
かつて「エネルギーの町」と呼ばれた福島県双葉町。東日本大震災と原発事故により一時は人口がゼロとなったこの町で、今、外から人を迎え、歩き、語り合うツアーが続けられている。案内人は、避難者の声に耳を傾けたことをきっかけに移住した山根辰洋(やまね・たつひろ)さん。「語られなかった記憶を、外部に循環させたい」。その思いとともに、問いかけられるのは「財産とは何か」「観光のゴールとは何か」。震災から10年以上が過ぎた今も、町は問い続けている。歩いた先に見える双葉の“今”とは何か、筆者は同町内で開催されたウォーキングツアーに参加した。
目次
■“話を聞く”ことから始まった町との関わり
東京出身の山根さんがこの活動を始めたのは、震災後、双葉町民が県内外の避難先を転々としていた時期のこと。双葉町は県内で町機能ごと避難した唯一の自治体。町を離れた多くの人の声を聞く機会があったという。「誰にも語られずに消えていく記憶の中に、尊い営みがあったことを知った」
それがきっかけで、山根さんは双葉町へ移住。語られた記憶を外部の人々に届け、循環させ、そこから対価を生み出す仕組みづくりに挑んでいる。
彼自身、3人の娘を持つ父親だ。現在、町内には学校がないため、子どもたちは隣町の浪江町まで通学している。一度は人口ゼロとなった町での生活について、「QOL(生活の質)が下がった」とは言わない。
「不便かどうかは、自分がその生活にどう適応するかだ」
そう語る姿が印象的だった。

■“復興”とは何か? 歩くことで浮かび上がる問い
ツアーは、東日本大震災が発災した午後2時46分を指したままのからくり時計がある、JR常磐線・双葉駅からスタートした。途中には、震災前に太鼓の練習や結婚式も行われていたという旧体育館跡地もある。当時は魚屋や八百屋がオードブルを用意し、町全体で挙式を祝ったという思い出の場所。壁に描かれた今泉夫妻のイラストが、その記憶を今に伝えている。

2020年3月には一部の避難指示が解除され、2022年8月には特定復興再生拠点区域の避難指示がすべて解除された。しかし、町全体の8割以上はいまも帰還困難区域に指定されたままだ。駅前の住宅では、事務手続きを終えた家屋が解体を待っていた。

■過去の誇り、現在の問い
双葉町はかつて「エネルギーの町」と呼ばれていた。木炭、石炭、そして原子力へと、時代とともにエネルギーのかたちを変えながら町を支えてきた。
「石を投げれば原発関係者に当たる」と言われるほど、町の経済は原子力に大きく依存していた。
駅から歩いて5分ほどの場所には、折れ曲がった電動シャッターがそのまま残る消防団の車庫がある。話によると、救助に向かおうとした際、停電でシャッターが開かず、ポンプ車で押し破って出動したという。
「地域の消防団は、親兄弟より絆が深い」(山根さん:談)
その関係性は、今も地域の祭りなどを通じて受け継がれている。


■「あなたにとって財産とは?」
ツアーの終盤、山根さんが私たちに問いを投げかけた。
「あなたにとって財産は何ですか?」
家族、思い出、健康、土地、お金……。参加者それぞれの答えには、その人の背景や価値観がにじみ出る。
震災で多くを失った町だからこそ、あえてこの問いを投げかけるのだという。

「賠償金をたくさんもらっていいね、という人もいます。でも、生活弱者は震災後も生活弱者のまま。問題を起こした側が賠償額を決めるという構図はおかしい。だからこそ、帰ってくる人を後押ししたい」(山根さん:談)
■“完成しない”からこそ価値がある
双葉町のウォーキングツアーは、訪れるたびに内容が変わる。それは意図的な演出ではなく、「現在進行形の町」を歩く“完成しない”ツアーだからだ。震災後の町をただ“見る”のではなく、語り、関わり、考える時間がそこにはある。
地域資源を磨き、商品化し、それをコミュニティに育てていく。単独では難しいことも、企業や他地域と連携しながら“プロデュース”する。この「タウンストーリーツアー」は、そうしたソーシャルベンチャーの取り組みの一環だ。開始から6年目。教育旅行や国際ツアーも視野に入れている。

■観光のゴールは「住民を増やすこと」?
ツアーの最後、私たちはもう一つの問いを受け取ったー「観光のゴールは、“住む人を増やすこと”なのか?」
現在、双葉町には約180人が暮らしている。そのうち60人ほどが帰還者、残り約120人が移住者だという。町は避難指示解除後5年で、居住人口2,000人を目標に掲げているが、山根さんは「現実的には難しいのではないか」と語る。
観光とは、町に関心を持ち、関わる最初の接点。その中から、定住・交流・支援といった多様な関わりが生まれていく。「コミュニティがなければ、営みは起きない。人がいないことがいちばん難しい」(山根さん:談)
山根さんは、持続可能な形で活動を継続させていくことを目指している。

■次の一歩前へ
2026年は、福島県政150周年。そして「ふくしまデスティネーションキャンペーン(DC)」の開催年でもある。
双葉町の挑戦は、観光という手法を通して地域の未来を構想する取り組みの一つだ。
「地域の宝を磨き上げ、商品化し、それをコミュニティにする。地域に投資してくれる人たちと連携したい」と語る山根さん。過去を知り、現在に触れ、未来へつなげる。その最初の一歩として、このウォーキングツアーは、強くおすすめしたい体験だ。
情報
:山根さんが代表を務める一般社団法人双葉郡地域観光研究協会の情報はこちら
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