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高級魚「ナワキリ」は漁師の救世主になるか
沖縄本島の約400km東方に位置する南大東島。南大東島の近海にはマグロやサワラが豊富に獲れる漁場があります。
そんな豊かな環境にある南大東村漁業組合では、獲れた魚をその日のうちに加工・発送するので、新鮮な状態で味わうことができます。しかし、近年の温暖化の影響からか、南大東島のマグロの漁獲量は年々減少傾向にあります。
南大東村漁業組合で組合長を務める知念竜児 (ちねんりゅうじ)さんは漁師の収入減を補うためにあるものに目をつけました。それが「ナワキリ」という南大東島近海で獲れる深海魚です。
正式名称をクロシビカマスといい、丈夫なアゴを持ち、縄を切ってしまうほど歯が鋭いため、その名が付けられました。ナワキリは白身で見た目あっさりしていそうですが、しっかりと脂が乗り、魚の旨みが凝縮された濃厚な味わいが特徴で、刺身はもちろんバター焼きや煮付け、汁など、島では昔からあらゆる調理法で親しまれてきました。沖縄全域で獲れますが、南大東島周辺のものは脂の乗り方や味が他の島と全然違うと知念さんは言います。
そんなナワキリですが、味は申し分ない一方で、骨が多くて非常に食べづらいためにあまり売れる魚ではなく、これまでは漁獲の規制をかけていたほど。マグロが獲れない今、このナワキリを商品化しようと知念さんは思い立ちました。
2年を費やして「ナワキリのマース煮」を開発
骨が多く食べづらいナワキリをレトルトにして、骨ごと食べられるマース煮(塩と泡盛で煮込む調理法)にできないかと試みました。骨が柔らかくなるように長く煮込むと身がボロボロになって食感が悪くなるので、煮込み時間の調整にかなり苦心されたそうです。知念さん自ら実験所に何度も足を運んで試作を重ね、構想から足掛け2年、「ナワキリのマース煮」が完成しました。
離島フェアでお披露目したところ、これが大好評。食べにくいナワキリが骨ごと食べられることと、南大東島で獲れるナワキリの美味しさに他島の人は驚いていたそうです。
航空会社の機内販売にも採用され、よい反響は続きました。テレビで取り上げられたこともあって、現在も電話での問い合わせが多く来ているとのこと。そのため、オンライン販売ができるホームページを作成中で、2024年5月頃にリリース予定だそうです。
漁師を始めたのは6年前。組合長になったのは3年前
知念さんは、実は南大東島ではなく沖縄本島の出身です。25歳の時に当時南大東島で出稼ぎしていた父親のつてで島で働くことになって移住します。39歳まで18年間ずっと土木関係の仕事をしていた知念さんは、ある時元漁師の老人と出会います。
その老人と親しくなって、民宿の経営を任されたり、譲ってもらったボートでナワキリの釣り方を教えてもらうなど、とてもよくしてもらったそうです。働きながら趣味で教えてもらった釣りを続けているうち、船で1人で釣りをすることがあまりに楽しくて、奥さんに黙って仕事をやめてしまうほど。そこから知念さんの漁師生活はスタートしました。
始めてすぐに頭角を表し、漁師としての成績はよかったそうですが、同時に島の漁業への不安も感じました。魚が徐々に獲れなくなってきて30年後も同じことが出来るのか分からない状況でこのままのやり方を続けていいのかと憂いた知念さんは、漁協の理事に立候補し、そこから漁師が働きやすい環境を作るために奔走します。
取り組みが認められて組合長になったタイミングで、ナワキリの商品化に着手します。漁師の経済的な支援と同時に、島の子供とお年寄りに食べてもらいたくて「ナワキリのマース煮」を作ったと知念さんは言います。
島を作ってくれた人とこれから作る人のために
知念さんは島の魅力と今後についてこう語ります。
「南大東島には昔ながらの沖縄が残っています。調味料など、ちょっとしたものが切れたときにはお隣さんへ借りに行くという、親戚家族のような距離感でのご近所付き合いを今もしている。子供の教育もみんなで面倒を見る。子供がどこかで悪いことをしたら誰かが怒ってくる。それがこれからも残していきたい部分です。今後は、島を作ってきた諸先輩たちとこれから生まれてくる子供たちにいい暮らしをさせてあげたい。それが中間にいる僕ら世代の役割だと思います」