「正解」の鎧を脱ぎ捨てる箱庭。シリアスゲームという名の旗と、3年越しのタイムカプセル 【大阪府大阪市】

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大学教員でありながら「本業はありません」と軽快に笑う。答えの出ない複雑な社会課題のど真ん中に、「シリアスゲーム」というツールを持ち込む。安易な正解を提示するのではなく、「いや、俺はそうは思わないけどな」と参加者が声を上げる余白を作り出し、人々の関係性を静かにハックしていく異端の仕掛け人。それが、武内伸雄さんだ。

「自分はそうは思わない」と言える箱庭

武内さんが手がける「シリアスゲーム」。それは社会問題をテーマに、ゲームを通して対話や気づきを生み出すアプローチだ。

たとえば、農作物被害をもたらすクマとの「共生」をテーマにしたゲームがある。参加者はそれぞれ「農家」「猟師」「行政」、そして「クマ」という異なる役割を与えられ、ひとつの盤面で解決策を探る。あるいは、超高齢社会における「孤立」を防ぐため、架空の悩める住民を地域の資源とつなぐ協力型ゲームもある。

彼に「シリアスゲームとは何か?」と尋ねると、こんな答えが返ってきた。「いくつか観点があるんですが、『場』であり、『活動』であり、『旗』であると思っています」

特定の社会問題に向き合う時、そこに「ゲームという旗」が立つことで人が集まり、対話が生まれる。作るプロセスも使うプロセスも、すべてが問題を解決するための「活動」であり「場」になるのだ。

現実の社会や学校では、どうしても「これが正解だ」と上から教え込まれることが多いのではないだろうか。しかし、武内さんが作るシリアスゲームの空間では違う。

「ゲームにおいて作り手が込めたメッセージがあるんですけれど、ゲームの場合は『いや、自分はそうは思わないけどな』というのが割と出てきやすいんです」と彼は言う。

そのメッセージをどう受け止めるか、あるいは「なんでやねん」と反発するかは、完全に受け手に委ねられている。現実では対立しがちな立場であっても、ゲームという安全な箱庭のなかであれば、押し付けられたルールに対して「自分は違うと思う」とフラットに声を上げることができる。ノーリスクで常識を疑い、試行錯誤できる余白がそこにあるのだ。

これを聞いて、ぼくの心の奥底が激しく共鳴した。

実はぼくは幼い頃から宗教二世として、そのコミュニティのなかで「これこそが生きる正解だ」と教え込まれて育った。親の愛情ゆえの指導だと今は理解できるようになってきたが、当時はその「正解の鎧(よろい)」が重く、終わらない葛藤を抱えて、それを今でも引きずっている。そんなぼくの息苦しさを救ってくれたものの1つが、「それぞれの正解があっていい」と教えてくれたボードゲームの世界だった。

情熱と冷静の「両手持ち」と「空(くう)」の世界

自由に委ねるとはいえ、ゲームの作り手側には「終わらない葛藤」があるという。社会問題は複雑に入り組んでいて、見る角度や立場によって何が正しいかは変わるからだ。

だからこそ「一つのメッセージをバンと出す覚悟」を決めつつも、選ばなかった視点に対する葛藤をずっと抱え続けるのだと彼は言う。

「葛藤し続けてください、というのが作る人や届ける人にお願いしたいことなんです」という彼のメッセージは、正解を求めてノウハウに走りがちな現代の社会人に対する、愛の言葉だとも感じた。

正解を一つに絞り切るのではなく、葛藤すらも抱え込む、みずからのスタンスを「両手持ち」と表現した。

「一生大事にして貫くという覚悟と、明日ひるがえすこともいとわないしなやかさと、これを両手持ちしておくんです。決めるし、決めないという感覚。究極的には仏教の『色即是空(しきそくぜくう) 空即是色(くうそくぜしき)』の世界観だと思うんですけど」

情熱と冷静。覚悟と可能性。目的と手段。ひとつの「正解」に固執せず、両手で抱えたまま、いまこの瞬間をどう生きるかを面白がる。この「空(くう)」の世界観こそが、彼の生み出す場に人がひきつけられる最大の引力なのだ。

未来へ埋める「3年越し」のタイムカプセル

武内さんは、じんわりと喜びが湧き上がってくるエピソードを話してくれた。中学校で行うワークショップで2ヶ月1セットのものがあるという。1か月目はゲームのワークショップをして、翌月は自分自身の価値観や未来を描くカードを作ってもらうというものだ。

すると、前年度にやった子たちが、まだ筆箱にそれを入れているという話を耳にしたのだという。

「時間差でそういうのが出てきたりするのはすごくうれしいですね。3年越しにそういう話を聞いたりもします」と、うれしそうに、にやにやしながら語ってくれた。

ぼくたちはつい、何かを体験した直後に「どうだった?」「何が学べた?」と、手っ取り早い答え合わせや評価をしたがる。投資した時間に対して、すぐに「成果」を求めてしまう。

だが、武内さんはこう言い切る。「やったことに対して良かった悪かったという評価をすること自体が、あまり良くないかもしれない。いつか起こるかもと思って、信じてやり続けていくことが大事かなと思うので」

受け取った小さな種がいつ芽吹くのかは、誰にもわからない。今日まいた種が、明日咲くかもしれないし、3年後に突然花開くかもしれない。それは、すぐに出る結果を求めるものではない。未来に向けた「タイムカプセル」を一緒に埋めるような、静かで豊かな営みだ。

やりたいことをやればいい

「今日から何か始めたい人はどうすればいいですか?」という問いに、武内さんは淡々と答えた。

「やりたいことをやったらいいんじゃないですか。本当にそこに尽きるような気がします」

誰かが決めた正解を生きる必要なんてない。自分のやりたいことをやればいい。すべての答えを、いま無理に出さなくてもいい。決めるし、決めなくていいのだから。

その「やりたいこと」がわからないから悩んでいるんだ!
という声をあげたい人もいるかもしれない。

ぼく自身も、ずっと「本当にやりたいことってなんだ?」と、今でも模索している途上だ。

でも、やりたいことって「社会に〇〇な価値を提供する!」とか「〇〇な社会を創る」といった立派なことや大きいことじゃなくていいんだと感じるようになってきた。

まずは今日、自分自身に「今、ぼくが本当にやりたいことってなんだろう?」と問いかけることから始めてみようと思う。

自分を縛り付けている「正解」の鎧を脱ぎ捨てて、人生という底知れないゲームを本気で面白がり始めた時。ぼくたちの目の前には、誰も見たことのない最高に痛快な景色が広がっているはずだ。

※写真はすべて武内さんの提供

武内さんの活動に興味のある方は、こちらから情報をごらんください。

突破計画

https://toppakeikaku.jimdofree.com

松井創

松井創

コミュニティ設計とムーブメントの専門家。著書『人はなぜコミュニティをつくるのか』。主宰者なしでも育つ自走コミュニティを多数創出。「世界観で仲間を集める」世界観ムーブメント提唱。角打ちマイブランド展開中。ADHD特性を持ち“苦手をゲーム化”ボドゲで脳の回路を書き換える力を見出す。

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