんは社長就任後、その内容をもとに理念の解説を整理し直し、経営理念と行動指針をまとめた45ページの冊子として見直しました。

「人が変われば、理念の解釈も少しずつ変わってしまいます。だからこそ、言葉として残しておく必要があります。例えば『良い仕事』という言葉一つをとっても、社員一人ひとりの受け止め方は異なります。だからこそ日東精工では、『良いとは何か』を一つひとつ言葉にし、自分の仕事に置き換えられるようにしています 」
荒賀さんは、経営理念は覚えるだけでは意味がなく、自分の行動にまで落とし込むことが必要だと話します。同社では、昇格時に理念に関する試験も行っています。社是は掲げるための言葉ではなく、綾部に根差して働く社員一人ひとりが、日々の判断や行動の基準にするためのものなのです。
会社の垣根を越えて、綾部の技術者を育てる
日東精工の社是には、「良い人をつくる、良い仕事をする、社会に貢献する」という考え方があります。
その象徴が、1966(昭和41)年に設立された一般社団法人綾部工業研修所です。これは日東精工の社員だけでなく、綾部市や近郊の中小企業で働く若手も学ぶことができる、地域全体の「人財」育成の場です。仕事が終わった後、週1回、1年間にわたり、機械科や電気科に分かれ、図面の読み方、配線などを学ぶことができます。夜間学校のような仕組みで、日東精工の社員が講師を務めています。
荒賀さんは「地方では、人を育てることを企業がしなければならない時代があった」と振り返ります。かつては小学校や中学校を卒業してすぐに働き始める人もおり、企業が仕事に必要な知識や技術を一から教える役割を担っていました。
その役割は、時代が変わった今も地域の中で続いています。綾部市や近郊の中小企業では、新入社員が1人か2人という背景もあり、社内だけで機械や電気の基礎を体系的に教えるのが難しい場合があります。だからこそ、綾部工業研修所は日東精工だけのものではなく、地域全体の若手技術者を育てる場として機能し続けているのです。
人を育てることは、自社の未来をつくるだけではありません。地域の企業で働く若手を育てることが、地域全体の技術力を支え、工業を育てることにもつながっています。
綾部から世界の顧客に応える力を育てる
荒賀さんは、これからの会社づくりにおいて、働きやすさだけでなく、働きがいを持てる会社であることを大切にしています。社会から必要とされている実感があってこそ、社員は自分の仕事に意味や誇りを感じられると考えているからです。
日東精工にとって、社会から必要とされる仕事とは、顧客の要望に応え、世界のモノづくりを支えることです。同社は、綾部に本社を置きながら、国内外の顧客の要望に応えてきました。

「当社は、お客様の『こんなものはできないか』という声に応えながら事業を広げてきました。そこで『できません』で終わってしまえば、お客様の困りごとを受け止め、技術や製品の開発につなげる機会を失ってしまいます。お客様の要望を理解し、形にする力があるからこそ、綾部にいながら世界のモノづくりを支える仕事ができるんです」
こうした仕事を綾部で続けていくために必要なのが、人づくりです。顧客から寄せられる要望は、時代とともに変わっていきます。その要望に応え続けるためには、社員一人ひとりが学び続け、新しい技術や知識を身につけていくことが欠かせません。
綾部に根差しながら、国内外の顧客に応え、社会に必要とされる仕事を続けていく。そのために日東精工は、人を育て続けているのです。
綾部から、地方企業の可能性を示す
地方に本社を置くことは、企業の成長にとって制約になるのでしょうか。日東精工の歩みは、その問いに対する一つの答えを示しています。同社は綾部市に本社を置きながら、世界のモノづくりを支えてきました。
荒賀さんは「地方に本社があっても、十分に事業経営が成り立つことを発信していきたい」と話します。日本では大きなビジネスをしようとすると東京に本社を置くことが一般的に考えられがちですが、同社は綾部からグローバルに事業を展開しています。
「遊びに行くのは都会であっても、働くのは地方でいい。そういう社会になればいいと思います」
生まれ育った土地で、世界とつながる仕事をし、誇りを持って働く。また、都市部から移住してきた人が、地方で暮らしながらこれまでのキャリアを生かすこともできます。日東精工が示しているのは、地方にいながら、自分の力を生かして働くことができるという可能性です。
同社は、厚生労働省による「子育てサポート企業」の特例認定「プラチナくるみん」や、経済産業省による女性活躍推進に優れた企業への「えるぼし」認定 、経済産業省による健康経営優良法人認定など、都市部の企業と同じ基準で評価される認定にも積極的に取り組んでいます。これらの認定取得には、地方にあっても優れた経営ができることを客観的に示すための意味も持っています。

「会社だけが成長しても、地域が発展しなければ意味がありません。地域の発展と会社の成長を両立させていきたい」
地域に雇用を生み、人を育て、顧客の要望に応えながら、企業と綾部がともに成長していく。日東精工の歩みは、地方企業が社会に示し得る可能性そのものです。
もっとも印象に残った言葉:
「会社だけが成長しても、地域が発展しなければ意味がありません。地域の発展と会社の成長を両立させていきたい」
聞き手:丸山夏名美 構成:天野崇子 書き手:加藤道子 天野崇子
※提供写真以外の写真はすべて2026年6月5日丸山夏名美撮影
情報
会社名:日東精工株式会社
取材対象者:代表取締役社長 兼COO 荒賀誠さん
設立年月:1938年2月11日
事業内容:工業用ファスナー、自動組立機械、計測制御・検査機器、医療機器
所在地:京都府綾部市井倉町梅ヶ畑20番地
URL:https://www.nittoseiko.co.jp/






