秋の到来を告げる最初の行事は「中秋の名月」。月見と言えば、ススキやハギを生け花にし、団子や餅を供えるのが一般的ですが、いわき市には「お月見どろぼう」というユニークな伝統行事が残っています。
名前には「どろぼう」とありますが、実際には子どもたちが各家庭を訪れ、断りを入れた上でお菓子をもらう、どこかハロウィンに似た風習です。今回は、この「お月見どろぼう」をテーマに、いわき市暮らしの伝承郷のスタッフの方にお話を伺いながら、いわき市とその周辺に残る文化や習慣の魅力を掘り下げていきます。
目次
いわき市や近隣に残る「お月見どろぼう」
筆者の調査によると、「お月見どろぼう」という風習は福島県内ではいわき市の一部や近隣の地域で行われていることが確認されていますが、実際にどの範囲まで広まっているのかは明らかになっていません。
他の地域ではこの風習が消滅したのか、それとも記録に残っていないだけなのか、詳細な記録がないためです。いわき市や棚倉(たなぐら)町、郡山市の一部では見られる一方、中島村や矢吹町にはその行事自体が存在しないようです。地域によっては、行事の内容や形式が異なる可能性が高く、学校の先生や役場の職員ですら詳細を把握していないこともあります。また、昭和時代に行われていた地域でも、名前や実施方法が異なっていたり、すでに廃れてしまった可能性も否定できません。
ハロウィンによく似た「お月見どろぼう」
「お月見どろぼう」は、ただお菓子をもらうだけの行事ではありません。スタッフの方によると、子どもたちは自宅近隣のお宅を訪問し、呼び鈴を押して「お月見どろぼうが来ました」と告げ、飾られている団子やお菓子をもらう流れだったそうです。現代のハロウィンと似た点もありますが、無断で持ち去るのではなく、きちんと断りを入れる点が特徴的です。参加する家庭も、お菓子を用意して子どもたちの訪問を待っていました。しかし、近年の都市化により、このような行事は徐々に減少しており、特にコロナ禍の影響でイベントが縮小されたり、中止されたりしたことも、衰退の一因となっています。
「お月見どろぼう」という風習は、季節の暦と密接に結びついています。満月や秋分の日に行われることが多く、昔ながらの生活では月の変化に寄り添いながら暮らしてきた人々にとって、自然な感覚として受け入れられていたのでしょう。
海だけではなく山の文化も色濃く残るいわき市
いわき市は、クルーズ船が入港する先進的な港町としての顔を持ちながら、山間部には昔ながらの生活様式がまだ残っています。海の文化と山の文化が混在し、地域ごとに異なる風習や生活様式が存在するのが特徴です。
海産物で有名な小名浜エリアと、農業が盛んな内陸部では、文化の違いが顕著に表れています。筆者も初めていわきを訪れた際、海産物が豊富な印象が強かったものの、内陸部には農家が多いことに驚いた記憶があります。
山間部では、かつて囲炉裏を使った生活が行われていた話を聞き、昔の暮らしに思いをはせたこともありました。いわき市は「アクアマリンふくしま」など海に関連する施設が注目されがちですが、実際には農業や和紙の生産といった内陸の伝統産業も残っています。
大切に残したい「お月見どろぼう」の文化
いわき市やその周辺で行われる「お月見どろぼう」という行事は、地域の歴史や文化、そして天文に深く結びついています。この行事は、全国的に残る月見行事の一つで、縁側に飾られた団子を子どもがそっと竹で刺して盗み食いをしたり、この日に限り果樹園の果物を取っても良いという説もあり、いわきでは中山間部にのみ残る風習となっています。
かつては広範囲で行われていたこの風習も、現在では地域差があり、詳細を知る人も少なく失われつつあります。とはいえ、この行事は地域の暮らしや季節感を大切にする日本の文化を象徴しており、大切に残すべきいわき市の独特な文化財の一部と言えるでしょう。歴史的背景や文化に触れることで、地域の風土に対する理解を深める貴重な機会でもあります。
また、旧暦8月15日の十五夜のあとに巡ってくる旧暦9月13日の「十三夜」は、十五夜に次いで美しい月とされ、どちらか一方しか月見をしないことを「片見月」「片月見」と言い、縁起が悪いとされています。
2024年の十三夜は10月15日です。お月見をする際は、月見団子、ススキ、栗や豆などの収穫物を供えて楽しんでみてはいかがでしょうか。