震災の街から未来をつくる。福島59市町村を巡った東京の記者が、小高に出版社をつくった理由【福島県南相馬市】

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※森禎行さん提供写真

福島県には全部で59の市町村がある。そのすべてを訪れたことがある福島県民は、どれほどいるだろうか。

東京都出身の森禎行(もり・さだゆき)さんは、なんと県内59市町村すべてを訪れている。しかも宿泊施設がない3自治体(2026年6月現在)を除く56市町村には、実際に宿泊もしているという。さらに、「車で通過しただけでは訪問に数えない」という独自のルールもあり、その土地の誰かと会話して初めて「行った」ことになるそうだ。

もともと福島に深い縁があったわけではない。ところが震災後の取材をきっかけに福島との関わりが生まれ、県内各地を巡るようになった。そして2026年、南相馬市小高区に出版社「福土舎(ふくどしゃ)」を立ち上げた。

なぜ、東京出身の森さんはそこまで福島に引かれ、59市町村を巡り、ついには小高で出版社を始めるまでに至ったのか。

その原点をたどると、避難指示解除前の小高で出会った人々の存在があった。

きっかけは、震災後の浜通り取材

震災時のいわき市薄磯(うすいそ)地区(森禎行さん提供)

森さんは東京都出身。大学卒業後は大手新聞社で記者をしていた。

福島との深い縁があったわけではなかったそうだが、2011年の東日本大震災後、いわき市やサッカー施設「Jヴィレッジ」など県の浜通り(太平洋沿い)を取材したことが、福島に接したきっかけだったという。

その後、大手IT企業に転職し、ECサイトに関わるようになった森さん。2017年に、『ふくしまプライド。』のECサイトの立ち上げに参画した。

「前代未聞ですが、大手ECサイト3社が手を組むプロジェクトでした。その記者会見のセッティングなどに関わっています」

59市町村を巡り、56市町村に宿泊。しかも必ず「誰かと話す」

会津若松市の鶴ヶ城 写真:photoACより 雅夢

冒頭でも触れた通り、森さんは福島県全59市町村すべてを訪れている。

「最初から全市町村を制覇することが目的ではありませんでした。当初は福島市、郡山市、いわき市などの主要都市や、ECサイトの取り扱い商品を生産する自治体が中心で、おそらく20市町村ほどしか回っていなかったと思います」

しかし、新型コロナウイルス感染拡大により、テレワークが一般化した。そのタイミングで訪問する自治体が格段に増えたという。

「せっかくなら、全市町村を回ろう。そして、ただ通過するだけではなく、その土地の人と交流してみようと思ったんです」

そして59市町村すべてを巡るに至った。県内の様々な人と交流でき、かなりの刺激を受けたと話す。

「未来を見て生きている福島の人たちから、たくさんエネルギーをもらいました」

森さんにとって、福島を巡ることは疲れる活動ではなく、むしろ元気をもらえる活動だったという。

原点は2014年、避難指示解除前の小高だった

2014年当時の南相馬市小高区の皆様(森禎行さん提供)

ここで、なぜそこまで福島のファンになったのかという疑問が湧く。これについて森さんは、2014年の南相馬市小高区での、多くの人との出会いがきっかけだと語る。

当時の小高はまだ避難指示解除前だ(避難指示解除は2016年)。住民もほとんどおらず、夜になれば明かりもないような状況だった。

そのような場所で、何もなくなってしまったところから「新しい事業」「新しいまちづくり」をしたいと考えている同世代に出会った。

「まだ何も見えていない未来を、自分たちでつくろうとしている人たちがいる。それが私に強く印象に残りました」

人が住むことのできない状況のなかで、新しい事業やまちづくりに挑もうとする人たちに、森さんは強く引かれたという。

その後も、小高の変化を見続けてきた。

当初はほとんど誰もいなかった場所に、人が増え、コワーキングスペースや店舗ができた。

ゼロだった状態を知っている森さんにとっては、非常に大きな変化に感じられたという。

ここから森さんにとって福島は単なる「被災地」ではなく、未来をつくろうとしている人たちがいる場所へと変わった。それが、福島が好きになった理由だと話す。

畑で食べたとうもろこしとナス

畑で生野菜を堪能(森禎行さん提供)

