
宮城県の南東部に位置し、福島県に隣接する山元町は亘理(わたり)郡に属する。イチゴやはらこめしが有名だが、それだけではもったいない。歴史のある建物が存在する。今回はそれを紹介したい。



大條家茶室にて(横から撮影)

築約200年・移築で空襲免れた藩政時代の唯一存在する建物!
筆者は、仙台空襲(1945年7月10日)を免れた建物が存在するということを山元町の発信する情報で初めて知った。それは伊達家の重臣である大條家の茶室だ。2002年8月26日に町の有形文化財に指定され、2024年11月24日に一般開放が始まった。一般開放に至るまでの道のりは平たんなものではなかった。
2011年の東日本大震災を含め度重なる地震で被災したのだが、2023年にクラウドファンディング型ふるさと納税を実施したのちに修復された。同年に行われた放射性炭素年代測定で、柱に18世紀後半〜19世紀初めごろに伐採された木材が使われていることが分かり、建物の歴史が証明された。
大條家茶室の歩み
大條家の「大條」は、伊達家8代の宗遠(むねとお)の三男・宗行(むねゆき)が陸奥国伊達郡大條邑(むら)(現在の福島県伊達市梁川辺り)を領地としてその地名を名乗ったのが始まりで、代々、重臣として支え続けてきた。
この茶室は、1832年に伊達家28代で12代仙台藩主だった斉邦(なりくに)が大條道直(みちなお)に与えたものである。当時、仙台城下の川内にあった大條家屋敷内に建てられたのちに1888年に屋敷とともに移築、拝領からちょうど100年たった1932年に坂本要害(蓑首〈みのくび〉城)の三ノ丸跡に再び移築された。
坂本要害は、大條氏が伊達政宗の命令で1616年から明治維新(1868年)までの約2世紀半にわたって亘理郡坂元の地を治めた拠点だ。
1945年、仙台空襲によって多くの藩政時代の建物が焼失する中で、仙台藩の上級武士が所有した茶室として奇跡的に唯一残った建物が、今もなお現存するのはうれしいことである。



亘理や山元を訪れた際、ぜひとも、立ち寄ってみてはどうだろうか。歴史に興味のある方なら、再発見も多いと思う。なお、外観見学可能な開館時間は月曜日(祝日の場合は翌日)と年末年始(12月28日〜1月4日)を除く9時から16時まで。茶室の一般開放日は、月2回程度実施。施設利用は有料(詳細はホームページ参照)
※写真はすべて2026年8月28日筆者撮影。
情報
宮城県亘理郡山元町坂元字舘下119番地2
問い合わせ:山元町歴史民俗資料館 TEL:0223-37-0040
参照URL 山元町歴史民俗資料館(山元町ホームページ)
https://www.town.yamamoto.miyagi.jp/site/museum
町指定文化財「大條家茶室 此君亭」の利用・見学方法
https://www.town.yamamoto.miyagi.jp/soshiki/20/26854.html





