秋田県北秋田市の山奥に、「杣温泉」という秘湯がある。
日本秘湯を守る会にも加盟していて、露天風呂は混浴である。
日本秘湯を守る会という組織も気になるし、「杣(そま)」という珍しい漢字も気になるし、宿のご主人がマタギなのも気になる!…いろいろ気になることが多いので、取材をおこなった。
杣温泉旅館は、森吉山(もりよしざん)のふもとに佇む一軒宿。
人里からとても離れていて、いかにも「秘湯」という風情である。
日本秘湯を守る会とは、山あいの温泉旅館で作る会員制の組織のことで、杣温泉は2008年に加盟した。旅館までは最寄り駅の阿仁前田温泉駅(あにまえだおんせんえき)から車で30分ほどかかるが、新緑と山桜と残雪が入り混じる春の山並みがとても美しかったので、移動の時間は全く苦にならなかった。
細い砂利道を抜けると綺麗なブナ林と旅館が見えてくる。都会育ちの方にとっては、この砂利道の運転だけでも冒険だろう。
杣温泉のご主人は杣正則さんという方で、非常に珍しい「杣(そま)」という苗字を持つ。
「杣」という字は、「木材を切り出す山」のことを意味している。そこから転じて「山に生えている木」や、「木を切り出す人」のことも意味するようになったらしい。
お恥ずかしながら、筆者はこちらの杣温泉の存在を知ってから「杣」という漢字の読み方と意味を知ることになった。
ご主人の杣正則さんはマタギでもあり、旅館の至る所に動物や魚の剥製、毛皮等が飾られていた。
興味深かったのは、40年前に旅館で熊を飼育していたというお話であった。狩猟で親を亡くした子熊を引き取り、ここで育てていたらしい。
ご主人曰く、これが今の北秋田市にある熊専用動物園「くまくま園」のモデルになったとのこと。
くまくま園の小松武志園長も実はマタギであり、筆者は狩ることと育てることの両立を前々から不思議に思っていたのだが、実はそれほど不自然なことではないのかもしれない。
アイヌ文化でも、子熊を育ててから殺すイオマンテという儀式がある。
そして、杣温泉の目玉である天然の源泉かけ流しの湯は、無色透明でやわらかであった。
ここの温泉水は、飲用水としても使えるらしい。内風呂の剥き出しの岩や使い古されたタイルも退廃的で良い味を出していたが、夜に入った混浴露天風呂も素晴らしかった。
川の音と満天の星とブナ林に囲まれて、実に爽快だったのである。
「混浴」と聞いて恐れおののいていたのだが、他のお客さんがいない時に入れば特に問題はないようである(※水着の着用も可能とのこと)。
こちらの旅館では、鯉の輪切りの味噌煮込み料理である鯉こくや熊鍋、山菜や天然の鮎を食べることができる。旅館の周囲には鯉の生簀(いけす)もあり、生きている状態の鯉を眺めることもできる。
秋田県の内陸部では鯉を食べる習慣があり、昔は貴重なタンパク源であったらしい。山と川と内陸部の食文化を、杣温泉で堪能してもらいたい。
川のせせらぎを聴き、カメムシを退治しながらそう思った。
杣温泉旅館
http://www.somaonsen.com/index.html
くまくま園
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