もう一つの大きなきっかけが「食」だった。

福島の畑で採れた、とうもろこしとナスを、その場で生のまま食べた時のことだ。

東京出身の森さんにとって、とうもろこしはゆでたり電子レンジで加熱したりして食べるものだった。ナスも生で食べるイメージはなかった。

ところが、その畑で食べたおいしさは、それまで様々な店で食べたもののどれとも比較にならないくらい、大きな衝撃だったという。

「単純に福島の野菜がおいしい、という話ではなく、その背景にあるストーリーに共感しました。農業は失敗ができない仕事です。野菜を育てるための土づくりから、丁寧に作物を育てていくことはとても尊いものがあると感じています」

この体験が、福島の食や土地そのものへの関心をさらに深めた。

南相馬市に出版社を立ち上げ

福土舎があるコワーキングスペース「小高パイオニアヴィレッジ」(森禎行さん提供)

2026年、森さんは福島に深く関わるきっかけとなった小高に、出版社「福土舎」を立ち上げた。

時が経ち、小高には新しい仕事や事業を自らつくろうとする人たちが集まるようになっていた。2014年からその姿を見てきた森さんにとって、小高は自分自身も何か新しい挑戦を始めたいと思える場所だった。

では、なぜ出版社を立ち上げたのか。

「福島には、まだ言葉になっていない価値がたくさんあると思っています」

その価値を記録していく。その手段が出版だったと話す。

「本を出版すること自体は最終目的ではありません。本はあくまでも『入り口』です。読者の方々が私の本を読んだことをきっかけとして、『福島へ行く』『福島の商品を買う』『地域に興味を持つ』 ところまでつながってほしいですね」

つまり、森さんが目指していることは、単なる情報発信だけではなく、情報を起点に人の行動や関係性が生まれることなのだ。

シェフの萩春朋さん(中央)と、農家の鈴木光一さん(右端)(森禎行さん提供)

森さんのインタビューの中で、「食はメディアだと思うんです」という話が出た。

文章や映像だけがメディアなのではなく、「料理」も情報を伝える手段だという考え方である。

例えば、森さんの出版した本にも登場するフランス料理店『HAGI』のオーナーシェフ・萩春朋(はぎ・はるとも)さん。森さんは「すごい編集者です」と表現している。

森さんによれば、萩さんは生産者の思いや土地の特徴を理解し、それを料理として組み合わせ、「おいしい」という五感の体験として届けている。

「福島の食材だけでコースをつくっていて、それ自体が『福島』を伝えるメディアになっているんですね」

萩さんは、生産者が育てた食材を料理として組み合わせ、食べる人へ届けている。森さんにとって、それは文章を編集することとよく似ているのだ。

生産者と料理人をつなぎ、料理を通じて人と福島をつなぐ。だからこそ、森さんは萩さんを「編集者」と呼ぶのである。

森さん自身も、今後は出版社を運営していくことで、福島を編集し、新しい文脈をつくっていきたいと話す。

2014年、小高で「まだ見えない未来をつくろう」とする人たちに出会った森さん。12年後、今度は自身が出版社を立ち上げ、福島の新しい物語をつくる側になったのだ。

安齋慎平

安齋慎平

福島県在住のライター。企業や自治体、政府広報など幅広い領域でインタビュー記事を担当。主な執筆記事に「東急ハンズの中の人に聞く『つぶやきの作法10ヶ条』」や「全職員を巻き込み、自ら改革する市役所を作る!–福島市役所のDXを進めるキーパーソンたちに聞く」など。「デイリーポータルZ」月間新人賞受賞経験あり。

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