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明治時代、政府の殖産興業政策の一環として猪苗代湖から疏水(そすい)を引き、現在の福島県郡山市の広大な原野を開墾する国営事業が行われた。この「安積(あさか)開拓・安積疏水開さく事業」に伴って、身分制度の廃止で仕事を失った約2,000人の士族たちが新しい人生を求めて移住してきた。今回は入植した9つの藩のうち、鳥取藩の足跡を紹介したい。
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鳥取藩士たちは、1881(明治14)年、広谷原(こうやはら)地区に入植、鳥取開墾社を設立して開拓事業に取り組んだ。現在でも残る「十四戸」というバス停は鳥取士族の開拓者が14戸入植したことからできた地名だ。この地域にはほかに三戸・十五戸・十二戸・三十戸と呼ばれる集落名がある。これらは全て同じ理由からできた開拓の名残だ。
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そんな彼らの精神的な支えとなったのが、宇倍神社(うべじんじゃ)である。この神社は、鳥取市にある同名の神社の分霊を祭っている。鳥取藩士たちが安積原野に移住する際、故郷の氏神様としてこの神社を勧請(かんじょう)したのだ。気候が厳しい東北の地で荒れ果てた原野を開墾し、新たな生活を築き上げるという過酷な作業に取り組んだ鳥取士族たち。慣れない言葉と文化の中、宇倍神社は彼らにとって心のよりどころであり、故郷を思う気持ちをつなぐ場所であったことは想像に難くない。
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実は、安積開拓で入植した鳥取士族の資料は、長い間火災で焼失したと思われていた。しかし、1995(平成7)年、喜多方ラーメンの調査研究のために会津を訪れていた鳥取女子高校(現・鳥取敬愛高校)の教諭と生徒が偶然にも県立博物館で鳥取藩が開拓にかかわったことを知り、その後、宇倍神社の社務所から大量の資料を発見したのがきっかけだ。
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現在、宇倍神社では、鳥取いなばライオンズクラブから贈られた「ふるさとの石」や開拓の苦労をしのぶ碑など、鳥取藩士たちの開拓の歴史を後世に伝える樹木や記念碑を見ることができる。これらは、私たちに当時の厳しい冬の寒さの中で開拓した先人たちの苦労と努力に思いをはせる機会を与えてくれる。
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2016(平成28)年、安積開拓にまつわる歴史的価値や文化的価値が認められ、一連の壮大なストーリーが“未来を拓いた「一本の水路」”として日本遺産に認定された。この時、宇倍神社もこのストーリーの37の構成要素のひとつとして名を連ねている。
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鳥取藩士たちは、後戻りできない過酷な条件の中、新しい土地を開拓し、彼らなりの文化を築き上げた。宇倍神社は、その歴史を物語る貴重な遺産であり、私たちに多くのことを教えてくれている。今後、さらなる調査研究が進むことで、より深い歴史認識を深められることが期待される。宇倍神社を訪れることは単なる観光ではなく、歴史を学び、自分自身を見つめ直す貴重な機会となるだろう。現在は鳥取・郡山の両市は姉妹都市となって、交流を深めている。
(参考資料) 先人からの贈り物(郡山市)